表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/121

041. 死雪花か、夢見花か

 それぞれが動く足音。ときどき剣同士がぶつかって出る、金属の音。気合を入れるような声に、何かに耐えるような苦しげな声。そんな音たちが、よく聞こえた。


 バルトロメオ率いる魔獣遣いの民たちのクーデター側と、こちらの王城側。人数が多いのは、圧倒的に王城側だった。


 多勢に無勢。こちらが勝つことは確実だろう。それでも、犠牲が出ないわけではない。


 クーデター側の人間も王城側の人間も、何人かはすでに怪我をしていた。死者だって、そのうち出るだろう。血の臭いがあたりに漂う。


 私は魔獣遣いのひとりの利き腕と両足を使い物にならなくして、彼の持っていた盾を奪い取った。これで、多少は攻撃を受けにくくなる。


「オフィーリア! 貴様のことは俺が殺す!!」

「っ!」


 バルトロメオが振りおろしてきた大剣を、すんでのところで避ける。国王陛下と王妃殿下のいらっしゃるところをちらりと見ると、大勢の騎士がおふたりを護衛していた。


 私ひとりがわざわざ加わらなくとも、あちらは問題ないだろう。熟練の近衛騎士に、各騎士団の団長や副団長もいるのだから。私は、目の前の敵に集中することにする。


 興奮状態にあるバルトロメオは、がむしゃらに攻撃してくるだろう。それはそれで危険だが、冷静に戦略を練って戦う時の彼と比べたら、今の彼は弱い。


 うまく隙を突けば、私は彼を殺せる。


 ――私は、今度は彼を殺すの?


 どうせ私が殺さずとも、彼は近いうちにきっと死ぬ。クーデター首謀者の罪は重い。彼は捕らえられれば、きっと処刑されるだろう。


 ――それなのに……


「よそ見するな! オフィーリア!」

「よそ見などしておりません!!」


 彼からの攻撃を、ただ躱し続ける。殺したくない、なんて思ってしまった自分に、吐き気がした。


 初恋の人だから殺したくないという、愚かな考えなのか。それともイラリアが、私が人を殺す姿を見たくないと言ったのを、気にしているのか。


 バルトロメオが叫ぶように言葉を吐く。私も同じように返す。


「お前なんて、おとなしく死ねば良いだろう! 俺とイラリアが幸せになるんだ! 可愛い妹のために死ね!!」

「たしかにイラリアはこの世界で一番可愛い! 幸せになってほしい! でも、あの子を幸せにできるのは、貴方じゃない!!」

「そんなはずはない! イラリアは俺を愛している!」

「イラリアが愛してるのは、私だわ! ずっとそう。何度やり直しても、あの子は私を好きでいてくれる!」

「お前のせいでイラリアは自殺したんだ!! 彼女を殺したお前なんかが、彼女を幸せにできるはずがない!」

「それは、貴方が決めることじゃないわ! イラリアの幸せを、貴方が決めつけないで」

「はっ、お前も人のことを言えないだろう」

「そうかもしれない。私も同じかもしれない。嫉妬に狂って人を殺めようとした貴方と私は、実はよく似ている人だったのかもしれない。でも、違うのは! 私と貴方が、決定的に違うのは!

 ……貴方は、やり直しても、反省していないことだわ。貴方や父さまが飲ませた毒薬のせいで私が死んで、その後を追ってイラリアも死んだのに、また私を死なせようとしてる。またイラリアを悲しませようとしてるの! 貴方は!!」

