プレゼント消失の真実と友情の行方
「うん。荷物置き場のカゴの中にプレゼント落ちてたよ」
相川の言葉は平坦で、何の感情もこもっていない。
何を言っているのか全く理解できなかった。
「荷物置き場にプレゼントが落ちてた? 何だよ、落ちてたって?」
そんなの、北島のプレゼントがレストランに置きっぱなしだったのを見たような言い方じゃないか。
「まさか知ってたのか? 紙袋からプレゼントが転がり落ちてたことを?」
「知ってたどころじゃありませんよ」
桐花の口調は冷たい響きを含んでいる。
「トモちゃんさんは北島さんのプレゼントが紙袋の中にないことを知った上で、さらにそれがバレないよう偽装工作まで行っていたのですから」
「なっーー」
言葉が出ない。
桐花は淡々と話を進めた。
「プレゼントがどこで消えたのか、何で消えたのかは先ほど私が話した通り。レストランの荷物置き場で、紙袋が横になったことでこぼれ落ちたのでしょう。しかしですね、北島さんはなぜそのことに気づかなかったのでしょうか?」
「そりゃ……中身見てなかったからだろ?」
紙袋の中身が石田へのプレゼントである事実を北島は隠したがっていた。
それは当然だ、サプライズのつもりだったのだから。手渡しするまで悟られるわけにはいかない。中身が見られないよう、北島は紙袋を開くことすらしていなかった。
「その通り。北島さんは部室で我々に中身を見せてから紙袋を一切開けなかった。ですが、本来であれば紙袋を開けなくとも、紙袋にしっかりとプレゼントが入っているかどうかを知ることはできたはずです」
知ることができた?
疑問符を浮かべていると、間髪入れずに桐花は答える。
「重さですよ。紙袋の中を見ずとも、プレゼントの重さで中身が入っているかどうかの判断はできます」
桐花の言葉は淡々としていた。
「北島さんが用意したプレゼントはケース入りのボールペン。それほどの重量はありませんが、それでもあるのとないのでは大きく違います。北島さんも無意識のうちにその重みで中身が入っていることを判断していたはずです」
それもそうだ。中身が入っていなければ紙袋二つ分の重さしかない。
流石の北島も持っていて違和感に気づかなければおかしい。
「ではなぜ、北島さんは気づかなかったのか? なぜレストランでプレゼントがこぼれ落ちてから、カラオケに来るまでの間重みに違和感を覚えなかったのか? 考えられる可能性は一つ、紙袋の中に誰かが、何かを入れていたからです」
「それを、相川がやったって?」
「はい」
信じられない。
先ほどのほとんど自白のような相川の発言があったとしても、俺にはまだ信じられなかった。
だって、誰がどう見ても北島と相川は親友で、告白の邪魔をする理由なんてない。
しかし桐花は無慈悲に言葉を続ける。
「相川さんしか考えられないんですよ。まず、北島さんが先ほど紙袋を確認した時、中には何も入っていなかったと言いました。つまりですね、カラオケに来てから紙袋に入っていた何かを誰かが抜き取ったことになります。その時点で犯人は同じ部屋にいた私たちのうちの誰かということになります」
桐花が『犯人』という言葉を強調していたことに俺は気づいた。
「カラオケの部屋に入ってから北島さんはソファの上に紙袋を置いていました。犯人は他の人の目を盗んで紙袋から何かを回収した。その何かはおそらくスマートフォンでしょう。重さがちょうどよく、咄嗟に紙袋に忍ばせるにはもってこいです」
カラオケに来てから紙袋は部屋の外に持ち出していないし、他の人物が部屋の中に入ってきたなんてこともない。
となれば犯人は俺たちの中にいる。
そしてその犯人はーー
「では、誰が犯人なのでしょうか? レストランを出る時荷物置き場に上がって私たちの荷物を回収してくれたのは誰か? 北島さん以外で唯一紙袋を手にしたはずなのに、重さの違和感に言及しなかったのは誰か? こぼれ落ちたプレゼントを見て、咄嗟に紙袋の中にスマホを入れられた人物は誰なのか?」
桐花の口調は務めて冷静。
だが言葉の端に棘のような鋭さがあるように思えた。
そんな桐花の言葉に答えたのは相川だった。
「当然、そんなの私以外にいないね」
相川の言葉はやはり平坦だった。
「……何でそんなことを?」
俺の疑問に、相川は表情をあまり変えずに答えた。
「何で? 本当、何でだろうね……」
「相川っ!」
その物言いがあまりに人ごとのようで、俺は声を荒げた。
俺も相川も、北島の告白に巻き込まれた人間だ。
俺たち二人ともテスト期間というクソ忙しい時に北島に振り回されて辟易としていた。
それでもこの短い期間で北島が石田に寄せる想いは本物なのはわかったから、俺でさえあの2人が上手くいけばいいなと思っていた。
そして間違いなく、北島の告白が成功することを誰よりも願っていたのは親友の相川のはずだ。
「いや、本当にさ。自分でもわかんないんだよね、何でこんなことしちゃったんだろう」
相川は力無く笑った。自分の愚かな行為を嘲るようだった。
「言っておくけど、春香の恋を応援していたのは本心だよ。こんなことしちゃった今でも春香と石田くんが付き合ってくれたら嬉しいし、そうなって欲しいって思ってる」
ならばなぜ?
