エピローグ 雨はやまず。
桐花が黒幕の正体を突き止めて数日後。
マスメディア部が新しく壁新聞を発行した。
注目の見出しは晴嵐学園の新七不思議。俺たちが調査した怪談を七不思議としてまとめたものだ。
怪談の噂話が広っているオカルトブームの最中に発表されたその記事は大きな話題となり、壁新聞が掲載されている掲示板の前ではしばらくの間人だかりが絶えなかったという。
学園中が怪談話で盛り上がりを見せる中、新たに投下された起爆剤。オカルトブームの熱はさらに燃え上がることとなった。
その結果が我ら相談部にどのような影響をもたらしたのかと言うとーー
「……超疲れました」
「……お疲れさん」
心霊相談の依頼が爆発的に増えた。
オカルトブームがさらに盛り上がった結果、それに伴い噂される怪談の数も一気に増えた。
そうなると実績がある相談部への心霊相談が増えることは今考えれば当然のことだったのだろう。
桐花は机に突っ伏したままピクリとも動かない。珍しく疲労困憊しているようだった。
「あー、よかったな。楽しい謎解きがいっぱい堪能できて」
「よくありませんよ!」
気を遣ったつもりだったのだが、桐花はお気に召さなかったらしい。
ガバリと起き上がり、机の上に拳を叩きつけた。
「なんなんですか、もう! この前焼肉ばっかりでたまにはお寿司を食べたいって話をしたばかりですよね!? なのにまた焼肉焼肉焼肉っ! こんなの無限焼肉地獄ですよ!!」
「……それだけ聞くとちょっと楽しそうだな」
また訳のわからないこと言ってる。
「しかもですよ! 最近謎の質があからさまに落ちてますからね!? 今日の怪談の正体なんて、ただの雨漏りってどういうことですか!!」
「それは俺に言われてもな……」
毎朝濡れる床にビビり散らしてた依頼者に苦情を言うべきだ。
「噂される怪談そのものが雑になってきてますよね! なんなんですか『毎年6月に生贄を求める首狩り武者』って!? 年一で生徒の首を切り飛ばす落武者の幽霊の存在を信じて本気で怖がるって高校生としてどうなんですか!! 毎年毎年そんな猟奇殺人が起きてたら学園そのものがとっくになくなってますよ!!」
「だよなー。高校生にもなってそんなの信じるなんてどうかしてるよなー」
「これ吉岡さんのことですからね!?」
ガキの頃テレビでやってた『八つ墓村』を見て以来、落武者の幽霊はトラウマなんだ。
「最近噂されている怪談はどれもこれも怖がらせ方が安易と言いますか。とりあえず人が死んでおけば怖いだろうという魂胆が透けて見えますね」
「確かにその手の怪談ばっかだもんな」
「今この学園に存在する怪談が全て真実だとしたら、一体どれだけの犠牲者が出ていることになるのやら」
「……数えたんだが、教師生徒合わせて今月だけで27人死んでたよ」
当然ながら死亡事故は一件たりとも起きていない。
「百目鬼先輩の作り出した怪談がいかに洗練されていたのかよくわかります」
「確かにな。あの人の怪談にはしっかりしたストーリーと元ネタ……『フィクション』と『リアリティ』があったもんな」
だからこそ、文句を言いながらも桐花は楽しそうに謎解きをしていたわけだ。
「粗製濫造、オカルトブームの終焉が近い証拠ですね。こんなに質の低い怪談ばかり噂されても、みんなすぐ飽きるでしょうし」
「……百目鬼先輩。このオカルトブームからは完全に手を引いたみたいだしな」
「わざわざ怪談を広める理由も無くなりましたからね」
先日のことだ。
百目鬼先輩が一人で相談部を訪れた。
『か、神楽坂には振られたよ』
どこか寂しそうな、しかしスッキリした表情でそう報告してきた。
結局、先輩が綿密に準備してきた告白の計画は失敗に終わった。
しかしどうやらその後で神楽坂先輩に思いを伝えたようだ。
百目鬼先輩が神楽坂先輩になんと告白したのかはわからない。
オカルトブームの真の黒幕は自分であること、全ては神楽坂先輩に告白するためであること。そのことをどこまで説明したのかは不明だ。
そして、百目鬼先輩の告白計画を妨害した三浦と、あの日どんなことを話したのかについてもわからないまま。
多分、そこは俺たちが踏み越えちゃいけない領域。
当事者だけが知っておくべき不可侵の領域なんだ。
そのことは桐花も承知しているのか、深く聞くような真似はしなかった。
「…………」
「…………」
ふと、俺も桐花も無言になる。
別に珍しいことじゃない。お互い話すことがなくなったタイミングが重なったことで生じる静かな時間だ。
窓の外の雨音だけが部屋の中に響く。
桐花と一緒にいて、こんな時間を気まずいと思ったことはこれまで一度もない。
しかし今回ばかりは、椅子に座った時の収まりがうまくいかなかった時のような、妙な居心地の悪さがあった。
『恋は人を幸せにする? そんなこと、微塵も信じてないくせに』
あれから、三浦が言ったことを何度も思い出す。
何を馬鹿なこと言ってるんだ? 桐花がそのことを信じていないわけがないだろう。
そうやって否定したかったが、あの時の桐花の顔を思い出すとできなかった。
喜怒哀楽がはっきりしている桐花から、その一切が消えてしまった表情。
脳裏にこびりついて離れなかった。
あんな桐花は初めて見た。
それなりの付き合いになるのに、俺はまだまだ桐花のことをよく知らない。
思えば、なんでそんなに人の恋愛が好きなのか、ちゃんと聞いたことがなかったような気がする。
桐花が恋愛を好きなのは、桐花だからだ。今までそんなふうに思っていた。
しかし桐花の中にはちゃんとした理由があって、俺はその理由を全く知らなかったということを気付かされた。
「…………」
「…………」
今の関係は心地良い。
桐花に振り回されながら、一緒に馬鹿をやるこの関係が俺は決して嫌いではない。
だがあの時見せた桐花の表情の意味、そして恋愛を好きであるその理由を知るには、今まで立ち入ったことのない桐花の内面に触れる必要がある。
それは多分、今の関係を終わらせることと同義だ。
安易に踏み込んではいけない。知るには相応の覚悟が必要。
俺にその覚悟があるのか?
己に問いかけ続けるが、答えは出なかった。
「雨、やみませんね」
「……だな」
これにて第7章終了です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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