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恋に恋せよ恋愛探偵!  作者: ツネ吉
第7章 永遠に続く日々の怪談を
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オカルトブームの真相

「『願いを叶える猿の手』この怪談の噂は三浦さんにしか流すことができない。ですが、三浦さんには決して流せない噂があるんですよ」


 三浦に鋭い視線を送りながら桐花はそう告げた。


「『三つ目のマネキン』マネキンの額にペンで目玉模様が描かれるという『リアリティ』で実現した怪談です」

「その『リアリティ』は黒幕の三浦がやったんじゃねえのか?」

「ありえません」


 俺の考えを一蹴する。


「調査の時、被服部の部員さんがなんて言ったか覚えてますか?」

「え? えっと……」

「『私が入学した時からずっとこうでしたからね。慣れちゃいましたよ』って言ってたんですよ」


 入学した時から?


「おい、それって」

「そうです。だから私はその落書きがいつから続いているのか聞いてきたんです。結果、最初に落書きされたのは今年の3月からだそうです」


 今年の3月。


 それはつまり俺と桐花、そして同じ1年生である三浦がまだこの学園に入学する前の話だ。そんな時期からマネキンに落書きをすることなんて不可能だ。


「どういうことだ?」


 この怪談だけ三浦とは関係ない別の人間が流したということか?


「そもそもの話、三浦さんは黒幕の候補から真っ先に除外してたんです」

「このマネキンの件だけじゃないのか?」

「はい」

 

 桐花は頷き返す。

 

「黒幕の行動はオカルトブームを作り上げるために一貫していました。念入りに『リアリティ』を用意し、『フィクション』を流布することで怪談を最大限効率的に広めている」


 その結果実際にオカルトブームはこの学園で起きたわけだ。


「私たち相談部は怪談について相談を受け、いくつか解決してきました。黒幕からすれば面白くないでしょう。せっかく流した怪談の正体を暴かれ台無しにされたのですから」


 怪談の噂はその正体が暴かれれば鎮静化される。


 俺たちがやってきたことは広まったオカルトブームを終わらせようとしてきたことと同義だ。


「ですがその心霊相談自体三浦さん、あなたからの紹介でうちに回ってきたのです」


 心霊相談なんて本来はオカルト研の分野だ。実際に俺たちに相談してきた依頼者は全員、俺たちのところに来る前にオカ研に依頼したが断られ、その代わりに相談部を紹介されたと言っていた。


「行動が矛盾しているんですよ。あなたのやっていることはオカルトブームを広めたい黒幕の行動ではありえません」

「つまり、黒幕は三浦ではないと?」

「そうです」


 頭が混乱してきた。


「じゃあ、なんでさっきは三浦が黒幕だなんて言ったんだ」

「神楽坂先輩と百目鬼先輩がいたからです。あの二人がいるところでこんな話はできません」

「なんで?」

 

 そんな俺の疑問に、桐花は三浦から目を逸らさずに答えた。



「黒幕の正体は百目鬼先輩だからです」


 

 そんなあっさりとした桐花の答えに息を呑んだ。


「……その根拠は」

 

 内心かなり驚いていたが、できる限り冷静に問いかける。


「『隙間女』ですよ。あの怪談は色々とおかしな点があります」


 そう言って指を一本立てる。


「まず一つ目。隙間女の怪談を図書委員である樹さんが知らなかったこと。いくら怪談に疎くても、この学園中でオカルトブームが起きている中、図書室での怪談を図書委員の彼女が聞いたこともないなんてありえると思いますか?」

「そりゃ……いや、ありえなくはないだろ、そういった噂をたまたま聞かなかった可能性もあるだろ?」

「樹さんは吉岡さんと違ってちゃんと友達がいます」

「俺と違って、ってどういう意味だ!」


 だけどまあ怪談話が流行っているこの学園では、怪談の噂話は友達との会話のネタとして当たり前のように存在する。


 そう考えると図書委員の樹が図書室の怪談を全く耳にしたことがない、と言われると違和感がある。


 そうこう考えていると、桐花は二本目の指を立てた。


「そして次に、本と本の隙間にあった鏡のトリックですが、あんなもの普通すぐバレます」

「まあ……確かに」

 