そう俺が聞く前に、相川は話を進める。
「今日の春香の告白、上手くいく気がしてたんだよね。今まで全然進展なかったのに、この勉強会で春香と石田くんどんどん距離を縮めててさ。あれ? 今回ばかりは春香の恋が実るんじゃないかって、そんな予感がしたんだ」
でもさ……と続ける。
「でもさ……急に怖くなっちゃったんだよね。このまま春香と石田くんが付き合うことになったら、私はどうなるんだろうって」
「どうなるって、何が?」
「今までずっと。物心ついた時からずっと春香のそばにいた。春香が言ったこと覚えてる? 石田くんと海に行きたい、夏祭りに行きたい、旅行に出かけたいって」
「……ああ。言ってたな」
「それってさ……今までずっと私とやってきたことなんだよ」
相川は泣きそうな表情を浮かべる。
「春香のこと私がずっと面倒見てた。勉強を教えたり、色々な相談に乗ったりさ。あの子がバカやったり、暴走しようとするたび止めるのが私の役目だった。春香には私がいないとダメなんだって思ってた。でも最近考えるんだ、もし春香と石田くんが付き合ったら、その役目は全部石田くんのものになるのかなって」
「トモちゃんさん……」
「もう私は必要ないのかなって。春香の一番近くにいるのは私じゃ無くなるのかなって。春香との関係性がこれで全部変わっちゃうのかなって……そう思うと、すごく怖かった」
吐き出すように不安を口にする。
「だから魔が刺したってやつなんだと思う。荷物置き場でプレゼントが落ちてるのを見て、怖い気持ちとかがブワーッとわき上がって来て、気がついたらやっちゃってた」
計画性も何もない、衝動的な犯行。
「何であんなことしちゃったんだろう。春香のこと、本気で応援してたのに……」
心から悔やんでいる様子の相川。
相川を糾弾した桐花も悲しげな表情で何も言えないでいた。
だが俺はーー
「北島と石田が付き合うことで、これまでの関係性が変わるのが怖い、か」
相川の言葉を反芻する。
「……なんだ、そんなことかよ」
俺は安堵のあまり肩を落とした。
「ちょ、吉岡さん!?」
桐花の慌てた声が耳に入るが気にならなかった。
「あー、びっくりした。いやな、俺はてっきり実は相川も石田に惚れてて、それでドロドロの三角関係を拗らせての犯行かとビクビクしてたんだが。そうじゃなくて安心したわ。なんだなんだ、そんなことか」
「……そんなこと? そんなことって言った!?」
俺の言葉を呆然と聞いていた相川が、内容を理解して激昂する。
「私がどれだけ悩んだが、どれだけ怖かったか! それがわかってて言ってんでしょうね!」
怒りに満ちた目で詰め寄られる。だが、なんだろう。ちっとも怖くない。
「悩む必要ねえよ。考えすぎだ、杞憂だよ。北島と石田が付き合おうがあんたとの関係性は変わんねえよ」
「変わらないってなんでそんな簡単に言えるの!? あんたに何がわかるの!?」
俺に何がわかるか、ねえ。
「俺さ、中学からの友人にゴリラがいるんだ」
「……は?」
相川が気の抜けた声を上げる。
「昔っから部活一筋のゴリラでな、部活が休みの日にこっちから遊びに誘っても『その日は筋トレがあるから』なんて言って断ることも多々ある友達がいのないゴリラなんだ」
睨まれることはなくなったが、代わりに怪訝そうな視線を向けられる。
「でさ、驚くべきことに高校になってからそのゴリラに惚れたって言う女の子が現れたんだ。ゴリラもまんざらでもなさそうでな、まだ付き合ってはいないがその直前くらいの段階というか……今は丁寧に下味をつけられてる段階というか」
「……なんの話?」
相川が戸惑っている。
「まあ聞けよ。この前久しぶりにあいつから飯の誘いがあったんだ。『美味い焼肉屋見つけたから一緒に行かないか?』って」
あの時は急な連絡で驚いたものだ。
「で、一緒に行ったらそこがすげえ汚ねえ焼肉屋でさ。換気扇が壊れてるのか煙がひどいし、七輪なんかは油でギトギトだし。挙げ句の果てに、店員は客が残したビールをテーブルにぶちまけてそれで雑巾掛けしてたんだぜ。信じられるか?」
「あの……さっきから本当になんの話をしてるの?」
相川の視線がとうとう気味の悪いもの見るものに変わった。
「だけど、焼肉だけはマジで美味かったんだ。だから俺言ったんだ『この店、俺じゃなくてあの子をデートで誘えよ』って」
