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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
第8章 恋と友情とテスト勉強
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レモンと唐揚げタワー

 タッチパネルで『難攻不落の巨大唐揚げタワー』を注文して数分後。


「お待たせしましたー」


 やる気のない声の店員が店員が持ってきた料理に俺たちは言葉を失った。


「……これ5人で食い切れるか?」


 みっちりと積み上げられた唐揚げ。その頂は座っている俺たちの目線よりも高く、奇跡のようなバランスでその形を保っている。


 茶色い唐揚げの隙間に彩りを添えるミニトマトやブロッコリーが挟み込まれ、皿の上にはカットされたレモンが唐揚げを囲むように並んでいる。


 写真で見るよりもボリュームがある。


 というか唐揚げ一つ一つのサイズが想定よりもでかい。軽く食べるつもりならこれ一つでも十分だろう。


「ちょっと……調子に乗っちゃったかもしれないっす」


 勉強の疲れでテンションがおかしくなっていたのだろう。全員明らかに『やっちまった』と言う顔をしている。


「……これ、お持ち帰りってできますかね?」


 桐花なんてすでに完食を諦めている始末だ。


「こ、これ何人分なのかな? というか、さっきのお姉さん一人だったよね。全部食べたの?」

「いや、無理でしょ」


 ちなみにそのお姉さんは退店してもういない。というか、現段階でこのファミレスの客は俺たちだけだ。


 迫力に圧倒されて誰一人手をつけようとしない。


「ほら、腹括ってさっさと食うぞ」


 俺はテーブルに備え付けられていた箸と取り皿を配る。


「さっさと完食して、勉強再開だ」


 呆然と積み上げられた唐揚げを見ているわけにはいかない。俺にはそんな時間も余裕もないのだ。


「レモン一個もらうぞ」

 

 そう断りを入れた後で、別に問題がないことに気づく。添えられたレモンは一人2つ使っても有り余るくらいだ。

 

 俺がレモンを取ったところで北島が待ったをかけてきた。


「あ、待って。唐揚げにレモンかけないでね。私レモン苦手だから」

「別に大皿に直接かけたりしねえよ。自分の皿に取った分だけだ」

「ならいいけど……」


 そう言いながらも、俺が手にしたレモンから目を離さない。どうやら自分が食べる分にレモンを絞られないか不安なようだ。


「私、ちょっと飲み物とってきますね」

「私も」


 桐花が立ち上がると、相川も続いた。


「トモちゃん。私、リンゴジュースーー」

「自分で取ってきな」

「……はい」


 北島も渋々立ち上がり、女子3人がドリンクコーナーへと向かおうとする。


「吉岡くん、レモンかけないでよ!」

「かけねーよ」

「絶対かけないでよ!」

「しつけえな!」


 最後の最後まで俺を疑い続けた北島を見送り、テーブルには俺と石田だけが残る。


 石田は俺と北島のやりとりを見てクスクス笑ってやがった。


「北島さんって面白いっすね」

「なんだよ今更。中学から今までずっと同じクラスだったんだろ」

「そうっすけど、ここまで喋ったことなかったっすよ。自分、北島さんに避けられてるのかと思ってたくらいっすもん」

「……まあ、多分気のせいだろ」


 北島のやつ、石田の前で緊張しすぎてたんだろうな。


 中学3年間がそれだったと考えると、この勉強会での進歩は目覚ましいものなんだろう。


「吉岡くんに勉強会誘ってもらってよかったっす。じゃなきゃ北島さんがああやって笑うなんて、知ることもなかったっすから」


 石田の視線の先。ドリンクコーナーにいる北島が相川と桐花相手に何やらはしゃいでいる。


 石田はそれを見て感慨深そうに笑っていた。


「……そうか」


 おや? と思う。

 

 この勉強会の最終目標は北島の告白だ。


 まともに会話すらできない初日を見ると、告白なんて夢のまた夢だと思っていた。


 それが改善されて北島と石田の会話が増えてきた今でも、告白できても成功する見込みは低いとどこかで思っていた。


 だが今の石田の表情。


 北島を見つめる優しい目を見るに、もしかしたら上手くいくのではないか? そんな予感がした。


 そう考えていると、飲み物を取りに行った女子3人が戻ってきた。


「では食べましょうか」

「そうだな。でも、どうやって攻めるよ?」

 

 唐揚げタワーは絶妙なバランスでそそり立っている。難攻不落と名がついているが、下手につつけばあっという間に崩落するだろう。


「上から慎重に取っていくしかないでしょう」


 桐花はそう言っててっぺんの唐揚げを箸で取る。


 俺たちもそれに倣い、崩さないように慎重に唐揚げを取っていく。ジェンガをやっている時のような奇妙な緊張があった。


「じゃ、いただきましょう」


 桐花の合図とともに、俺たちは一斉にかぶりついた。


「あれ?」


 一口食べて、誰かが疑問の声をあげる。


 その疑問の理由は俺にもすぐわかった。


「なんか……やたらと美味えな」

 