 実際俺もそれを見てかなり驚いたが、よく見れば鏡であったことにすぐ気づいた。


「他の怪談のトリック……例えば『男子更衣室から流れるエリーゼのために』なんかは念入りに準備され、バレないようにしっかりと細工されていました。そうすることで正体がバレることなく噂話が流れた。ですがあの鏡のトリックは一度目撃されれば簡単に正体が割れる、正体がわかった怪談が噂話として流れるなんておかしいと思いませんか?」


 つまり、一目見てわかるような鏡の存在に気付いた奴がいないということはーー


「百目鬼先輩と俺が目撃するまで隙間女を見た奴はいなかったってことか?」

 

 それはおかしい。

 

 百目鬼メソッドの『リアリティ』の部分がないまま噂話が流れたことになる。


「そして最後」


 桐花が三本目の指を立てる。


「図書室を調べるため私たちがバラバラになって20分もしないうちに百目鬼先輩は『隙間女』を発見しました。あれだけの本がある中、ピンポイントで鏡のあった隙間を発見した? ありえません。私はこんな偶然信じない」

「ということは、百目鬼先輩の自作自演?」


 桐花は頷きを返す。


「そもそも『隙間女』の怪談の噂って流れてたんでしょうか?」

「なに?」

「この怪談は百目鬼先輩が調査するって選んだものなんですよね? オカルトに造詣が深い百目鬼先輩が『こんな怪談が流れている』なんて言えば無条件に信じると思います。ああ、私たちが知らないだけでそんな怪談があるんだ、って」

「『隙間女』の怪談は存在しなかった?」


 桐花はコクリと頷く。


「まとめますと『隙間女』の怪談を作り上げたのは百目鬼先輩。ですが、実際には怪談の噂は流れておらず、あたかも『隙間女』なんて怪談が存在するかのように偽造したんです」

「鏡のトリックもあの場限りのものだったってことか」


 そう言われれば納得できる。


 だが、まだわからない。


「なんで百目鬼先輩はそんなリスキーなことを? 黒幕は今まで念入りに準備してきたじゃねえか」


 今まで尻尾も掴ませなかったくせに、急に雑になった印象を受ける。


「時間がなかったからです」

「時間?」

「神楽坂先輩言ってましたよね。百目鬼先輩が選んだ怪談がいくつかボツになって、別の怪談を用意したって」

「ああ、俺たちが正体暴いた奴だろ?」


 俺たちが解決した怪談全部、元々百目鬼先輩が調査しようと選んだ怪談だったっていう。


 ーーん?


「……待てよ、俺たちが正体暴いた怪談()()百目鬼先輩が選んだ怪談と被ってた?」


 今回調査した怪談は全部で10件。


 そのうち半分の5件は神楽坂先輩の選んだ怪談だった。


 そして俺たちが解決した怪談は4件。


「4件の怪談が神楽坂先輩とは全く被らず、百目鬼先輩だけに被ってたってことか? そんな偶然あり得るか?」

「ええ、ありえません。そして思い出してください、この4件の怪談の解決に間接的に関わっている人物が一体誰なのか?」


 決まっている。


 持ち込まれた心霊相談を俺たちに回してきた三浦だ。


「話はこういうことです。怪談の噂を流し、オカルトブームを作り上げた黒幕の正体は百目鬼先輩だった。しかし、今噂されている怪談の全てが百目鬼先輩の手によるものではなく、三浦さんが作り上げたものが混じっている」

