念願叶ったり
そもそもの話。桐花がこの相談部を立ち上げたのは、生徒同士の恋愛沙汰に首を突っ込みたいからだ。
今まで解決してきた事件の原因やら動機やらが結果的に恋愛に関することだったのは何度かあるが、スタートの依頼から恋愛関係だったことは今までなかった。
桐花は以前から何度も恋愛相談を受けたいと口にしていた。
そんな桐花の元に恋愛相談が舞い込めばどんな反応をするのか目に見えている。桐花は喜び勇んでその相談を受けるだろう。
俺個人としても、もし桐花の念願が叶う時が来たら微力ながら手伝ってやろうとは思っていた。
だがーー
「好きな男の子に告白したいので協力してください!」
「喜んでお手伝いしますともっ!!」
「桐花っ!!!!」
この裏切りはいくらなんでもあんまりだった。
「なんでも言ってください! 私にできることなら他の全てを投げ打ってでも協力させていただきます!!」
「桐花っ!?」
桐花は立ち上がり、握りしめた両の拳を胸の前で震わせる。
「必ず成就させてみせます! そのために私は存在するのですから!」
「き! り! は! なっ!!」
天井知らずにテンションが上がり続ける桐花を俺は必死で止めようとする。
「桐花お前、マジでさあ! 何依頼受けてんだよ!」
「え? あ……そうでしたね」
「ヤバいんだって! このままじゃ夏休みの予定全部パーだぞ!」
期末で赤点取りそうなのは間違いなく俺の自業自得だが、そんなこと構ってられない。こちとら桐花に勉強を教えてもらえるかどうかは死活問題なのだ。
「依頼受けるにしてもテスト期間中は勘弁してくれ! 頼むから少しの間我慢してくれ、なっ!」
「えぇ、そんな。やっときた恋愛相談を1週間も我慢するだなんて」
俺の勉強を見るという約束は果たしたいが、それでも目の前のご馳走に揺れていると言った様子だった。
俺は躊躇う桐花の代わりに、依頼人に向き直って断ろうとする。
「なあ、悪いんだけどテスト期間中は勘弁してくれないか? テスト終わったらいくらでも協力するから」
「そんな! テストが終わったらすぐに夏休みでしょ!? 夏休みが始まる前に彼とは恋人になりたいのに!」
「そうですよ吉岡さん! 夏休み中に恋人になるのと、恋人になってから夏休みをスタートさせるんじゃ全然違うんですからね!」
「速攻で寝返んじゃねえ!」
もう完全に乗り気だった。
「第一、あれだ。あんたか想い人は許可証持ってんのか?」
この学園において許可証を持たない者の恋愛は許されていない。
許可証を持っているのはこの学園でもほんの一握り。目の前の女子が持っている可能性は少ない。
「許可証の有無で私の恋心は止められないよ!」
「その通りです! 許可証なんかが恋する女の子を邪魔していいわけがない!」
「どいつもこいつも恋愛過激派だな!!」
その後、恋愛過激派に押し切られる形で、ひとまず依頼人の話を聞くこととなった。
まずは自己紹介。
依頼人である毛先ゆるふわ系の女子は北島春香。
その連れであるトモちゃんと呼ばれた女子は相川智代と名乗った。ともに1年生らしい。
「で、何? 好きな男子に告白?」
「う、うん」
テスト勉強の妨害をされて質問がかなり威圧的になってしまった。北島は少し怯えながらもはっきりと頷く。
「中学の時からずっと好きだった男の子がいて、彼に告白したいんだけどなかなか勇気が出なくて」
「何を言いますか北島さん。ちゃんと勇気を出して我々に相談するという一歩を踏み出したじゃないですか!」
踏み出す方向が間違っている可能性について、俺はあえて言及しなかった。
「なんでよりによって相談先がこれなんだよ?」
「吉岡さん。『これ』ってなんですか? 『これ』って」
『これ』の悪評は学園中に広まっている。まさか本気で恋愛相談しにくる奴がいるなんて思いもしなかった。
「……さっきも言ったけど、私も彼も許可証持ってないから。相談できる人なかなかいないんだ。相談部は依頼人の秘密は絶対守るって聞いたから、それで」
「なるほど」
やはり以前、心霊相談を受けまくったことが相談部の評判に一役買っているようだ。今の俺には全然ありがたくないが。
「なら別に俺らじゃなくて、事情を知ってる友達に相談すればいいんじゃねえか? 隣の相川とかさ」
わざわざ北島の恋愛相談に同行してきた友人だ。相当仲がいいだろう。
ところが相川はため息をつきながら首を横に振る。
「あー、無理。私に相談しても事態は好転しないよ」
「なんで?」
相川は隣に座る北島をじろりと睨みながら答えた。
「中学の3年間ずっと、ずっっっっっと相談を受けてきたし、数えきれないほどアドバイスしたけど、いまだになんの成果も出てないから」