肉食系の女の子なら喜ぶだろうと思っての発言だった。
「そしたらあいつなんて言ったと思う?」
「……さあ」
相川は俺の質問に首を横に振った。
「『こんな汚ない店、お前以外誘えるわけがない』だとよ。なんだそれ、俺ならいいのかよ」
「…………」
馬鹿みたいだが、そうやってぞんざいに扱われたことが妙に嬉しかった。
だってそうだろう? ぞんざいに扱おうが変わる関係性ではないとあいつは信じていたから言えたセリフなのだから。
俺は笑いながら続ける。
「焼肉食べながら色々話したよ。珍しく弱音吐いてたな。部活で期待されてる分プレッシャーを感じるとか、例の子がグイグイ来すぎてて戸惑うとか。多分それは好きな女の子には話せない内容だったんだろうな」
男なんて見栄っ張りな生き物だ。女の子の前で弱音なんて吐けるわけがない。
「前に桐花が言ってたよな? 『好きな人と会話する時の自分は、普段友達に見せてる自分と違う』って」
それを聞いた時、妙に納得したのを覚えている。
「あれって逆に言えば『好きな人には見せられないけど、友達には見せられる自分がある』ってことだろ? その時のあいつがまさしく、俺にしか見せられない部分を見せてきたんだと思う」
「…………」
相川は黙って俺の話を聞いている。
「そいつと一緒に飯食いに行くなんて中学以来だったか、とにかくすげえ久しぶりだったんだ」
だからこそ誘われた時、すぐさま快諾したのだ。
「あいつ今は部活で忙しいし、例の子との件もあって俺はお邪魔だから、しばらく会ってもいなかった。だけど、俺とあいつの間にある空気感っていうの? それは全然変わらなかったんだ。あいつとの関係性は全く変わってなかった」
中学の時からずっと変わっていない。
「だからさ、変わらないんだよ。北島に恋人ができようがあんたとの関係性は変わらない。そりゃあ、一緒にいる機会は減るかも知れねえよ? でも変わらない。北島とあんたが親友同士だって事実は変わらないままなんだ」
短い期間、側から見ていただけだが、この2人は何があっても変わらないだろうと俺は確信している。
「……変わらないかな?」
相川がポツリと呟く。
俺はその声が少し震えていることに気づかない振りをしながら答える。
「変わらない変わらない。告白にあんたの同席を頼むような女だぞ? 石田と付き合えたとしてもことあるごとに『トモちゃん、トモちゃん!』ってあんたに泣きついて来るだろうよ」
目に浮かぶ光景だ。
「…………っ!」
相川の目から大粒の涙がポロポロこぼれ落ちる。
それを見て俺は慌てた。
「ちょ、泣くなよ!」
「泣いてないっ!」
「あー、吉岡さんが相川さん泣かしたー」
「だから泣いてない!!」
相川が桐花の私たハンカチを受け取った直後、相川のスマホが鳴り出す。
北島からの着信だった。
「……もしもし?」
震える声で相川が電話に出ると、電話口から北島の慌てた声が聞こえてくる。
『トモちゃん、トモちゃん! どうしよう!?』
「な、何? もしかしてレストランにプレゼントなかったの?」
相川が青ざめる。
しかし、次に聞こえてきた言葉はなんとも間抜けなものだった。
『違うの! プレゼントはあったけど、ジュースこぼして包装が汚れちゃったの!』
「はあ!? なんでジュースなんか飲んでんの!」
『だって走ってきたから喉が渇いたんだもん!」
「少しくらい我慢しろよバカっ!」
『うう、どうしようトモちゃん』
「ああもう。汚れてるのは包装だけ?」
『うん』
「なら、100均でも行って買ってきなよ。プレゼント用の包装紙くらい売ってるでしょ」
『わ、わかった! すぐ買ってくる』
そのまま電話が切れる。
「……ははは」
相川が力無く笑う。
だが、その笑い声は徐々に大きくなっていき、やがて吹っ切れたように泣きながら馬鹿笑いを始めた。
ひとしきり笑い泣きした後、相川はすっきりとした表情で呟く。
「春香に謝んないとね」
その後。プレゼントと買ってきた包装紙を抱えて帰ってきた北島に相川が自分の口から真実を告げた。
相川は北島に許してもらえたのか、しっかり仲直りできたのか。
結果がどうだったのかは……まあ、言わなくてもわかるだろ?
次回エピローグです。