「うるせえ! 死ねぇ!」


 バルトロメオが私に大剣を刺そうとする。私は細剣(レイピア)で彼の剣を絡め取った。力を加えて、その剣の身を折る。バルトロメオは目を見開いた。


「な……っ!」

「武器が壊れれば、もう貴方も終わりね。バルトロメオ。――イラリアの居場所を吐きなさい」


 私は彼の体を押さえつけ、問うた。彼は悔しそうに答える。


 この時に、私の集中力や注意力は切れてしまっていたのだろう。もう終わったと思って、頭の中はイラリアのことでいっぱいだった。早く彼女の無事を確かめたかった。


「……イラリアは、城の地下に幽閉している。まだ、閉じ込めているだけだ。何もしていない」

「そう、わかった。私は彼女を探しにいくわ」

「なあ、オフィーリア」

「な、に――……?」


 十一年前のあの日のように、脇腹に熱さを感じる。バルトロメオは、笑った。


「ざまあみろ」

「ぐっ……」


 剣が抜かれて、血があふれてくるのを感じた。彼はまた別のところに短剣を刺す。


 短剣も、彼はどこかに隠し持っていたのだろう。大剣を壊したからと言って安堵した私は、馬鹿だった。


 いったいこの人生で、何を学んできたと言うのだろう。何をしていたと言うのだろう。


「死ねっ、死ねぇっ!」


 かつて淡い恋心を抱いていた相手に、短剣を刺される。何度も。何度も。


 ――ああ。きっと、私がイラリアを殺した時も、こうだったのね。とても痛かったわね。……ごめんね、イラリア。


 血まみれになった私は、ただ床に転がって、彼に剣を刺され続けた。私と彼との闘いは、一気に形勢逆転だ。


 そこらじゅうが血であふれる世界で、私は幻の姿を見る。私の可愛い義妹。私の想い人。私のイラリア。


 ――好き。大好きよ。……愛してる。


 もっと早く言っていれば良かった。どうせ死ぬなら、想いを伝えていれば良かった。


 恥ずかしがらず、ためらわず。こんな私なんかがと、卑下せずに。堂々と、愛していれば良かった。


「ズタズタにしてやる。苦しめて、殺してやる……!」


 バルトロメオが私から離れ、先ほど折れた剣の身を床から拾い上げた。彼の手からも血が滴る。手の痛みなど気にならないのか、彼はそれを私に刺そうとしてきた。短剣よりも深く刺せるだろう。酷い傷をつけられるだろう。


 幻が消えない。イラリアの姿が、まだ見える。本当に、ここにいるかのように見える。


 彼女に名を呼ばれた気がした。彼女が、私に抱きついた。


「フィフィ姉さま」


 その声に、心臓が止まりそうだった。


 なぜ。なぜ彼女が、ここに。


 ――駄目。こんなことは、駄目。


 私の叫びは、声にならなかった。


 バルトロメオの剣が、突き刺される。何度も、何度も。


 私の痛みは増えない。私の傷は増えない。ああ、だって。


 もう声を出すのもつらい。でも、言わないと。彼に気づいてもらわないと。


 やめて。もう、やめて。


 気づいて。彼女を見て。


 もう、彼女を殺さないで。


 このままじゃ……


「や、めて……やめて、やめてっ! イラリア、が……っ」

「……イラリア、が……?」


 狂ったように剣を刺していたバルトロメオが、ようやく私を……そして、私に覆い被さる彼女を見る。私からは、よく見えない。でも、きっと彼には見えている。


 彼の白い礼服には、たくさんの赤色が散っていた。その赤色は、私だけのものではない。神に愛されし尊き血だ。私が愛する彼女の血だ。

 

「ぁあ、ああ、あああっ! イラリアっ!!」


 バルトロメオが、イラリアに触れようとする。しかし彼の体は、騎士たちに拘束された。


 どうやら彼以外のクーデター側は、みんな討たれたらしい。よかった。……で、いいのだろうか。


「イラリアッ! イラリアぁあっ!!」


 バルトロメオの悲痛な叫びが、あたりに木霊する。


 彼は自らの手で、愛する人を傷つけたのだ。何度も剣を刺して。


 本当に、馬鹿な男だ。狂気に陥って、周りが見えていなかったから。


「フィフィ姉さま」と私を呼ぶ、力ない声が、聞こえた。


 彼女の口から、血がこぼれている。私が彼女を殺した時と、おんなじだ。


「イラリア……なんで、貴女……」

「あいつが、クーデター、起こすって言うから……地下牢、壊して、出てきちゃった。姉さまのこと、助けたかった、んだけど……。――聖女の、癒やしの、力よ。かの者の、傷を、癒やせ。治せ」