「百目鬼先輩が調査するって選んだ怪談の中に『隙間女』が入ってるってことは、百目鬼先輩が選んだ怪談は先輩自身が作り上げて噂を流した怪談なのか?」

「ええ、間違いなく」


 となると、神楽坂先輩が選んだ怪談は消去法的に三浦の怪談ということになる。


「そして三浦さんは、百目鬼先輩の怪談の解決を私たちに行わせた。それはなぜか?」

「……百目鬼先輩の怪談が流れないようにするため」


 何度も言うようだが、正体が暴かれた怪談は沈静化する。


 三浦の狙いはそれだったということか。


 だが待て、まだ疑問はある。


「そんなことして三浦は何がしたいんだ? いや、そもそも百目鬼先輩の目的は? 単にオカルトブームを作り出すことが目的ならわざわざ自分の怪談を調査するような真似するか?」

「もちろん。百目鬼先輩には別の目的があります」


 桐花はここでようやく視線を三浦からホワイトボードに移す。


 その時一瞬見えた桐花の表情。


 その表情を見て、俺は先ほどから持ち続けた違和感の正体に気づいた。


 

 苦しそうなのだ。


 

 いつもの桐花であれば、こうやって推理を披露している時はどこか楽しそうで、生き生きとしている。


 だが今のこいつは、まるで痛みに耐えているかのように表情を歪めている。


 なぜそんな顔をしているのか?


 理由がわからいなまま、桐花の推理は続いた。


「私たちが解決した怪談……そのおかげでボツになってしまった百目鬼先輩の怪談を見てみましょう」


『鬼門から聞こえる唸り声』

 放課後、北東から唸り声が聞こえてくる。その唸り声は責苦を受けている地獄の亡者の悲鳴である。


『水面に映る幻影』

 午後の授業中、教室の窓から見える学園のプールの水面に奇妙な幻影が映っていたのを目撃した生徒が多発。それはあの世の光景とされている。


『すみっこの妖精』

 教室には妖精が住んでいて、視界のはしでたまに影が映る。妖精はいたずら好きなため、午後の睡魔に負けて居眠りをするといたずらされる。


『兄弟机』

 放課後、誰もいない教室に置かれているとある机に落書きをすると、学園のどこかの机に同じ落書きが浮かび上がる。その二つの机は同じ木で作られた兄弟机である。


「……余計な情報が多いですね。少し整理しましょう」


『鬼門から聞こえる唸り声』放課後

『水面に映る幻影』午後

『すみっこの妖精』午後

『兄弟机』放課後


「ん? なんで時間帯だけ?」

 

 俺の疑問には答えず、桐花は続けた。

 

「さらに、百目鬼先輩の怪談を足します」


『鬼門から聞こえる唸り声』放課後

『水面に映る幻影』午後

『すみっこの妖精』午後

『兄弟机』放課後


『隙間女』午後

『禁制品リスト』放課後


「なんでその二つだけーー」


 気がつく。


 並べられた怪談の共通点に。


「怪談の頭文字と、怪談の中で出てきた時間帯が他の怪談と一致する?」


 鬼門から聞こえる唸り声、兄弟机、禁制品リストは放課後。


 頭文字が『き』から始まる怪談は全て放課後に発生する怪談だ。


 そして『す』から始まる怪談。


 水面に映る幻影、すみっこの妖精、隙間女は午後に。


「怪談はなんでもいい訳ではありません。怪談のチョイスには法則があるんです」


 その法則とは頭文字と時間帯。


「俺たちが『す』から始まる怪談を解決したせいで『隙間女』の怪談を慌てて用意したということか」


 新しい怪談を用意して、その度に三浦経由で俺たちが解決し、また用意するはめになる。

 

 百目鬼先輩の苦労が伺える。


「百目鬼先輩の作り上げた怪談には法則性がある。その法則に従った怪談でなければ意味がなかった。三浦さんは他の怪談を流すことで百目鬼先輩の怪談をうもれさせ、私たちに解決させることで怪談の噂そのものが流れないようにしたんです」


