告白準備OK……?
「さあ、歌いましょうか。トップバターは誰ですか?」
桐花の予約したカラオケ。
桐花が『穴場』と言っていたのが気になったが、至って普通のカラオケだった。
案内された部屋で桐花が端末を片手に張り切り出した。
「実はわたし、カラオケ大好きですからね! みなさん油断してると私がじゃんじゃん曲入れちゃいますよ」
「おい、連続で入れるなよ。マナー最悪だな」
慌てて桐花から端末を取り上げる。
「石田くんはよく歌うの?」
「家族でたまにね、最近の曲とかは知らないけど。北島さんは?」
「トモちゃんとよく来るよ。こう見えてトモちゃんの方がカラオケ好きだからね」
「えっ!?」
「……何? 私がカラオケ好きなことがそんなに意外ですか石田くん」
「い、いやいや! そんなことないよ!」
「ストレス解消にいんだよね、カラオケって。結構ストレスの溜まる日々を送ってるからね。ねえ?」
「や、やだなあトモちゃん。なんで私を睨みながら言うのかな?」
相川が北島を睨んでる理由は俺にもよくわかる。
そんなやりとりを見ていると、知らぬ間に桐花がマイクを手に取っていた。スピーカーから前奏が流れ出す。
「おや、私がトップバッターですか」
「白々しい。速攻で曲予約したくせに」
「では僭越ながら先鋒を務めさせていただきましょう。吉岡さん、マラカスの準備はいいですか?」
「いやこの曲知らねえよ。合いの手なんか入れられるか」
それから数時間の間、俺たちはカラオケを楽しんだ。
桐花がラブソングを連続予約するのを阻止したり、石田とのデュエットを画策した北島が直前でヘタれたりなど、なかなかめんどくさい事態は起きたが、まあ楽しかった。
「ちょっと、歌いすぎたかもしれません」
「お前一人で歌いすぎだ。声カッスカスじゃねえか」
俺と桐花は部屋を出て、ドリンクコーナーで軽く休憩をとっていた。
桐花はリンゴジュースで喉を潤しながら、調子を確かめるように『あー、あー』と声を出している。あれだけ歌えば声も枯れるだろう。
「それで、どのタイミングで北島に告白させるんだ?」
楽しいのは楽しいが、そもそもの目的はそこじゃない。
「そうですね、そろそろいい頃合いだと思います。私も思う存分歌えましたし。吉岡さんの歌も聞けましたし」
「いじってくんなよ」
「ぷふっ。吉岡さんの歌、ビブラート死んでましたね」
「うるせえな」
お前と比べたら下手だったのは確かだが。
「上手くいくと思うか?」
「私は結構可能性あると思います。最近じゃ結構普通に喋れてますしね」
「まあな」
会話すらままならなかった最初期の勉強会と比べると著しい進歩だ。
「私の主観になりますがあの二人かなりいい感じに見えます。少なくともこの勉強会を通じて、石田さんの胸に北島さんは刻まれていると思いますよ?」
「勉強会やった甲斐はあったってことか」
その甲斐がなければ俺も報われない。この依頼さえなければもう少し期末テストに余裕はあったはずだ。
グラスの中身を立ったまま飲み干し、再度注ぐ。
「告白は俺たちが使ってる部屋でさせるんだよな?」
「そうです。お邪魔虫の私たちはこっそり部屋から出て二人っきりにさせましょう」
それに関して異論はない。同じ部屋で告白する北島を見守るなんて気まずい以外の何物でもない。
「その間俺らはどうする? 今みたいにここでジュースでも飲んでるか?」
「いえ、流石に他のお客さんの迷惑になりますよ」
「……じゃあどうすんだ? まじで部屋の前で待機か?」
それはそれで邪魔だろう。
「いえいえまさか」
桐花は笑いながら首を振った。
「実は部屋をもう一つ予約してるんです。北島さんが告白している間、私、吉岡さん、相川さんはそこで待機です」
「さすが、抜け目ねえな」
「本当は部屋を2つも取るのはマナー違反ですが、仕方ありませんよね? 恋する乙女の一大決戦ですものね」
「まあ、そんなの店側からしたら何のこっちゃって話だが」
カラオケ店の一室で告白劇が行われているなんて、店側としても予想外の出来事だろう。
「一度部屋に戻って、しばらくしたらそれとなくまた部屋を抜け出しましょう。合図は私が出します」
