隙間女
「む、以外。あなた承認欲求強め」
「マジで?」
三浦は慣れた手つきで俺の手相を見ながらそんなことを言い出した。
「俺別に目立ちたがりとかじゃないけど?」
「承認欲求は単に注目されたいわけじゃなくて、自分のことを認めてもらいたい、知って欲しいという欲求も含まれるの。あなたは多分そのタイプ」
「……なるほど?」
「だからあなたに合う女性のタイプはしっかりとあなたのことを見ていて、ありのままのあなたを認めてくれる女性」
「ほうほう」
なんてタメになるアドバイスだ。桐花と行動してきた今まででこんなに役立ちそうな話は聞いたことがなかった。
「注意しなきゃいけないのは、良いカッコしようと見栄を張ったりしないこと。情けないところや弱みも含めて許容してくれる女性がベストだから」
「いやでもなあ、どうせならかっこいいところ見せたいじゃん」
「そんなメッキはすぐに剥がれる。最初から中身を知ってるか、後からボロが出て知られるかだと全然印象が違う」
「なるほど」
気がつけばかなり真剣に三浦へ相談している自分がいた。
さすが恋愛マイスター。この手腕でその名を得たのか。
「まあそもそもの話、弱みだ情けないところだを見せるような相手もーー」
「何してるんですか!!」
「ぐぇっ!!」
直後。
首の後ろから襟元を思いっきり引っ張られて喉に食い込んだ。
桐花だった。
「何してるんですか吉岡さん! その人を部室に入れないよう厳命していたのに! あまつさえ何恋愛相談なんかしちゃってるんですか!!」
「ちょ、ちょとま……息が……!」
喉元の衝撃が凄まじく呼吸がうまくできない。
俺もたまに桐花に同じようなことをやるが、今度から自重しよう。ここまでダメージがあるとは。
気がつけば集合時間になっていたらしく、桐花だけでなく、部室の入り口でマスメディ部の先輩二人が苦笑いしながら俺たちのやりとりを見ていた。
「恋愛相談なら私がいるでしょう!? 今までその手の話吉岡さんから一度もされたことないのに!!」
「え、お前に? えーと、いや、それは、その、なんと言うか……絶対やだ」
「散々言葉選んだっぽいのに、やっと出てきたのが絶対やだ!?」
この学園において誰よりも桐花の近くにいたと自負する俺だからこそはっきりと言える。
絶対やだ。
「三浦さんあなたも、うちの助手にいらないちょっかい出さないでください!」
「別に私は相談に乗ってあげただけ」
「それがいらないちょっかいだと言うんですよ!」
顔を真っ赤にして怒る桐花に対して、三浦はどこ吹く風といった様子で顔色ひとつ変えなかった。
そんな三浦が気に入らないのか、桐花はさらに詰め寄ろうとして神楽坂先輩に止められる。
「まあまあ。これから一緒に調査に行くんだし抑えて抑えて」
そんなふうに宥めらて桐花がようやく落ち着いたところで、本日の怪談調査が始まった。
俺たちが向かったのは図書室。
道すがら図書室で出ると噂されている怪異について百目鬼先輩が説明してくれた。
「と、図書室で噂されている階段の名前は『隙間女』本と本の隙間からこちらを覗く目を見たって証言が出てる」
「うん。結構定番」
「み、三浦の言う通り、物と物の隙間は別次元と繋がってて、そ、そこから別次元の人間がこちらを覗いてるって話はオカルト界隈じゃよくあることなんだ」
今回はそれがこの学園の図書室に現れたらしい。
「『隙間女』は昔亡くなったこの学園の司書で、生前はよく午後の授業を図書室でサボっている生徒がいないか目を光らせていたそうなんだ」
「それが死後、隙間女になって午後の授業をサボっている生徒がいないかいまだに探してるってこと?」
「う、うん。そういう話らしい」
百目鬼先輩の話に三浦が上手いこと合いの手を入れる。
「……仲が良いのね」
そんな二人の様子を見て神楽坂先輩が以外そうに言った。
「へ、へ?」
「百目鬼と三浦さん。同じ中学の先輩後輩って言ってたわよね? 昔から親しかったの?」
「べ、別に親しいとか! そ、そんなんじゃ!」
百目鬼先輩は慌てたように言い訳する。
「お、同じ部活だったんだよ。ぼ、僕も中学の時はオカ研だったんだ」
なるほど。オカルト好きの雰囲気を漂わせていたが、中学の頃からそうだったようだ。
「でも高校に入ったらオカ研に先輩はいなかった」
三浦はどこか拗ねたような様子を見せる。
「ま、マスメディア部に入ったからね。兼部しようにもマスメディア部は忙しすぎるし、ぼ、僕の学年に他にオカ研に入ったやつもいなくて、ほぼ潰れ掛けだったんだから」
「うん。私が入部した時には全員卒業してた。だから私が部長」
なぜか三浦は無表情のままピースしてくる。ちょっと得意になってるんだろうか?
「あれ、待てよ? 部活って4人は必要だっただろ?」
そのせいで俺と桐花は結構苦労したんだが。
「そんなの友達に頼んで名前を借りればすむ」
「……オカルト研だけに幽霊部員ですか。姑息な手を」
「桐花。それに関しては俺たち何も言えねえからな」
なんてやりとりをしてるうちに図書室についた。ここに来たのは部員集めの時以来だっけか?