 唐揚げが美味いのなんて当たり前かもしれないが、それどころではないくらい美味い。


「ファミレスの唐揚げって、こんなに美味しかったっけ?」

「やっぱ、企業努力の賜物なんじゃない?」


 誰もが絶賛する唐揚げを口にしながら、桐花は不思議そうに首を傾げる。


「おかしいですね。前に一人で来て唐揚げ食べた時、ここまで美味しくなかったはずなんですが」

「期間限定のメニューだし、作り方変えたんじゃねえのか? と言うか、女子高生が一人でファミレスに来て唐揚げ食ってたのかよ。やっぱお前って食い意地がーー」

「ふんっ!」

 

 足を踏まれて強制的に黙らされた。


「でもこれだけ美味しければ、あっという間に無くなりそうっすね」


 なんて調子のいいことを言ってられたのは最初の10分間だけだった。


 当たり前のことだが、どれだけ美味しい唐揚げだろうといくらでも食べられるわけではない。


 1個2個と食べ進めるうちに全員げんなりとした表情を浮かべ出した。


 石田なんて、ただでさえ色白な顔が青白くなってきている。


「もう……限界っす」

「おい柔道部。お前、まだ2個しか食ってねえじゃねえか」


 ちなみに、桐花は現在4個目に挑戦中である。


「うう、唐揚げ。全部同じ味……」

「レモンかけてみろよ。味変できて結構いけるぞ」

「嫌だよ! レモンかけて唐揚げ食べるくらいならチョコレートでもかけたほうがまだマシだね!」

「……やってみろよ。チョコレートアイス奢ってやるからよ」


 レモンになんの恨みがあるんだこの女。


「それよりも、マヨネーズとかないかな? 味変するなら断然レモンよりマヨネーズだよね」

「春香、あんたまた太るよ」

()()って何!? ()()って!」


 あー、合間合間に食べるミニトマトがいい清涼剤になるな。


「おいこれ、もう完食無理だろ」


 唐揚げタワーが届いてもう30分以上は経つが、まだタワーの上半分を崩しただけだ。


 しかもタワーは土台となる下半分の方が圧倒的に大きい。食べた唐揚げの総量は全体の30%と言ったところだろう。


「持ち帰り頼もうぜ。あとはみんな仲良く家族のお土産にしよう」


 そう提案したのだが、桐花が首を横に降った。


「ダメです。さっき店員さんに確認したんですけど、持ち帰りは禁止だそうで」

「マジかよ」


 目論見が早くも崩れ去った。


「じゃあ、申し訳ねえけど残すか?」


 苦肉の策だが仕方ないだろう。


 しかし、意外なところから反対意見が上がる。


「そんなのダメっす! そんなの唐揚げを作ってくれた料理人さんや鶏さんに申し訳ないじゃないっすか!」

「……もったいない精神は立派だが、そのセリフは唐揚げを人一倍食ってから言ってくれねえかな」

「あ、ちょっ! 取り皿に唐揚げ乗せないで欲しいっす!!」


 これで少しは減ったな。だが、まだまだ唐揚げは残ってる。


「軽食の予定だっただろうが! 何30分も唐揚げに格闘してんだよ! 俺もう時間ねえんだって!」


 軽く食べてエネルギー補給という話だったではないか。効率的に勉強するための措置だったではないか。


 店側には悪いが、ファミレスに来たのは勉強会のためだったはずだ。なんで自分たちの胃袋の許容量を考えないバカな高校生の日常を送っているのだ。


「よ、吉岡くん。もうちょっと頑張ろう。流石に完食は無理だけど、石田くんの言う通りこんなに残すと勿体無いよ」


 北島はそう言って新しい唐揚げを自分の皿にとる。

 

「私ももう少し食べるから。ね?」

「春香……太るよ?」

「さっきからトモちゃんはなんなの!」


 北島はプリプリ怒りながら唐揚げを口に入れる。


 すると、その動きが止まる。唐揚げを口に咥えたまま全身が石のように固まっている。


「春香?」


 異変に気づいた相川が声をかけたその瞬間だった。


「すっっっぱいいいいいっ!!」


 ファミレスに、北島の悲鳴が響き渡った。

今更ではありますが、今章で登場する北島春香、相川智代の二人は過去に私が書いた短編集に出てくるキャラクターです。

彼女たちの中学生時代の奮闘記を見たい方は、ぜひ下記のURLから読んで見てください。

https://ncode.syosetu.com/s2954h/

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