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070. 連なった情報の源は


 イラリアの横に忍び寄り、手元をそっと覗き込む。

 ノートを切り取ったらしい紙一枚に、彼女は文字をぎゅうぎゅうに詰め込んでいた。


 生年月日、身長、体重、好きな色、好きな食べ物、ほくろの位置、睫毛の本数、髪の平均の太さ、幼少期の可愛いエピソード……。


 ――いったい何なのかしら。誰かの個人情報(プロフィール)……? もしかして私の??


「ねえ、ラーリィ。何をしているの?」

「びゃっ、フィフィ姉さまっ!?」

「わあっ、姉上っ!」


 ふたりは同時に顔を上げ、わざとらしいほど勢いよく肩を跳ねさせた。イラリアは平衡を崩し、椅子から転げ落ちそうになる。彼女らしくない動揺っぷりだ。


「きゃっ」

「もう。危なっかしい子ね」


 私は彼女を抱きとめ、椅子に座らせ直す。その心臓がトクトクとしっかり動いていることを不意打ちで感じて、何度目かわからない安堵感と愛おしさがこみ上げた。

 やはり、彼女の心臓が止まっていた一年間を経てからは、前より感情を動かされやすくなっている。前より脆くなっている。


「すみません、ありがとうございます! あの、その、意外と早かったですね!」

「そう? 待たせてしまったかと思っていたけれど……」


 数秒間、余計に抱きしめた後で腕を解く。彼女の隣に腰掛けて頬杖をついた。

 長時間この体勢をするのは美容に良くないけれども、彼女を問い詰める際には効くものだ。


 イラリアは前に〝悪役令嬢らしいポーズ〟とも言っていた。オトメゲームの〝スチル〟とやらにも、頬杖をついて彼女を見下す〝オフィーリア〟の姿があったらしい。


「それで? これは何?」

「えぇっと……〝理想の女性〟の条件……みたいな?」

「あら、そう。私って、貴女の理想そのものだったみたいね。とても光栄だわ。――殿下も、理想の女性についてお書きになっていたのですか?」

「え、いや、僕は……えっと、そもそも……」

「そもそも?」

「そうだフィフィ姉さま。紅茶を淹れてきてくださったんですよね。ありがとうございます。では早くお茶にしましょうよ〜」

「お茶にするのはもちろん構わないけれど、これを有耶無耶にする気はないわよ」

「う……」

「イラリアも、セルジオ殿下も、あくまで差し支えなければのお話ですけれど。その紙をお見せいただけるかしら……?」


 他家の令嬢たちに様々な指図をしていた、一度目の極悪令嬢さながらの声色で、にこりと笑って。私はふたりから紙切れを受け取った。

 人を傷つけ殺めるような悪女には二度となりたくないが、この世を生き抜くには、時には凄みも必要だ。


 ジェームズ先生は「おお、怖ーっ」とからかうように笑いながら、殿下の隣に腰を下ろした。各々の前にティーカップを置き、「それで?」とさぞ楽しそうな顔をする。


 ――まったく。先生ったら、他人事だと思って……。


「ふたりが書いていたのは、どうやら私の個人情報だったみたいですね。どちらも事細かで、ぱっと見は正しそうな内容です。

 イラリアの方に記されている髪の太さや睫毛の本数は私本人もわからないので、それらのデータの真偽は不明ですが」


 登場する項目には差異が見られるとは言え、どちらの紙も、書いてあるのは私のことらしかった。


 イラリアが破廉恥な内容まで文字に残していることはもとより、セルジオ殿下の手で書かれた内容の量や深さも恐ろしい。誰かに調べさせたのでは、と疑うほどのものだった。


 ――セルジオ殿下が、私の情報を探っている……? 何かに、私を嵌めるのに利用するため? 

 でも、それなら、こんな場所で書き起こしたりしないわよね。私に知られて困ることを企んでいるなら――


「ふたりは、どうしてこんなことを?」

「……バトルです」とイラリア。

「……矜持を懸けて」とセルジオ殿下。

「バトル? 矜持?」


 殿下の書いた紙を精読しながら、私は問う。〝バトル〟も〝矜持〟も、その単語だけではさっぱり説明になっていなかった。


「もっとお話しいただけると嬉しいわ」

「――私の方が姉さまのことをよーく知ってるって主張してたら、なんかセルジオ殿下が『僕だって知ってますが?』と張り合ってきて……」

「イラリアさんが、オフィーリア姉上との親密さの自慢にかこつけて、僕の頭脳や知識量まで馬鹿にするようなことを言ってきたので。これは黙っていられないなと」

「それで〝どっちがオフィーリア・フロイド・リスノワーリュについて詳しく知っているか勝負〟をすることになりまして、ですね。とにかく情報を書き出して、どちらがより詳しく正確に書き出せるかを競っていて」

「この紙は、その勝負の試合会場と言いますか、記録用紙と言いますか」

「――なるほど? ならば、どちらも何も見ずに書き出した結果ということですね。審判はどうするつもりだったのですか?」

「…………私がさりげなくフィフィ姉さまに確認して、後日、答え合わせをするつもりでした」

「…………そう」


 二枚の紙を伏せて置き、頬杖をつくのをやめ、私は紅茶をひとくち飲んだ。ふう、と息をつくと、ふたりの肩がまた跳ねる。あら、そんなに怖かったかしら?