 三浦の行動は全て、百目鬼先輩を妨害するためのものということになる。


「ここまで聞けばわかると思いますが、百目鬼先輩の目的はオカルトブームを起こすことではありません。単にオカルトブームを作り上げるのであれば、頭文字と時間帯の法則なんて必要ありませんから。百目鬼先輩には明確な目的があり、オカルトブームはその手段でしかない。そして三浦さんはその目的に気付いたからこそ、百目鬼先輩の邪魔をしてたんです」


 オカルトブームそのものは目的ではない。オカルトブームが起きてその後にその後に何かをするつもりだったが、ことごとく三浦と、その三浦に利用された俺たちに妨害されてきたと。


「しかし百目鬼先輩は強引に動いた。『隙間女』などの一部の怪談の噂が流れ切る前にマスディア部の調査が始まりました。だから三浦さんは方針を転換したんです。そう、この私に百目鬼先輩の目的の謎を解き明かさせるという方針に」


 吐き捨てるようなセリフ。


「調査に同行することで、あなたは絶えず私にヒントを与えてきた。マスメディア部に伝わる『奇怪日誌』、そして『百目鬼メソッド』そうすることで、この謎を解くように誘導してきたんです」


 再びその視線が三浦に向けられる。


 その目には明らかに怒りが宿っていた。


「百目鬼先輩の誤算は3つあります。一つは百目鬼先輩の目的が三浦さんにばれ、妨害をされてしまったこと」


 三浦の妨害がなかればもっとスムーズに目的が達成されたということだろうか。


「そして二つ目。私たち相談部が調査に同行することになってしまったこと」


 おそらく神楽坂先輩の提案なのだろう。


「そして最後。まんまと利用された私が、この謎を解き明かしてしまったこと」


 悔しそうにそう呟く。


「……この謎は解いちゃいけなかったんです。私じゃダメだったんです」

「なんなんだ、その解いちゃいけない百目鬼先輩の目的って?」

「怪談を調査し、その法則に気づきさえすれば自然とわかるようにできています」


 桐花はホワイトボードに書き込みを始める。


『三つ目のマネキン』午前

『ガイコツ先生』昼休み

『隙間女』午後

『禁制品リスト』放課後

『男子更衣室から聞こえるエリーゼのために』夜


「百目鬼先輩の怪談を時間帯順に並べました。ここにさらに、マスメディア部に伝わる怪談を加えます」


『奇怪日誌』朝

『三つ目のマネキン』午前

『ガイコツ先生』昼休み

『隙間女』午後

『禁制品リスト』放課後

『男子更衣室から聞こえるエリーゼのために』夜 


「……ひらがなの方がわかりやすいですかね」


『きかいにっし』朝

『みつめのまねきん』午前

『がいこつせんせい』昼休み

『すきまおんな』午後

『きんせいひんりすと』放課後

『だんしこういしつからきこえるえりーぜのために』夜


「えっと……」

「……こうすればわかるでしょう」


 意味がわからず疑問符を浮かべる俺を見て、桐花はホワイトボードの文字を一気に消した。


 き

 み

 が

 す

 き 

 だ


「……へ?」


 俺の見間違いか、何かの勘違いだと思った。


 だけど、どう見てもその言葉の意味は明らかだった。


『君が好きだ』


「この言葉の要である『奇怪日誌』が本来マスメディア部でしか知られていないこと。百目鬼先輩が一体誰と怪談の調査を行なっていたのかを考えれば、この言葉が誰に対して送られたものなのか明白です」

「……神楽坂先輩」


 つまり、そういうことなのか?


「晴嵐学園で起こったオカルトブーム。このオカルトブームそのものが、百目鬼先輩が神楽坂先輩へ送ったラブレターだったんです」

皆様にお願いがあります。

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この作品をより多くの人に読んでいただくため、ぜひランキング入りしたいと考えています。

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