プレゼントの行方
「石田へのプレゼントが、行方不明?」
俺の言葉に桐花は深刻な表情を浮かべて頷き返す。
「どういうことだ、プレゼントを入れた紙袋はあったよな?」
俺たちが北島と石田を二人きりにしようとした直前、北島は置いてあった紙袋を手に持っていた。
「その紙袋に入っていたプレゼントのボールペンだけが消えていたそうです」
「消えていたって……鞄の中に入れたりしてなかったのか?」
そう言って、北島が鞄の中を慌てて確認していたことを思い出した。
案の定北島は首を横に振った。
「鞄の中にもなかった。プレゼントを置いてあったソファの近くとか床も見たけどなかったんだよ」
カラオケの部屋はそこまで広くはない。いくら北島でも見落とすなんてことはないだろう。
「どうしよう。石田くんのプレゼントが……」
北島の顔は真っ青だった。
「じゃあ、どうすんだ?」
石田への告白は、正直に言えばプレゼントがなくてもできる。
だがそんなこと簡単に言えるわけがない。あのプレゼントは北島が持つ石田への想いそのものだ。
「探しましょう。石田さんへのプレゼントがどこにあるのか」
桐花は確固たる決意を持って宣言した。
「探すと言っても、闇雲に探し回るなんてことはできません。どこにあるのか、ある程度予測しなくては」
「普通に考えりゃ、ここまで来る途中で落としたんだろうが……」
紙袋の中に入ったプレゼントだけが落ちるなんてこと、あり得るのか?
そもそも紙袋は北島が後生大事そうにずっと抱えていたんだ。中身が落ちれば気づくだろう。
「紙袋に穴とか空いてたりしねえよな?」
「確認したけど、どこにも穴は空いてなかったよ」
「だよな」
そんな簡単なわけがない。
「じゃあ、誰かに盗まれたのか?」
「そんなーー」
可能性としては十分にあるのではないか?
桐花は窃盗の可能性には言及せず、北島に質問をする。
「北島さん、紙袋って確か二重になってましたよね?」
北島の用意した誕生日プレゼントのボールペン。
ボールペンは包装されたケースに収めれていて、それがボールペンのブランドの小さな袋に入っている。
そしてその袋を隠すために大きな紙袋に入れられている、といった構造だった。
「中の紙袋も無くなっていましたか?」
「ううん。ボールペンがケースごと無くなってたけど、中の紙袋は残ってたよ?」
「プレゼントが確実にあったのを最後に確認したのはいつですか?」
「多分、学校の部室でみんなにプレゼントを見せた時かな。その後紙袋にしまってからは一度も中を見てない」
なんでも、石田にプレゼントを見られないように紙袋を開けないように気をつけていたらしい。
「そうですか……」
桐花は口元に手を当てて黙り込む。
しばらく沈黙が続く。
重苦しい雰囲気の中、啜り泣く声が聞こえた。
「このまま見つからなかったらどうしよう」
北島は静かに涙を流していた。
「私のためにみんな色々してくれたのに。桐花ちゃんには勉強会を開いてもらったし、吉岡くんの勉強を邪魔しちゃったし、トモちゃんに相談して選んだプレゼントなのに。トモちゃんには、今までずっと……」
「春香……」
相川はそんな北島を見て、苦しそうな表情を浮かべる。
「春香……あのねーー」
「わかりましたよ」
相川が北島に声をかけようとした直後だった。
顔を上げた桐花が声を張る。
「プレゼントがどこにあるのか、おそらく掴めたと思います」
「プレゼントが消えた理由について、考えられる可能性が二つあります」
俺たちはは桐花の言葉をじっと待つ。
「一つは窃盗。北島さんの用意したプレゼントは少し高いボールペン。窃盗の対象としては十分でしょう」
「やっぱり、誰かに盗られたの?」
北島は怯えた表情を浮かべる。
「いえ。窃盗の可能性は低いと思います。北島さんはずっとプレゼントの入った紙袋を抱えていました。盗む機会があるとすれば紙袋が北島さんの手から離れたタイミングしかありません。そしてそのタイミングはレストランで食事をした時、カラオケで歌っていた時です」