図書室に入ると、貸し出しカウンターに相談部の幽霊部員である樹がいた。
「あ、あれ? 珍しいですね」
俺と桐花を見て声をかけてくる。
「桐花さんだけじゃなくて吉岡くんまでくるなんて。本を借りに来た……わけじゃないですよね」
普段本なんて読まない俺がいることを見て、普通に図書館を利用しに来たわけではないと気付いたようだ。
「実はですね、今相談部では怪談について調べてまして」
図書室を調べるのにはやはり図書委員の許可が必要であるため、桐花がこれまでの経緯を説明する。
「す、隙間女ですか? そんなのが図書室にいるんですか!?」
話を聞いた樹は怯えたように図書室を見渡す。多分これが一般的な反応だ、桐花たちがおかしいだけで。
「……樹さん知らないんですか?」
「ごめんなさい。私そういう話に疎くて」
申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「そういう訳で図書室を調べさせてもらいたいんですけど、良いですか?」
「はい。ただ、他に利用されている方もいるのでお静かにお願いします」
すんなりと図書委員の許可を得ることができた。
「それで、調べると言っても何をどう調べるんですか?」
「す、隙間女は本棚の本と本の隙間からこちらを覗いてるらしんだ。だ、だからそんな隙間を探して欲しいんだ……けど……」
百目鬼先輩の言葉が尻すぼみになっていく。
それも当然。図書室に本が一体何冊あると? その隙間を片っ端から探すなんてどれだけ時間がかかるやら。
本と本の隙間なんて曖昧な情報だけで本当にいるかどうか怪しい怪異を探せなんて無茶な話だ。
「ひとまず手分けして30分ほど探してみない? ダメで元々。何か見つかれば儲け物と思って」
一旦神楽坂先輩の提案を受け入れ、俺たちはバラバラに図書室を調べることになった。
うちの学園の図書室は広い。
後で樹に聞いたのだが、県内の学校で1番の蔵書数を誇るそうだ。
放課後の時間を利用して読書や勉強に勤しむ生徒を横目に、俺は一体何をやっているんだろうと考える。
「この中から手がかりを探せなんて無茶言うよなあ」
そう愚痴れば、棚に収められた本の隙間を律儀に確認する桐花が返答してきた。
「さっき神楽坂先輩が言ってた通りダメで元々なんでしょう。怪異が本当にいるとは思ってなくて、あくまでそういった噂が流れているということを記事にするつもりなんですから」
「噂の真偽はどうでもいいと?」
「はい。今こうやって30分時間をかけてるのもポーズでしょうね。『調査したが、噂の隙間女は見つからなかった』って書くための」
「なるほどなあ」
「……それより吉岡さん」
本棚を確認する手をとめ、桐花は振り返った。
「何で私についてきてるんですか? ばらけて調べろって言われましたよね?」
「……いやほら。お前の見落としがないかチェックしようと。ダブルチェックってやつだな」
「私が見落とすレベルのものを吉岡さんが認識できる訳ないじゃないですか」
辛辣だがごもっともな意見だった。
「まさか怖いんですか?」
「いやいやそんなわけ……」
「じゃあ私の服の裾摘まないでくださいよ! 伸びて困ってるって言いましたよね!」
そんなふうに図書委員の樹からギリギリ注意されないくらいの声量でギャーギャーやり合っていると、『う、うわっ!』と短い悲鳴が聞こえてくる。
「な、なんだ!?」
「百目鬼先輩の声ですね。行きましょう」
向かうと、本棚の前で文字通り腰を抜かしている百目鬼先輩がいた。
「どうしたの百目鬼?」
神楽坂先輩と三浦も駆けつけてきた。
「め、目が! その隙間に!?」
震える手で本棚の一角を指差す。まさか本当に隙間女いたのか?
「吉岡さん、確認してください」
「は、はあ!? 何で俺が?」
「そんな高い場所私じゃ届きませんよ。この中じゃ届くのは吉岡さんだけです」
確かに百目鬼先輩が指差した棚は高く、百目鬼先輩を除けばこの中で覗き込めるのは俺しかいなかた。
「くっそ、まじかよ」
仕方ない。
恐る恐る本と本の隙間を確認する。
「うわ! うっ……お、おぉ?」
覗き込んでまず目に入ってきたのはギョロリとした目玉。
覚悟していた状況でも心臓が飛び跳ねたが、よくよく見ればどこか見覚えのある目の形をしていた。
というか、俺の目だった。
「これは、鏡か?」
本と本の隙間。その奥の棚に小さな鏡が貼り付けてあった。
「鏡ですか?」
どこから持ってきたのか、桐花が踏み台を使って俺の隣から覗き込んできた。
「……これが隙間女の正体ですね。本と本の隙間からこの鏡が覗いて自身の目が映ったのでしょう」
「んだよ、驚かせやがって」
百目鬼先輩は自分の目を見て腰を抜かしたというわけか。
「しかしこの鏡……?」
桐花が怪訝そうに鏡を覗き込む。
だがそれ以上何か言う事なく、図書室での調査は終わった。
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