相川の目は凍えそうなほど冷たかった。
「い、いやそれは。なかなかタイミングがなくて……」
北島は目を逸らしながら言い訳するが、相川は一蹴した。
「タイミング? 中学3年間彼と同じクラスだったのにタイミングがなかった? チャンスなんかいくらでもあったでしょうが! クリスマスに、バレンタインに、卒業式に!!」
「ば、バレンタインは、おたふくにかかっちゃったから……」
「それは3年の時の話で、2年の時も1年の時もヘタレて渡せなかったのはアンタでしょうが!!」
相川がの怒声が部室に響く。
「高校でも彼と同じクラスになれて多少は積極的になれるかと思ってたのに、今の今までアクション起こせなくて、気づいたら夏休み前! ようやく動き出したと思ったら事情も何も知らない人たちに告白を手伝って欲しい? ふざけんな! 直接ぶつかってこいよ!!」
「ご、ごめんなさい」
随分と溜まり溜まったものがあるらしく、同じ部屋にいる俺たちそっちのけでこれまでの不安を北島にぶつけている。
「挙げ句の果てに1人で行くのは不安だから一緒に来て欲しいって……テスト前だっつーの!! 私だってテストのために勉強したいに決まってんでしょーが!」
なんだろう。俺、相川とは今日が初対面だけどすげえ仲良くなれそうな気がする。
これまでの誰にも抱いたことのないシンパシーを感じる。
相川は冷や汗を書きながら目を逸らし続ける北島から、俺たちに向き直る。
「というわけで、この子からの依頼はバッサリ断っていいから。どうせどんなアドバイスを受けてもこのヘタレは実行に移せないから」
「そんなことないよ! 今度こそ本当の本当に告白するんだから!!」
「そのセリフを私は何百回聞いたと思ってんだ」
付き添いで来たわりに、相川は全然乗り気ではないようだ。
「まあまあ落ち着いてくださいトモちゃんさん」
「トモちゃんさん?」
「わざわざテスト前に依頼に来るなんて、期末テストを捨てる覚悟がなければできないことです」
「俺は捨てる気ないからな」
なんでお前の方が乗り気なんだよ。
「ひとまずお相手のこと、私たちに教えてくれませんか?」
もう完全に依頼を受ける方向に向かってる桐花に、北島は嬉々として語りかけた。
「彼のことはね、中学一年生の時に同じクラスの、それも隣の席になってからずっと好きだったんだ! 彼はね優しくて、かっこよくて、とても上品な雰囲気で、初めて会った時から他の男子とは違う空気を纏ってたんだよね!」
「……せめてもっと具体的な情報をよこせや」
「身長は163センチ。体重は50キロ。視力は良くて1.5だったかな?」
「具体的すぎる」
なんでそんな情報知ってんだよ。
「華奢で色白。目がぱっちり大きくて小ぶりだけどすらっと通った鼻。今はバッサリ切っちゃったけど、中学の時はサラサラの髪を伸ばしててまるで王子様みたいだったなあ」
「わかりづらいから写真見せてくんない?」
だいぶ美化されている気がする。
「うんいいよ。中学の卒行式の写真だけど」
そう言って差し出されたスマホの写真を俺と桐花は覗き込む。
スマホには中学の制服を着た北島と相川。そして学ランを着た男子生徒のスリーショットが写っていた。
「この人が北島さんの想い人ですか」
「うん。かっこいいでしょ」
「まあ、確かにな」
北島の証言はかなり美化されたものだったが、あながち的外れなものでもなかった。
華奢で色白。目鼻立ちも整っている。
長い髪と、かなり細い体格から一見すると女子のように見えるほどだ。
「ん?」
じっとその男子の写真を見ていると、妙な違和感を抱く。
いや、違和感というよりは既視感だった。
「なんだ? こいつ、見たことある気がするな」
同じ学校の1年ともなれば、当然どこかですれ違うくらいはしているだろう。
だがそんな感じではない。もっと近くで見たことがあるような。なんなら言葉を交わしたことがあるような気がする。
「あれ、吉岡さんもですか? 私も見覚えあるんですよね」
「お前も? というか、お前で見覚えがある程度なのか?」
2人揃って首を傾げる。
「高校に入ってから髪型変わっちゃったからね」
「髪型ですか……お名前は?」
「石田くんって言うんだけど」
「石田……」
やはり聞き覚えのある名前。
写真に映る、女子と並んで照れたような表情を浮かべる男子生徒の顔をよく見る。
『いやー、本当に助かったっす!』
懐かしい記憶がわずかに蘇る。
『このお礼はいつか必ずするっす!』
そして脳裏に浮かぶ、頭皮が見えるほど短く刈り込まれたイガグリ頭。
「石田!!??」
写真の男子は、かつて桐花と最初に遭遇した事件の被害者、柔道部1年の石田だった。