「了解」
そう言って二人で部屋に戻る。
部屋に入ると、端末を奪おうとする北島と、それを片手で抑える相川という不思議な光景があった。
「何やってんだよ?」
「吉岡くん、トモちゃんから端末取り上げて! トモちゃんさっきからデスメタばっか歌ってるの! このままじゃ喉が潰れちゃう!」
「邪魔すんな。私のストレス解消にはデスヴォイスが一番いいんだ」
「相川さんすごいっすよ。女子なのにあんな声出せるんすね」
「何やってんだよ」
相川、デスヴォイスとか出せんだ。ちょっと聞いてみたい気がする。
しかし流石に相川の喉が心配なため、喉に優しそうなバラードを歌ってもらうよう全力で説得した。
それからしばらく。
現在石田が気持ち良さそうに歌っている中、桐花グラスの中身を一気に飲み干し、北島に意味深な目配せを送る。
その視線に頷きを返し、北島は誕生日プレゼントの入った紙袋を手に取る。
いよいよか。
桐花に倣ってグラスを空にし、それを持って立ち上がる。
相川を見ると、同じように部屋から出る準備をしていた。
あとはドリンクコーナーに行くふりして桐花が予約したもう一つの部屋に行くだけだ。
「えっ?」
しかし、部屋を出ようした直前。後ろから驚いたような声が上がる。
振り返ると、北島が紙袋の中身を見て顔を青ざめさせていた。
すぐさま鞄と紙袋が置いてあったソファの隙間、鞄の中を何か探すように漁り出した。
だがその結果が芳しくなかったであろうことはすぐにわかった。北島は呆然とした表情を見せる。
そして立ち上がり、桐花に耳打ちする。桐花の表情も険しいものに変わり、そのまま二人とも部屋から出ていった。
俺と相川は顔を見合わせる。
なんだ?
なぜ告白するはずの北島が出て行く?
相川も二人を追いかけ部屋を出た。
そして残されたのは俺と石田だけになった。
「あれ、みんなどこいったんすか?」
歌い終わった石田が不思議そうな表情を浮かべる。
「ああ……いやな」
明らかに緊急事態だ。事情はわからないが、おそらく告白どころではない事が起きているのだろう。
だが俺はどうすればいい?
石田に誕生日プレゼントを贈ることも、告白することも、当然と言えば当然だが完全にサプライズだ。どちらも石田に気取られてはならない。
今ここにいるのは俺だけ。俺と石田以外一斉に部屋から出ていくなんて不自然な状態。現に石田は怪訝そうにしている。
あいつらがいつ戻ってくるかわからない。戻ってこれるかわからない。ただ単純に飲み物を取りに行ったではボロが出る可能性がある。
「実はな……」
誤魔化さなくては。この危機的な状況に対応できるのは現状俺しかいない。
「実は……桐花が腹壊したらしくてな」
俺は自分の危機対応能力がクソだってことを思い出した。
「え、お腹?」
「あ、ああ。さっき昼飯食い過ぎたらしくて、ずっと腹の調子が悪いって言ってたんだ」
「……確かに、すごい量のハンバーグ食べてたっすもんね」
「だろ」
適当なことをべらべら喋っていたら、奇跡的に説得力のある嘘が生まれてしまった。
「なんか本格的に腹痛くなってきたらしくて、今北島と相川の付き添いでトイレに行ってくるってさ」
「それ、大丈夫なんすか? お開きにして病院に行った方がーー」
「いやいや! そこまでじゃない、多分大丈夫だ!」
ここでお開きになんてできるわけない。
直後、俺のスマホにメッセージが送られてくる。
『石田さんをうまく誤魔化して、106号室に来てください』
「あー、俺もちょっと桐花の様子見てくるわ。もしかしたら外に出て胃薬買ってくるかも」
「なら自分もーー」
「いやお前はいい。部屋から全員いなくなるのはまずいだろ?」
そう説得して俺は一人部屋を出る。
そしてそのまま桐花の指定した106号室へ。
「吉岡さん。うまく誤魔化せましたか?」
「……ああ」
俺は桐花から視線をそらした。
「それより、何があった?」
部屋の中にいた北島は体を震わせ、相川に寄り添われている状態だ。
「緊急事態です」
重々しい口調で桐花が告げる。
「石田さんへの誕生日プレゼントが行方不明になりました」




