おすそわけ
「はい、これ、おすそ分け。」
「ありがとう!」
・・・ここはどこだろう。
私は・・・誰だったかな。
ぼんやり立ち尽くす私の耳に、楽しそうな声が聞こえる。
「ねえねえ、これ、欲しい人―!」
「はーい!」
「はーい!」
何かを、分けあっているみたいだ。
「誰か、おすそ分けしてくれない?」
私の何かが、ぼんやり・・・灯る。
これは、分けることが、出来るのだろうか?
分けて、みようか。
「・・・どうぞ。」
「ありがとう!」
何かが、少し、欠けた。
「あたしももらっていい?」
「・・・どうぞ。」
何かが、少し、欠けた。
「くださいな!」
「・・・どうぞ。」
何かが、少し、欠けた。
どんどん、自分の何かが…なくなっていく。
「ちょうだい!」
少し図々しい物言いに、戸惑った。
私の、何かが、光を、失う。
「なんだ、くれないのか、残念。」
何も、欠けなかった。
「もらってやろうか?」
上から目線の言葉に、戸惑った。
私の何かは、光を失ったままだ。
「ああ、持ってくのか、わかったよ。」
何も、欠けなかった。
「もらってほしい人、もらうよー!」
「どんどんもってこーい!」
「だれか、おすそ分けしてー!」
騒がしい声が、聞こえる。
私は、騒がしいのは…好きじゃ、ない。
あまり、人のいない端っこに、移動?する。
「君は、もういいの?」
誰かが、私に声をかけた。
「よく、わからない…。」
どうしてここにいるのか、わからない。
何を分け合っているのか、わからない。
何のために分けあっているのか、わからない。
分けあって、何を目的とするのか、わからない。
わからないことだらけだ。
・・・何も考えずに、分けてしまった。
分けたらまずいものだったのかも、知れない。
・・・取り返した方が、いいだろうか。
「分けたいと思ったら分ければいいんだよ。もういいと思ったら、行けばいいんだよ。」
もう、いいかな?
わからないな。
行って、しまおうか。
「じゃ、お先に。」
誰かが、行ってしまった。
私も、行ってしまって、良いのだろうか?
私は、納得していない。
何もわからないまま、行くことなど。
でも、このまま、ここにいてもいいものか。
・・・動けない。
周りを、ただ…観察する。
分けあうものが、たくさんいる。
もらってばかりの人が、わりといる。
差し出すばかりの人が、少しいる。
だんだん、人が減ってきた。
「おい、お前たくさん持ってるじゃないか、よこせよ。」
乱暴な声が、聞こえた。
こんな人には、渡したくないな、そう思った。
私の何かは、光っていない。
「見せびらかすだけなら、早く行けよ!!!」
誰かに、はじかれた。
・・・気分が、悪い。
「あなた、分けるつもりがないなら、早く行った方がいいですよ。」
誰かの、声が、する。
「ここには、もう、分けてもらうのを望んでいる人しか、残っていません。」
誰かの、声がする。
「次にここに来るときは、同じことをしないようにすると、いいですよ。」
その声を聞いた私は。
気が、遠くなって。
…光が、私を、包み込んで…。
「はい、これ、おすそ分け。」
「ありがとう!」
ここはどこだろう、私は・・・誰だったかな。
ぼんやり立ち尽くす私の耳に、楽しそうな声が聞こえる。
「ねえねえ、これ、欲しい人―!」
「はーい!」
「はーい!」
何かを、分けあっているみたいだ。
ああ、そうだ、ここは…。
「誰か、おすそ分けしてくれない?」
私の何かが、ぼんやり・・・灯る。
これは、分けることが、出来るのだ。
私は、前にここに来た時、分け与えたのだ。
私が、分け与えたもの。
…恵み。
私は、自分の恵みを、誰かに…分け与えてしまった。
私にもたらされるはずだった恵みが、減ってしまったのだ。
・・・それなりの毎日を送ることはできたけど。
縁がなく、感情も薄い、無気力な人生を送る事になってしまった。
あの時、分けることをしなければ、私はもっと。
・・・分け与えてなど、なるものか。
私は、何一つ分けることなく、行くことに、した。
「もう行くのですか。」
「ええ。」
誰かが、私に…声を、かけた。
「・・・次にここに来るときは、同じことをしないようにするといいですよ。」
その声を聞いた私は。
気が、遠くなって。
…光が、私を、包み込んで…。
「はい、これ、おすそ分け。」
「ありがとう!」
