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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
第8章 恋と友情とテスト勉強
122/138

不届者

「さて、状況を整理しましょうか」

「そんな余裕ねえよ。さっさと終わらせてくれ」


 桐花はまたしても俺の言葉を無視した。


「北島さんが食べた唐揚げには確かにレモンがかかっていたんですね」

「間違いないよ」

「例えば、大皿に載せられていたレモンに触れていた唐揚げだったってことは?」

「絶対ないよ。レモンと触れてる唐揚げってタワーの下の方だけでしょ? まだそこまで辿り着いてないもん」


 俺たちは唐揚げタワーを崩さないよう、上から少しずつ掘り進めていく形で食べていった。


 レモンが置かれているのは大皿の上、つまりタワー下層の外周だ。タワーの攻略はそこまで進んでいない。


「それにちょっと触れた程度のすっぱさじゃなかったよ。レモンを思いっきり絞らないとあそこまですっぱくならないよ」

「なるほど」


 こいつのレモンの嫌悪感を考えるとすっぱさの表現は大袈裟に思える。


 しかしレモンが触れていた唐揚げを食べたということは、タワーの攻略状況を見る限りなさそうだ。


「そう考えると不可思議な点があります。北島さんがこれまで食べた唐揚げに、レモンはかけられていなかったのですよね」

「え? う、うん。私が食べてた、この3個目の唐揚げだけ」

「ということはですね、それまで食べていた唐揚げ……タワーの上層の唐揚げにはレモンがかかっていなかったことになります」

「そうなると春香が言ってたみたいに、私たちがドリンクバーに行ってタイミングでレモンをかけるのは不可能だね」


 北島たちがドリンクバーに行っていたその時はまだタワーは手付かず。そのタイミングでレモンを絞ろうものならタワーの上層にもレモンがかかっていなければおかしい。


「ここで問題になるのは、犯人はレモンをタワーの中層の唐揚げにかけたのか、北島さんが取り皿にとった唐揚げにかけたのか。という点です」

「……ちょっと確認する」


 俺はタワーの中層に存在する唐揚げを適当に一つ齧った。


「すっぱいわ。タワーの唐揚げにガッツリレモンかけられてる」


 北島が食べた物以外にも、レモンがかけられた唐揚げがある。

 

「つまり犯人は、この唐揚げをある程度食べ進んだ段階でタワーにレモンを絞ったということになります。テーブルのど真ん中に置かれた唐揚げに、他の誰にも見つからずレモンを絞るなんて可能でしょうか?」

「いや、無理だろ」


 全員必死こいて唐揚げを少しでも減らそうとしていたのだ。その間みんなテーブルの中央に置かれた唐揚げタワーに注目していた。


「え、じゃあ犯行は不可能じゃないっすか?」

 

 俺はもちろん、ここにいる誰にもレモンをかけることなんてできない。


 全員が理解できない状況に愕然としている中、桐花は一人目を輝かせていた。


「不可能犯罪ですね!」

「何ワクワクしてんだ! もういいだろ! 犯人探しなんてよお!」

「しかし吉岡さん。こんな不可解な状況、ミステリー好きとしては放っておけませんよ」

「いいって! どうせあれだよ、最初っからレモンがかかってたんだよ! ファミレス側がサービスでレモンたっぷりの唐揚げにしてくれたんだよ!」


 わざわざレモンをかける手間が省けるってもんだ。


「そんなわけないよ! 人の唐揚げにレモンをかけるなんてとんでもないマナー違反なのに、お店側が最初っからお客さんの唐揚げにレモンをかけてたなんて、そんなの犯罪だよ!」 

「大袈裟なんだよ!」


 俺は頭を抱えた。

 

 こんなのいつまで続くんだ? そう思っていると、桐花が躊躇いがちに口を開いた。


「あー、えっと……犯人、わかったかもしれません」



「先ほど説明した通り、レモンは唐揚げタワーに直接かけられていました。もしこれがタワーではなく、北島さんの取り皿にある唐揚げにレモンをかけていたのならば、かなり厳しいですが犯行は可能でしょう」

