勉強願望
「すっっっぱいいいいいっ!!」
突然の悲鳴に俺たちが驚いていると、北島は自身のリンゴジュースをがぶ飲みする。
それでも足りなかったのか、隣に座る相川の飲み物を奪うように飲んだ。
「春香それレモンスカッシュ!」
「すっっっっぱぁぁぁぁぁっ!!」
「あんた何やってんだ?」
ゴホゴホむせていた北島は、涙目で俺を睨んできた。
「ひ、ひどいよ吉岡くん! 唐揚げにレモンかけないでって言ったよね!?」
「へ? は? いやいや、かけてねえって!」
「絶対嘘! だって私の唐揚げ、すんごいすっぱかったんだから!」
北島の抗議を聞いた相川が、食べかけの唐揚げに鼻を近づける。
「確かに、レモンの匂いするね」
「でしょ! 絶対吉岡くんがかけたんだよ!」
「俺じゃねえって!」
完全に俺のことを疑いにかかっている。
「吉岡くんしかいないじゃん! 私たちがドリンクバーに行ってる間にこっそりかけたんだ!」
「やってねえって! そんなことしてたら一緒にいた石田がその場面を見てるはずだろ! なあ石田!」
俺がやってないことを証言してもらうために視線を向けると、石田は困ったように目を背けた。
「えっと……自分ずっと吉岡くんのこと見てたわけじゃないっすから」
そういえばこいつ、途中でドリンクバーではしゃぐ北島たちを見てたな。
「な、なら俺じゃなくて、石田がやった可能性もあるだろ?」
俺こそ四六時中こいつのことを観察していたわけじゃない。
少し目を話した隙にレモンをかけた可能性は十分にあるはずだ。
「こんな幼稚なこと、石田くんがやるわけないじゃん!」
「じゃあ俺ならやるってか!?」
想い人と比較しているとはいえ、こんな扱いはあんまりだ。
「いやでも、自分やってないっすよ。自分、唐揚げには何もつけない派です」
「ほら! 石田くんもそう言ってるよ!」
「俺だってやってないって、ずっと言ってるよ!」
しかし実際、石田がそんな悪戯じみた真似をするようには思えない。
「間違って誰かが大皿の唐揚げにレモンかけたんじゃねえのか?」
そしてたまたま、その現場を誰にも見られなかったのではないか?
「……その可能性はあります。この中でレモンを使った人はいますか?」
桐花の質問に答える形で俺は手を挙げる。
しかし、手を挙げたのは俺だけだった。
「やっぱり吉岡くんじゃん」
「いやいやいや。おいお前ら嘘つくなよ、俺以外でレモンかけた奴ぐらいいるだろ!」
「唐揚げにレモンかける野蛮人なんて吉岡くんくらいだよ!」
「唐揚げにレモンは一般的だろうが!!」
この女、どれだけレモンと俺のことが嫌いなんだ?
「吉岡さん以外でレモンを使ったことがある人がいないか、調べてみますか?」
「調べるって、そんなのどうやって?」
「簡単ですよ。手の匂いを嗅げばいいんです」
そう言った桐花は俺の手をとって鼻に近づけた。桐花の鼻先に俺の指が軽く触れる。
「唐揚げにレモンを絞った吉岡さんの手からは、当然レモンの匂いがします。おしぼりで拭いたくらいじゃこの匂いは取れません」
「……なるほど」
「じゃあ、吉岡さん私の手を」
差し出された手に一瞬ためらいを覚えるが、俺は桐花の手をとって鼻に近づける。
「……レモンの匂いはしねえな」
いつもの桐花の匂いだけだ。
「じゃ、じゃあ! 私が石田くんの匂いを確かめるね!」
興奮気味の北島が急に大声を出した。
「い、石田くん。て、手を!」
「う、うん」
石田の差し出した右手を震えながら掴む。
「クンクン。こ、これが! 石田くんの……! クンクン。い、いい匂……いやいや。クンクン、レモンの匂いは……うーんどうだろクンクン。ごめんね、今私ちょっと鼻詰まり気味で、クンクン。うん、クンクンクンクンクンクン。レモンの匂いはしないね……念の為左の手もーー」
直後、相川の平手打ちが北島の後頭部を襲う。パーンッと景気のいい音がした。
……鋭いツッコミだ。今度から俺も桐花にはああすればいいのか。
「ほら春香。私の手も確認して」
「ちょ、トモちゃん! それアイアンクロー!」
「レモンの匂いはする? しないね。で、春香の手からもレモンの匂いはなし」
つまり、俺以外にレモンを使った形跡はないと。
疑いの視線が俺に突き刺さった。
「吉岡くん……自首して欲しいっす」
「だからやってねえって! というか、何わけわかんねえ悪戯の犯人探ししてんだよ! 俺には時間がねえんだって!」
こんなことに時間を使っている余裕はない。期末テストまで刻一刻と時間が迫っている。
「なんなら俺が犯人でいいよ! お詫びとしてこの唐揚げタワーは俺の奢りでいいし、それでさっさと勉強再開しようぜ!」
この話はこれで終わりにしたい。
そう願っていたが、納得していない人物が一人いた。
「待ってください」
桐花だ。
「私、吉岡さんが人の唐揚げに勝手にレモンをかける卑怯な真似をするなんて、到底思えません!」
「その信頼、今は全然嬉しくねえぞ!!」
嫌なパターンだ。
これから先桐花が何を言い出すかなんて、火を見るよりも明らかだ。
「なぜ北島さんの唐揚げにレモンがかけられていたのか? 誰が一体レモンをかけたのか?」
「そんなのどうでもいいって! 俺が犯人扱いされるよりやばい事態になりかけてるんだって!!」
「その謎と犯人は私が解き明かして見せます! 吉岡さんの無実を私が証明して見せます!!」
「お前さては勉強飽きてるな!? 教え子が不甲斐ないせいで趣味に走ろうとしてやがるな!?」
俺の言葉を完全無視して、桐花は目を爛々と輝かせながら宣言した。
「勝手にレモンをかける不届者の捜査は、この恋愛探偵、桐花咲にお任せあれです!!」
「勉強がっ……勉強がしたい!!」
俺は人生で初めて、本気でそう思った。