ああ、私は…また、ここに、来たのか。
ぼんやり立ち尽くす私の耳に、いつもの様に、楽しそうな声が聞こえる。
「ねえねえ、これ、欲しい人―!」
「はーい!」
「はーい!」
・・・無邪気に、分けあっている。
「誰か、おすそ分けしてくれない?」
私の何かが、ぼんやり・・・灯る。
「・・・・・・。」
これは、分けることが、出来るのだ。
私は、前に来た時、分け与えなかったのだ。
私は、前の前にここに来た時、分け与えたのだ。
私が、分け与えなかったもの。
…怒り。
私は、怒りを、誰にも分け与えなかった。
誰かに分け与えることができた怒りを、独占してしまったのだ。
・・・戦いの多い毎日だった。
怒りをまき散らし、勝利を得るために奔走するだけの人生を送る事になってしまった。
怒りに満ち溢れる、恵みの無い、孤独でつまらない人生だった。
・・・なるほど、ね。
ここにいる人たちは、皆…何かを、持っているのだ。
何を持っているのかは、生まれてみないと、人生を終えてみないと、わからない。
いいものを持っているのだとしたら、それを独り占めしておきたい。
悪いものを持っているのだとしたら、それをすべて手放したい。
誰かの分けてくれた何かが、私の人生に彩を与える。
誰かに与えた私の何かが、誰かの人生に彩を与える。
何を持っているのかわからない以上、いいものを持っているかもしれない誰かに声をかけて、分けてもらうのが、望ましい。
・・・自分の持っているものだけで勝負をするのは、危険すぎる。
いいものであればいいが、悪いものであった場合が、恐ろしすぎる。
もし自分のものが悪いものであったと仮定して。
それと同じ量の何かを持っていたのならば…おそらくバランスは、取れるはず。
もし自分のものがいいものであったと仮定して。
それと同じ量の何かを持って行けば…多少の悪いものは、いいものがカバーしてくれるはず。
・・・そもそも、自分の持っているものだけでは、足りない。
豊かな人生を送るためには、豊かな何かが必要なのだ。
・・・もらえばもらうだけ、見返りが多くなるはず。
つまり、いいものも悪いものも、いろんな種類を集めておけば、それなりに活用できるという事。
もらえるだけ、もらっていこう。
もらえるだけ、もらわなければ。
「あの、分けてもらっても、いい?」
「はい、どうぞ!」
「あの、分けてもらっても、いい?」
「いいよー!」
「あの、分けてもらっても、いい?」
「はーい。」
「あの、分けてもらっても、いい?」
「うーん・・・。」
もらい続けていたら、渋る人が出てきた。
「あの、分けてもらっても、いい?」
「交換しようよ!」
「あの、分けてもらっても、いい?」
「どれだけ取り換えっこする?」
おすそ分けしたら、おすそ分けをされて当然と思う人が割といる。
「あの、分けてもらっても、いい?」
「してやってもいいけど、倍返しな!」
「あの、分けてもらっても、いい?」
「分けるつもりはないんだ、もらってやるよ!」
分けないくせに、もらおうとする人もいる。
・・・なんだ、同じこと考える人、いるんだな。
私は、何一つ分けることなく、もらえるものはすべてもらって…行くことに、した。
「行くのですね。」
「ええ。」
誰かが、私に…声を、かけた。
「・・・次にここに来るときは、同じことをしないようにするといいですよ。」
その声を聞いた私は。
気が、遠くなって。
…光が、私を、包み込んで…。
「はい、これ、おすそ分け。」
「ありがとう!」
・・・ここに、来たのは、何度目だろう。
ぼんやり立ち尽くす私の耳に、いつもの様に、楽しそうな声が聞こえる。
「ねえねえ、これ、欲しい人―!」
「はーい!」
「はーい!」
・・・無邪気に、分けあっている。
「誰か、おすそ分けしてくれない?」
私の何かが、いつもの様に、ぼんやり・・・灯る。
「はい、・・・どうぞ。」
「ありがとう!」
分けることができるのであれば。
・・・分け与えた方が、いい。
私は、ずいぶん、分け与えなかった。
私は、ずいぶん、分け与えてもらった。
自分のものを分け与えずに、人からたくさんおすそ分けしてもらった。
いろいろと持っていた私は、ずいぶん満たされた人生を送り続けた。
誰にもおすそ分けしなかった、優しさ。
誰にもおすそ分けしなかった、好奇心。
