ファミレスにて
「悪い。待たせたか?」
「いえ、全員今来たところですよ」
土曜日。学園近くの駅前に俺たちは集合していた。
待ち合わせの時間は13時だったのだが、その10分前に俺が来た時には全員が集まっていた。
一応俺のために集まってくれたことだし、もう少し早く来るべきだったか。
そんなことを考えていると、桐花がみんなを先導する。
「さ、行きましょうか。ここから歩いてすぐです」
急遽行われることとなった追加の勉強会。
土日はこれまでのように部室が使えないため他の場所を探す必要があるが、5人も集まれる場所というのがなかなか難しい。
そんな中、桐花に連れられてやってきた穴場とやらがーー
「ファミレスかあ」
「ファミレスっすね」
無難と言えば無難な選択肢だった。
中に入ると『いらっしゃいませー』という気の抜けた挨拶に出迎えられる。
「い、いいのかな? ファミレスで勉強なんて」
「あんまりいいお客さんじゃないよね」
何時までやる予定か決めていないが、1時間、2時間で今日の勉強会は終わらないだろう。というか、そのぐらい勉強した程度では俺の赤点は免れることができない。
1席に数時間もたむろする高校生は、ファミレス側からしてもいい迷惑だろう。
「大丈夫ですよ。穴場だと言ったでしょう。ここ、学園から結構近いのに何故か利用者が少ないんですよ」
桐花の言う通り店内には俺たち含めて数名しかおらず、空席が目立つ。
いくら昼のピークタイムを過ぎていると言っても、これだけ客がいないとかえって不安だ。
「ふふふ、いいでしょうここ。お客さんが少ないせいか、たまにうちの学校の生徒が男女で来ることがあるんですよ。お忍びデートですね」
「……穴場ってそう言う意味かよ」
客が少ねえの、お前がこの店に出入りしてるからじゃねえよな?
「ま、ドリンクバーでも頼んでいれば文句は言われませんよ」
桐花に促されるまま、全員でドリンクバーを注文。
各々が飲み物をとってきて席につくと、桐花が声を張った。
「さあ。これが本当の勉強会最終日です。気合い入れていきましょうか」
そして勉強会がスタート。
これまで通り、向かいの席では北島と、勉強を教える石田。我関せずで黙々と勉強する相川が座っている。
そして俺の教師役を務める桐花は、持ってきた鞄から大量のプリントを取り出した。
「これは?」
「仮想問題を作ってきました。これ全部やれば赤点は回避できるでしょう。たぶん……おそらく……きっと……希望を捨てないでください」
「労力の割に可能性が低いよぉ」
「吉岡さんが今まで勉強してこなかったのが悪いんですからね」
わかってる。わかってますとも。
俺は大人しくプリントに取り掛かった。
それから数時間。俺たちは至極真面目に勉強を進めた。
時折雑談が入ったり、ドリンクのおかわりで席を立つことはあったが、俺にとって過去これほど勉強に集中したことはないだろう。
しかし、それでもこれまでの遅れを取り戻すには至らなかった。
「あー、これは、ちょっと……本格的にまずいかもしれませんね」
桐花が作ってきた仮想問題。それを解いては間違ったところを桐花に解説してもらう、といった流れで勉強をしていたのだが、間違った箇所が多すぎて全然進まなかった。
桐花が持ってきたプリントの半分も終わっていない。
「苦手科目以外はおそらく大丈夫だと思いますが、国語と英語の理解力が壊滅的です。吉岡さん、子供の頃頭を強く打ったりしてませんよね? 言語能力を司る言語中枢が脳の左側にあるんですが」
「単純に勉強が苦手なだけだよ!」
生まれてこのかた、俺の体は健康そのものだ。
「ほらもう、次だ次! これ全部やるまで俺は帰らないからな!」
「吉岡さんに学習意欲が芽生えたことを喜ぶべきか。それにつき合わされるのは私だと文句を言うべきか。悩みどころですね」
気合いを入れ直し、再度プリントに向き合ったその瞬間だった。
グゥー、と。やたらと気の抜ける腹の音が聞こえてきた。
音の出所に目を向けると、顔を真っ赤にした北島がいた。
「えっと、北島?」
「ち、違う! お腹の音なんてなってない! 私じゃないからね石田くん! やだなートモちゃん、お腹減ってたの?」
「人のせいにしないでくれますか、春香さん」
どう考えても、あの腹の音の主は明確だった。
涙目の北島に、石田がフォローを入れる。
「気にしないでよ北島さん。僕も勉強してお腹減ったし」
「確かにそうですね。せっかくですし、何か頼みましょうか?」
「……晩飯にはまだ早いだろ」
時刻は16時。今から本格的に夕食を取ると言うには早すぎる時間だ。
「軽食ですよ。少し遅いですが、3時のおやつと言ったところですね」
「飯食うより少しでも英単語覚えたいんだけど」
この俺に呑気に飯を食ってる余裕はない。
「少しくらい休憩したってバチは当たりませんよ。吉岡さんだってお腹空いてるでしょう?」
「……まあ」
「お腹が空いているのは、脳がエネルギーを欲してるからですよ。軽く食べることで勉強が進むというものです」
「わかったよ。食ったらすぐ再開するからな」
そう念押しして、机の上の勉強道具を片付けた。
「何頼みましょうか? 実はさっきから気になるメニューがあったんですけど」
「桐花ちゃんも? 実は私もそうなんだ」
「あれでしょ。フェアメニューの」
「確かにあれは目を引くっすね」
何やら全員、軽食の目星をつけていたようだ。
「『難攻不落の巨大唐揚げタワー』」
「全然軽くねーじゃん」
みんなが一斉に指さしたメニューは、大量に積み重ねられた唐揚げの塔だった。
「すごいですよね。これ何個あるんでしょう?」
「どうやって積み重ねてるんだろう。結構高さあるよ?」
「二千円か。5人で割って一人四百円だと考えると安いね」
「見た目のインパクトは絶大っすね」
わいわいとみんな乗り気だった。
「え、いやマジで頼む気か? こんなの食べ切るのに時間かかるし、そもそも食べ切れるのかこれ!?」
「5人もいるんですし、あっという間ですよ」
「そうっす! 柔道部の自分に任せて欲しいっす!」
「いや……俺にはお前が桐花より食えるとは到底思えないんだが」
「だからっ、男子の比較に私を出さないっ!」
机の下で足を蹴られる。
「こう言う時は甘い物が定番じゃねーの? なんでこんなガッツリ系なんだよ!」
「だって、さっき別の席のお姉さんが頼んでたの見て食べたくなっちゃって」
「あの匂いは反則級だよね」
確かにすげえいい匂いしてきたけどさあ!
「ほらもう吉岡さん、多数決です。諦めてください」
「……さっさと注文して、速攻で食い切るぞ」
こんなペースで、俺の勉強は間に合うのだろうか?
不安を抱えながらも覚悟を決めた。