「先生。どう思います?」

「部活の時間中にイラリアが変なことをするのは、まあ相変わらずだな、と。王子も似た者同士だったんだなぁ、と。ふたりともオフィーリアのことが大好きみたいだな。良かったな」

「ぼ、僕はべつに……っ、その、姉上のことは、姉として、ひとりの人間としてお慕いしているだけで、恋愛感情なんかじゃないですよ!? 婚約者もいますし、それ、べつに僕が調べたわけじゃなくて、ただ読んで暗記したことを書き連ねただけ……」

「読んで、暗記したこと――とおっしゃいました?」

「はい! 僕が部下に調べさせたとかでもなくて、ただの知識なんです。イラリアさんに馬鹿じゃないって見せつけたかっただけなんです。信じてください……!」


 涙目になってきたセルジオ殿下に、私はとりあえず「大丈夫です。信じます」と返した。


「しばしお待ちください」と彼の書いた文面にもう一度目を通し、隣から絡んでくるイラリア――「私は恋愛感情で好きですよ〜」「世界一だいすき」「ほっぺにちゅーするのは大丈夫ですか?」「唇にするのは我慢するから、いーい?」などと言っている――をあしらいながら考える。


 ――セルジオ殿下が探ったことではなく。ただ読んで、暗記したこと、ね……。今の様子を見るに、殿下は私を陥れようとしているわけではないみたいだけれど。なら、この情報はどこから? どうして?


 イラリアに〝ほっぺにちゅー〟されてから、私は彼に尋ね、確かめはじめた。


「殿下。こちらの紙は、私が持ち帰らせていただいても大丈夫ですか?」

「……はい、まあ、大丈夫です。いざ姉上に見られるとひどく気まずさを感じましたが、後の祭りなので、はい……。変なことして、すみません……」

「いえ、イラリアの書く妄想官能小説と比べたら、この程度の情報は可愛いものです。平気ですよ」

「ちょっと姉さま?? うん?」

「それにしても、私のことをよくご存知ですね。こんなにたくさん書き出すのも大変そう……。あっ、この記録用紙は、殿下ご自身で保管しておきたかったでしょうか? それならば写しをとって、原本はお返しします」

「あ、それは大丈夫です。今日書いた内容まで、僕は完璧に覚えているので。紙などなくても再現できます。ご心配なく」

「うふふ、ご聡明でいらっしゃるのですね。では、このまま頂戴いたします。勝敗は後日、私が決めさせていただきますね」

「ちょっと姉さま?? 私のこと無視しないで?」

「かしこまりました。姉上」

「ところで、ですが――」


 ここまでの会話で確かめられたのは、セルジオ殿下に悪意はなかったのだろうということ。


 ふたりの間にどんな会話があったのかは具体的にはわからないけれど、彼を馬鹿にしたというイラリアを見返すために、己の頭脳の良さを証明するために、彼はこの勝負に乗っただけらしいということ。


 私に隠すようなことは、彼にはない。私の情報は機密事項でも何でもないようで、彼がそれらを知っていること自体を隠そうとする様子は見られない。


 でも――極悪令嬢だった頃の名残なのかしら――この情報の羅列には、仄かな敵意と悪意を感じる。一度目の私と同じような気配を感じる。


 私にこのような感情を向けてきた人に、私は心当たりがある。


「――殿下は、これらの情報を、どこでご覧になったのですか?」

「えぇぇっと…………」


 と、セルジオ殿下の頬が引きつった。今こそが今日一番に困っている時だ。そんな顔になる。


「私は、殿下に怒っているわけではありません。殿下を責めているわけでもありません。ただ知りたいのです。私に関することですから、ね。お教えくださいませんか」


 やっぱり、思った通りかもしれない……。早く確かめたいと心が急く。気持ち程度に早口になる。


「……わかり、ました。姉上。はい」


 ごくりと唾を飲み込み、セルジオ殿下はゆっくりと答える。


「僕は……これを、オフィーリア姉上の情報を――」


 察していたから、驚きは、なかった。


「兄上――バルトロメオ兄上のところから、見つけました」


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