26.兵士たちの混乱
バッケンの拷問が始まるその頃。
バッケンの部下であるメッサ―ボルフの兵士たちは洋館の外のテントや木箱の山で悠々と煙草を吸い、くだらない話に花を咲かせていた。
その中で肩に狼がナイフを咥えたワッペンをし、赤いペレー帽を被ったD班の班長のハルドという男が居た。
ハルドは自分の部下たちがトラックの影に隠れてくだらない話をしているのを見て見ぬふりをし、自分も紙煙草に火を付けて、周囲の森を睨んでいた。
ふと、ヒュルルルという風を切る音が聞こえた。
その音が何を意味するのか気付いた時にはそれが部下の近くのトラックに着弾し、大きな爆発を起こした。
轟音と共にトラックの一部が炸裂し、爆風と飛び散った破片で近くに居た兵士はボロ雑巾のように飛ばされた。
「敵弾だっ!」
ハルドは口に咥えていた煙草を吐き捨て、周囲の兵士に大声で叫ぶ。
周囲の兵士たちも大慌てで近くの物陰に飛び込んだり、武器を取りにテントや木箱に走る。
続いて森の中から激しい銃撃音が響く。銃声からしてライトマシンガンの音だ。
またヒュルルルと風を切る音とともに迫撃砲弾が基地の電柱に直撃し、なぎ倒す。
次に迫撃砲弾は見張り櫓に榴弾が直撃し、櫓に居た兵士が悲鳴とともに無残にも放り出される。
「地雷原の中を突破してきたのかっ!?」
兵士たちはすぐに森の中へ応戦する。銃声は一か所ではない。北側と西側で連続して響いている。
「敵は北と西に展開しているっ! 急げっ!」
無数に降り注ぐ弾丸が兵舎のテントやジープをズタズタにしていく。銃声の多さと、迫撃砲などから兵士たちは小隊規模の敵が来たと確信した。
「しょ、小隊だっ! 敵の小隊が来たぞっ!」
誰かが叫ぶ。兵士たちは物陰や土嚢を積んだトーチカに逃げ込み、森の中へ応戦する。
ハルドも近くに積まれた土嚢の中に飛び込む。その時、尻ポケットに差していた無線機がザーザーと音を立てた。
『こちら指揮官室、何があったっ!?』
無線を取りだし、回線を開く。
「こちらD班! 敵だっ! い、一個小隊規模と思われる敵と交戦っ!」
ハルドが無線で呼びかけていると、今度は少し離れた発電機の近くで迫撃砲の着弾があった。発電機が破壊され、周囲のサーチライトや明かりが消える。その瞬間、自分たちの周囲にけたたましい弾丸の雨が降り注ぐ。
頭を下げながらハルドが周囲の兵士に叫ぶ。
「くそ、敵の位置を探れっ!」
ハルドの指示に従い、兵士たちは土嚢や物陰からそっと頭だけを出して森の中を覗く。敵は弾道の分かる曳光弾を使わずに、こちらに向かって発砲しているおかげ、正確な位置はつかめない。僅かに木々の間から見えるマズルフラッシュだけが頼りだ。
その間にも移動している兵士が補足され、ズタズタにされていく。
『各班、状況を報告しろっ!』
また無線に連絡が入る。低い声からしてバッケン中佐だ。他の班が報告無線を入れた後、ハルドも応答ボタンを押す。
「こちらD班っ! 砲撃を受けましたっ! トラックとジープを狙ったものですっ!」
けたたましい銃撃がテントの中に飛び込み、中にいたB班の兵士数名の悲痛な声が上がった。
『こちらバッケンだっ! J班とG班は持ち場を離れて西側の防備に当たれっ! それとサーマルスコープで敵を索敵しろっ! 絶対に基地の中に入れるなっ!』
応援に来たJ班が土嚢の裏に飛び込んできた。その手にはサーマルスコープが握られている。
ハルドは叫ぶ。
「応戦するぞっ! 森の中に撃ち返してやれっ!」
ハルドの声を合図に、周囲の兵士たちが一斉に森の中へ四方八方にライフルを撃ちまくる。
いくつもの弾丸が木々の葉を飛ばし、枝を引き割いていく。
だが敵の応戦は止まる事なく続き、周囲に弾丸が降り注ぐ。大きく身を乗り出していた兵士の一人が弾丸を食らい、その場で悶絶する。
『こちらA班っ! 迫撃砲を発射するっ!』
無線連絡が入り、続いてこちらの迫撃砲が森の中に向かって砲撃を浴びせる。木々の間で爆発が起こり、木々と大地が大きく揺れる。
だが、敵の応戦はまだ止まらない。
しばらくサーマルスコープを覗いていた兵士が身を屈め、ハルドの隣で叫んだ。
「木々が邪魔で敵の姿が見えませんっ!」
ハルドは頷き、すぐ隣で応戦している兵士に叫ぶ。
「RPD※を持ってこいっ!」
兵士は頷き、頭を低くしながら武器弾薬の入ったテントに向かって走り出す。
「観測を続けろっ! マズルフラッシュの位置で探れっ!」