「北島一人くらいの目を盗んでレモンかけるくらいはできそうだな」


 どうもこいつの目は節穴らしいしな。


「しかしテーブル中央に置かれたタワーにレモンを絞るとなれば、さすがに目立ちます」

「誰にも見られず、っていうのは無理だよね」

「春香一人くらいなら誤魔化せそうだけど、全員はさすがにね」


 北島は気づいていないが、相川も俺と同じ見解らしい。


「結論を言いますと、このテーブルにいる5人に犯行は不可能です」

「じゃあ吉岡くんの言ってた店側のサービス説が正しいんっすか?」


 え? 


 あれって口から出まかせだったんだけど、合ってたのか?


 そう思ったが、桐花は首を横に振る。


「さすがに違うかと。唐揚げにレモンをかけるかどうかはかなり揉めるらしいですからね」

「実際にそれで北島は大袈裟に騒いでるしな」

「大袈裟じゃないよ!」


 大袈裟だよ。


「それにタワー上層の唐揚げにはかかっておらず、中層にかかっていたというのも気になります。仮にサービスでレモンを絞るとして、そんな中途半端なことしますかね?」


 確かに、レモンをかけるとしたらタワーの上からだよな。


「それともう一つ気になっていたことがあります。それは、この唐揚げがあまりに美味しすぎること」

「美味しすぎるって、それ変なことか?」

「前に来て食べた時と明らかに味が違うんです。前に食べた時はサクサク感が足りずにベチョッとしているというか。次に頼むことはないだろうなと思わせる味でした」

「じゃあなんで今日頼んだんだよ」


 別のものを頼んでいれば、こんな面倒な事態にはなってないだろうに。


「唐揚げは美味しくなっていた。ならば前と何が違うのか? 私が思うに調理方法を変えたのではないでしょうか。おそらく、この唐揚げは二度揚げされています」

「二度揚げ?」


 聞き馴染みのない言葉に疑問符を浮かべると、料理が特技である北島が答えた。


「その名前の通り、揚げ物をするとき1回揚げて、そのあと時間を置いてからもう一度揚げ直す調理方法だよ」

「へえ、そうすると美味しくなるの?」

「そうだよ石田くん。外はカリっ、中はジューシーになって美味しんだよ」


 その方法で作ったから、この唐揚げは美味くなったと。


「この調理方法、美味しくなることは間違い無いんですが、ファミレスのような飲食店ではまずやらないでしょう」

「なんで? 美味くなるならやればいいじゃねえか」

「時間がかかるんですよ。一度揚げてからもう一度揚げるまで少し時間を置く必要がありますから」

「じゃあお前が前に来た時食った唐揚げは?」

「あんなベチョベチョの唐揚げ、絶対に2回揚げるなんてことしてませんでしたね」


 桐花は吐き捨てた。以前食べた唐揚げが美味くなかったことにご立腹のようだ。


 ……なんでまた唐揚げ注文しようと思ったんだ? 唐揚げの味なんてどうでもいいと思えるくらい腹でも減ってたのだろうか?