 イラリアの魔法が、私にかかる。私の傷と痛みは、彼女に癒やされていった。


 私は慌てて、彼女から離れようとする。まだ動きにくいけれど、魔法をやめさせないと。


「イラリア、駄目っ! 今、聖女の力を使ったら、貴女が……」

「このまま、じゃ、ふたりとも、死んじゃうから……。なら、私は、姉さまを、助けたい」

「嫌よ、死ぬなんて言わないでっ! 貴女がいなかったら、私はどう生きていけば良いのよ!?」

「わた、し……が、いなく、ても。ねえさま、は……ふぃふぃ、ねーね、は。しあわせ、に、なれるよ」

「やだっ! なれない! ……貴女と一緒になれないなら、死んでやるわ」

「ふふっ、かわいい、わがまま……。ねーね、は。らーりぃ、を……ころしたのに。ね」

「ごめんなさい。本当に、ごめんなさいっ! 違う、違うの。……私は、今は、貴女に、生きててほしい。一緒に、生きたい……っ」

「なん、で?」

「あなたのことが……イラリアの、ことがっ。好きだから」


 彼女は閉じかけていた空色の瞳を、一度大きく見開いた。


 綺麗な雫をぽろぽろとこぼして、血まみれの唇で弧を描いて、笑った。


「はじめて……はじめて、ふぃふぃねーねが。すきって、いってくれた。……うれしい」

「これからは、何度でも言うからっ、好きって言うから。死なないで」

「らーりぃも……ふぃふぃねーね、だいすき。あいしてる」

「私も……愛してるわ。イラリア」


 私は彼女を抱きしめる。


 彼女に生きていてほしいと、彼女の傷を癒やしたいと、願った。白い光が、私の手から放たれる。


「あら……?」

「ふぃふぃ、ねーねも、ね……。ほんとは、せいじょ、なんだよ。このまえ、らーりぃの、けが。なおして、くれたでしょ……?」

「感謝祭の、とき?」

「そう。あとから、かんがえて、きづいたの。……ほんとにっ、すきになって、くれたんだ、って。うれし、かった。……これからっ、は、ふぃふぃ、ねーね、が。せいじょ、として。みんなに、あいされて。……ね」