誰にもおすそ分けしなかった、才能。
誰にもおすそ分けしなかった、真面目さ。
誰にもおすそ分けしなかった、疑い。
誰にもおすそ分けしなかった、力。
誰にもおすそ分けしなかった、執着。
誰にもおすそ分けしなかった、卑屈。
いつだって、分け与えなかったものが、暴走した。
いつだって、分け与えなかったものが、邪魔をした。
いつだって、分け与えなかったものが、押しつぶした。
いつだって、もらえなかった何かが足りなかった。
いつだって、もらえなかった何かが欲しくなった。
いつだって、もらえなかった何かに取り憑かれた。
ここにいる人たちは、皆…何かを、持っている。
何を持っているのかは、生まれてみないと、人生を終えてみないと、わからない。
いいものを持っているのだとしたら、それを独り占めしておきたい。
たくさんおすそ分けをしてもらえば、悪いものだったとしても何とかなるはず。
交換じゃないと分けてもらえないものなんか、大したものじゃないよね。
どうせ分けてもらったところで、悪いものに違いない。
・・・浅はかだった。
悪いものを持っているのだとしたら、それをすべて手放したい。
だが、もしそれがいいものだったら。
自分の持つものがいいものである可能性があるので、全てを手放すことなど、出来ない。
次こそはいいものを持っているに違いない。
次こそは悪いものを抑え込めるはず。
次こそは欲しいものがそろっているはず。
次こそはいらないものに邪魔はされないはず。
次こそは、次こそは、次こそは、次こそは。
・・・ようやく、わかった、気がする。
何を持っているのかわからない以上、分けあってバランスをよくした方がいい。
いいものも、悪いものも、お互い少しづつ分けあったら・・・暴走することは、ない、はず。
おそらく。
持つものには、限度のようなものが、あるのだ。
自分のものを手放さずに、人のものを分けてもらう事で…自身の器に納まりきらないものが、あふれ出すのだ。
過大なものは、やがて暴走し、器を破壊し…自滅する。
今まで、何度自身を手放してしまった事だろう。
今まで、何度道を踏み外した事だろう。
今まで、何度ゴールにたどり着けなかったことだろう。
自分の持つものをなくさないよう加減しながら、おすそ分けをしてもらうのが、良いのだ、おそらく。
「誰か、もらってください…。」
「じゃあ、私のと交換しよう。」
「交換しませんか!」
「お願いします!」
「誰かもらってー!」
「私のも、もらって?」
いろんな人に声をかけ、いろんな人から声をかけられ。
私は、ほどほどのものを、手に入れることが、出来た。
声をかけても、分けてくれない人が、たくさんいた。
声をかけても、もらってくれない人が、たくさんいた。
分けてもらえなかったものに、いいものがあったのかもしれない。
私のものはいいものかもしれない。
私のものは悪いものかもしれない。
でも、私はできる事を、したんだから。
・・・きっと、これで。
今度こそ、私。
・・・満足のできる、人生を。
今度こそ、実りのある人生を歩めるはず。
今度こそ、悲しみの少ない人生を歩めるはず。
今度こそ、バランスが取れているはず。
悪いものも、いいものも…分け合ったから、大丈夫。
悪いものはみんなに拡散できたはず。
一人一人の被害は、小さなものになるはず。
私のものが、いいものだったとしても。
大丈夫、減った分だけ、いいものもちゃんと増えている、はず。
「それで、いいですか?」
誰かが、私に…声を、かけた。
「ええ。」
「いいものも、悪いものも、分け合えるようになれると、いいですね・・・。」
その声を聞いた私は。
気が、遠くなって。
…光が、私を、包み込んで…。
「自分の持つ幸せを、皆で分け合いたいと願えるようになれたら、いいですね・・・。」
その声を聞いた私は。
気が、遠くなって。
…光が、私を、包み込んで…。
「だれかの持つ苦難を、皆で分け合いたいと願えるようになれたら、いいですね・・・。」
その声を聞いた私は。
気が、遠くなって。
…光が、私を、包み込んで…。
「分け合うことの意味が、理解できると、いいですね・・・。
その声を聞いた私は。
気が、遠くなって。
…光が、私を、包み込んで…。
…光が、私を、包み込んで…。
…光が、私を、包み込んで…。
…光が、私を、包み込んで…。