「となると、盗まれるとしたらレストランで鞄やらを荷物置き場に置いた時か」
「はい。しかしですねプレゼントは2重の紙袋に入れられていて、外から中身を確認することはほぼ不可能でした」
外側の大きな紙袋は口の真ん中を留め具でパチンと閉める形式だった。
北島が石田の目に触れないようにする工夫は思いのほか厳重で、ちょっと見るだけでは袋の中身を知ることはできない。
「犯人は中身を知る由もありません。もしこれが窃盗ならば犯人は多くの荷物がある荷物置き場のなかで、中身のわからない紙袋から高級なボールペンをピンポイントで盗み出したことになります。犯人が北島さんの紙袋を漁ったのは偶然だった? それとも置かれている荷物を一通り漁ったのか? いいえ、いくら荷物置き場が人目につきにくい場所にあるとは言え、窃盗という犯罪を犯すのにそんなリスクのある行動はしないでしょう」
「物を盗むなら、わざわざ中身のわからない紙袋を狙わないということか」
桐花の言う通り、窃盗の可能性は低いように思える。
「もう一つ考えられる可能性は、北島さんが紙袋の中身であるプレゼントを落としてしまった可能性です」
「でも桐花ちゃん。私紙袋を逆さまにするような持ち方なんてしてないよ?」
当然だろう。大事なプレゼントが入ってる紙袋をそんな風に扱うわけがない。
「もちろん、北島さんが紙袋を持ち歩いているときに落としたのではありません。紙袋が北島さんの手から離れた時にプレゼントが落ちたんでしょう」
そう言って桐花は2本の指を立てる。
「その機会は2度。一つはレストランで荷物を置いた時。そしてもう一つはカラオケの部屋の中でです」
レストランの時は言わずもがな。そしてカラオケに来てから北島は紙袋をソファの上に置いていた。
「このうちカラオケに来てからのことは考えなくてもいいでしょう。北島さんが紙袋の周辺を探してなかったそうですから」
「じゃあ、レストランの荷物置き場で落としたってことか?」
「はい」
桐花は頷く。
「紙袋の構造を思い出してください。小さな紙袋の中にボールペンの入ったケースが収められていて、その紙袋をさらに大きな紙袋の中にしまってありました。小さな紙袋は口をテープなどで留められておらず、大きな紙袋は真ん中がボタンで留められていました」
「うん。そんな感じだった」
「つまり、紙袋は端の部分が空いた構造になっているわけです」
桐花が念押しするようにそう告げる。
「ここで重要になってくるのがプレゼンの形です。ボールペンの入ったケースは縦に細い長い形状」
「なるほど、その形なら紙袋の端から簡単にすり抜けちまいそうだな」
考えてみれば当たり前のこと。紙袋が二重になっていたからそう簡単には落ちたりしないだろうと勘違いしていた。
「レストランの荷物置き場で、北島さんは紙袋が潰れないよう、鞄の上に寝かして置いていました。そのまま滑るように落ちたと考えるのが自然です」
つまり、無くなったプレゼントはレストランにある。
桐花の推理を聞いた北島は立ち上がった。
「わ、私レストランまで取りに行ってくる!」
そして慌てながら部屋から出ていく。
「春香、私もーー」
「トモちゃんは待ってて、私一人で大丈夫だから」
そのまま相川の返事を待たず走り出した。
レストランまで歩いておよそ5分と言ったところか。すぐに戻って来れるだろう。
「どうなるかと思ったが、なんとかなりそうだな」
プレゼントの所在が明らかになり、俺は安堵のため息をついた。
「相川さん」
走り去った北島を目で追っていた相川に、桐花が問いかける。
「私の推理、あってますか?」
「うん。荷物置き場のカゴの中にプレゼント落ちてたよ」
「……は?」
急に二人が、理解できないことを言い出した。