「なんで、そんな、最期みたいに。私だって……貴女のこと、治すわ」


 魔法の使い方は、よくわからない。けれど彼女は、何度も私に魔法をかけてくれたのだ。


 彼女の真似をして、彼女を救えることを願って。私は彼女を抱きしめて、傷に触れる。


「ありがと、ねーね」

「イラリア。貴女のこと、愛してるわ」

「わたしも、あいしてる。ふぃふぃ、ねえさま。……だいすき」


 笑う彼女の唇に、私は口づけた。はじめて私からするキスだった。


 ふたりとも口の中は血でまみれていたけれど、聖女の力で互いを癒やして、ふたり一緒に生きていけると、思った。


 そう、思ったのだけれど。


「……イラリア?」


 キスをしている途中で、なにか変な感じがした。


 彼女の吐息が感じられなくなった。


 勇気のない私は軽いキスしかできなかったから、激しいキスのせいで窒息したというわけではない。


 それなのに、彼女は息をしていなかった。


「イラリア? イラリア!?」


 私の傷は、みんな治った。彼女のぼろぼろのドレスを剥いでみると、彼女の傷もみんな治っている。なのに、それなのに。


 イラリアが息をしていない。返事をくれない。抱きしめていると、だんだん冷たくなっていく。どうして。どうして。


「イラリア、どうして? どうして息をしていないの? どうして目を開けないの? ねえ、イラリア。私では、無理だったの? 貴女は……死んでしまったの?」


 現実を、受け入れられない。こんなこと信じられない。


 宮廷医が呼ばれて、私は彼らに連れて行かれた。彼女は担架に乗せられて、どこかへと行ってしまった。


 私は宮廷医に診てもらっても何ともなかったので、聖女の力を使って、此度の戦いで死にかけている重傷者を癒やせと国王陛下から命ぜられた。


 陛下と王妃殿下は、幸いにもご無事だった。私は慣れないけれども全力の魔法で、みんなを癒やした。


 私がまたイラリアの姿を見ることができたのは、次の日の早朝のことだった。


 かつてのイラリアが私の部屋にやってきて、〝おはようのキス〟をしてくれたような、(あけぼの)の頃。


 イラリアに会いたいと言った私が案内されたのは、遺体安置室だった。



「おはよう、イラリア」


 イラリアは返事をしてくれない。


 血まみれだった顔や体は清められて、綺麗な白い服を着せられていた。母の葬儀の時に、見た服だ。亡くなった人が、着る服だ。


「イラリア。もう、朝よ」


 彼女のローズゴールドの髪は、相変わらず艶やかで。お化粧のおかげで、頬や唇は生きているように色づいていて。


 でも、彼女は硬くて、もう冷たい。起き上がって、私に〝おはようのキス〟はしてくれない。


「イラリア。イラリア。イラリア……」


 こんなに名前を呼んでいるのに。こんなに私は彼女を求めているのに。


「――ねえ、イラリアぁ……っ!」


 涙がとめどなくあふれる。何度呼んでも、求めても、彼女が目覚めるはずはない。彼女はもう死んでしまったのだ。


 ただ眠っているように見える彼女の顔を、これ以上見ていることがつらかった。私は外へと飛び出す。



 今日もまだ雪が降っていた。木には薄紅色の花が咲いていた。


 ――死雪花、ね。


 雪の日に花売りの娘が殺された場所から、咲いたという花。イラリアも花屋で働く、花売りの娘だった。彼女が死んだ場所からも、花が咲くだろうか。


 ひらひらと雪が舞い、花びらも舞う。私は空へと手を伸ばした。


 ただ空を掴んだだけのつもりだった手を開くと、あの花びらがいる。


 ――夢見花。……幸せを、願える花。


 名無し花。死雪花。夢見花。彼女は、たしか「サクラ」とも言っていただろうか。


 彼女は大輪の薔薇姫だった。私は道端のペンペン草姫だった。


 学院の薬草畑では、今も薔薇にペンペン草が寄り添っているはずだ。あの畑からドラコも生まれた。小さな赤ちゃんの顔のようなものが真ん中にある、気味が悪い人面花も、きっと元気に咲いているだろう。


 ――ホムンクルス、研究。イラリアの夢。


 彼女の笑顔や、彼女の夢のこと。彼女からもらった言葉。それらがぐるぐると、頭の中を駆け巡る。


『私はフィフィ姉さまとハッピーエンドを迎えるために、頑張ってるんです』


『単為生殖ができる動物だっているし、ドラコのことだって植物細胞から作れたんです。――姉さまも、姉さまが望む幸せを諦めないで』


『青い薔薇の意味は、「奇跡」「夢叶う」。フィフィ姉さまと一緒に幸せになりたい私の夢も、結婚して子どもを持ちたい姉さまの夢も、一緒に叶えましょう。


 姉さまと幸せになるためなら、不可能と言われることでも、私は奇跡の成功に変えてみせる』


 ――私が、こんなところで諦めていいの? イラリアはあんなに頑張っていたのに……私は、彼女が()()()()()()で諦めるの?


 薄紅色の花びらを、しっかりと見る。なくさないようにハンカチに包んで、ポケットの中にしまった。


 ――私は、諦めない。イラリアを、絶対に目覚めさせてみせる。


 私は遺体安置室に戻って、彼女の唇にキスをした。


 彼女が前に話してくれた『白雪姫』の物語では、死んだ姫は王子様のキスで目覚めるらしい。けれど私の一度のキス程度では、ワガママな彼女は目覚めてくれないようだ。


「イラリア。また貴女を目覚めさせて、今度こそ、ちゃんと求婚の返事をするから。……だから、待っていて」


 もう一度キスをして、私は遺体安置室を後にする。


 向かったのは、国王陛下のところだ。彼女を埋葬させないため。彼女を私の手で目覚めさせるため。


 私は愛する彼女の死体をいただく。国王陛下から告げられた期限は、次の春が終わるまで。これが、私たちに残された最大限。


 ――大丈夫よ。今度は貴女を――


 このままでは終わらせない。彼女の夢見たハッピーエンドを諦めない。


 次の春が終わるまでに私は、彼女を目覚めさせるのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点]  よく登場人物が死ぬ恋愛小説はここですか? [一言]  あいつホントにろくなことしねえ。フィフィ様が死んだらイラリアちゃんも死ぬってわかんないかね?
[気になる点] イラリアはなんで死んじゃったんですか? 血を流しすぎたから...? [一言] また死んじゃったよ!!!!! バルトロメオ、本当最後の最後まで邪魔するなんて...
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