「となると、今回の唐揚げはなんで二度揚げされてたんだ? 時間がかかるんだろ?」


 ただでさえこんなタワーを建設するのに手間暇かけてるのに。


「……結果的に、二度揚げという形になったのだと思います」

「結果的にって?」

「おそらく、温め直したんだと思います」

「は?」

「この唐揚げは温め直すためにもう一度揚げられた。それが結果的に二度揚げという形になったんです」


 桐花の言っていることの意味がわからなかった。


 温め直されたということは、この唐揚げは一度冷めたということ。


 だが冷めるほどの時間があったはずはーー


「待って」


 思考を巡らせていると、相川が声を上げた。


「唐揚げタワー。私たちの前にも注文してる人いたよね」

「それって、一人で来てたお姉さんだよね?」

「うん。その人、一人でこれ全部食べられたわけないよね。でも、もうその人はいない」


 相川の言葉を聞いて、北島の顔がスーッと青ざめていった。


「まさか……私が食べた唐揚げって」

「はい。その人がレモンをかけて残したものを、揚げ直した唐揚げです」


 この場にいる全員の顔が引き攣る。


「この唐揚げ全てがそうだとは思いません。タワーの上層にあった唐揚げは新規に作ったもので、揚げ直した唐揚げと食感や味が変わらないようにわざわざ二度揚げしたんだと思います。ですが、レモンがかけられていた唐揚げはその人が残したものでしょう。そう考えると辻褄はあいます」


 みんな気の毒そうな表情で、食べ残しを食べさせられた北島を見つめる。


 …………というか、俺も一口食ってんじゃん!


「ま、待てよ! 揚げ直したんだろ? レモンのすっぱさとかって熱で消えねえのか?」

「それが意外にも消えないんですよ。レモンの酸味の成分であるクエン酸は比較的熱に強く、油の温度じゃ蒸発しないそうです」

「マジかよ……」


 じゃあ、確定なのか?


「犯人は……客の食べ残しを他の客に出した、ファミレス側?」

「わ、私。食べ残しを食べさせられたの?」

「…………はい」


 桐花は気まずい表情で、短く答えた。




 その後、俺たちは店の人間を呼び出してこの件について問い詰めた。


 店長の名札をつけた男は最初しらばっくれてたが、桐花が推理を聞かせて糾弾していくとついに口を割った。


『何がSNS映えだ! 一人で食べきれないなら注文するべきじゃない!』

『何がお金は払っただ! は、廃棄にだってお金はかかるんだぞ!』


 といった、唐揚げを残した客に対しての愚痴がこぼれる。その鬱憤を晴らすために残された唐揚げの再利用を思いついたらしい。(一応、口がつけられていたであろう唐揚げは再利用せず廃棄していたそうだ。だからといって許せるわけないが)


『こんなタワー作るのがどれだけ手間暇かかると思ってるんだ!』

『本社の人間は末端の負担を全く考えていない!』

『食べ物で遊ぶなんてナンセンスだ! 食べるというのはもっと神聖な行いなんだ!』

『命をいただくということに感謝していれば、食べ残すなんて絶対にできないはずだ!』

『そもそも、日本は食糧が飽和し過ぎている! 君は日本で1日に捨てられている食糧の数をーー』


 途中。少しヤバめな思想に舵を切り始めた店長を尻目に、桐花は本社の相談窓口へ連絡しようとする。

 

 すると店長が泣きついてきたため『今後こんな真似をしないこと』『今日の俺たちの支払いは免除すること』を条件に穏便に済ませた。


 当然それ以上ファミレスにいようとは思えず、俺たちは店を出た。


 北島はショックが大きかったのか茫然自失となっている。


「食べ残し……私……人の食べ残しを……」

「ごめん、私春香送ってくから今日はこれで」

「う、うん。相川さん、北島さんをよろしく。桐花さん、自分も帰るっす」


 そしてそのまま解散となった。


「吉岡さん、どうします?」

「……送ってくれるのか?」

「違いますよ。勉強です」

「ああ、そっちか」


 結局勉強会は中途半端なところで終わってしまった。


「どうすっかな」


 今からテスト当日まで寝ずに勉強すれば……いや、俺のへっぽこな頭じゃ適当に勉強してもたかがしれてる。


 途方にくれていると、桐花はやれやれとため息をついた。

 

「仕方ありません。私たちだけで勉強会しましょう」

「え?」

「延長戦です。明日、私がつきっきりで吉岡さんの勉強を見てあげます」


 そして、にっこりと笑った。


「場所は……まあ、ファミレス以外で検討しましょうか」

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