ハルドも応戦を再開し、今だ姿の見えない敵に応戦を続ける。
しばらく応戦し、RPDを持ってきた兵士が弾薬箱とバイポットを設置し、森に向かって引金を引く。
ありったけの弾丸と榴弾が森の中に撃ち込まれていく。
やがて迫撃砲は撃ち込まれなくなった。だが銃声は止まない。
しばらくの銃撃の末、一人の兵士がハルドの肩を叩いた。
「班長、着弾がきません」
兵士の言葉に気が付いた。けたたましい銃声だけは響いているが、弾丸はこない。
何かおかしい。ハルドは無線を入れる。
「こちらD班。各員、着弾は来ているか?」
少しの間が空き、すぐに無線が入る。
『こちらG班。着弾はない。銃声はする』
『こちらA班。着弾らしきものはないです』
すぐにハルドは周囲の兵士を呼ぶ。
「様子がおかしい。森の中に入るぞ」
数名の兵士は嫌な顔をした。そのうちの一人がいう。
「しかし、敵の銃撃が……」
ハルドはすぐに土嚢から飛び出すように立ち上がる。
「見てみろっ! 着弾が来ないっ! 先頭は地雷を埋めたB班だっ! B班で分かる者はいるかっ!」
すかさず一人の兵士が手を挙げる。
「はっ! 私なら地雷の位置はわかりますっ!」
「わかったっ! リドリー軍曹、先導しろっ!」
先導するリドリーというB班の兵士が土嚢の切れ目まで移動する。
「お前らも付いてこいっ! いいか、前の奴についていけっ!」
ハルドが兵士の肩を叩き、一気に駆け出す。その足で基地の入り口まで駆け抜け、吹き飛ばされた櫓の下を通り、森の中へと突っ込む。すかさず無線を入れる。
「こちらD班。森の中を探索する。発砲を控えろ。G班は北側の捜索を頼む」
『こちらA班。了解した』
森の中を走っていると目の前を先導していたリドリーの足元で爆発が起こり、両足を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた兵士は苦痛に顔を歪ませ、地面の上で顔を自らの血と泥にまみれにしながら悶えている。
「地雷の位置が変わっているぞっ! クソっ!」
やられた。敵はこちらが敷き詰めた地雷を利用し、わざわざ埋め替えたのだ。
地雷の位置がわからない今、兵士たちは身を伏せ、目の前の地面と前方に注意しながら進まざろう得なくなった。
二人の兵士に命じ、足を吹き飛ばされた兵士を運ぶように促す。
この時になったバルドは気付いた。けたたましい銃声は相変わらず響くのに、敵の弾丸がやはり来ないのだ。
ここまで接近され、爆発も起こせば、当然敵はこちらの存在に気付き、応戦してくるはずだ。
「ライトを付けろっ! 匍匐しながら地雷を捜せっ!」
「ですが……敵に見つかる可能性が…」
「いるなら見つかっているだろっ!」
恫喝された兵士を筆頭に、兵士たちはポーチからライトを取り出し、点灯させる。ハルドもライトを片手に森の中を這いつくばった。
迷彩服を泥だらけにし、地面と進む先を食い入るよう様に進む。轟く銃声が徐々に大きくなり、片手に握ったライフルを掴む指にも力がこもる。
もう目の前という所で、先頭のハルドの視界に不可解なものが飛び込んだ。目と鼻の先にあったのは、弾薬箱ほどの大きさのスピーカーだった。
呆気に取られながらも、ゆっくりと立ち上がり、けたたましい銃声を垂れ流すスピーカーをそっと持ち上げる。トラップなどは仕掛けられていないようだ。
持ち上げると長く伸びた配線がだらりと垂れ、その先には乾電池式のCDプレイヤーが繋がっている。
スピーカーの背面のスイッチを切ると、音は止んだ。
緊張がほぐれ、どっと疲れが顔をに出る。
「班長っ!」
声の方に向くと、そこには見た事もない装置に繋がれた機銃があった。
「自動砲塔です」
近づくと、自動砲塔は弾切れを起こしており、その役目を終えていた。思わず自動砲塔を蹴り倒す。
頭に血がのぼりながらも、無線を取り出す。
「こちらD班。銃声はスピーカーからによるものだ。G班、地雷の位置に注意しながら確認せよ」
『D班了解した。確認する』
しばらくして周囲の激しい銃声が止んでいく。
『こちらG班。確認できた。クソっ!』
G班の悪態めいた報告無線が入る。ハルドは「了解」と返し、自動砲塔を探る。
するとB班の班長代理が近寄る。
「ハルド班長、基地より報告を受けました。13名が死亡。3人が負傷しました」
その後、再度G班からの報告が入った。30分の戦闘の末、戦果は弾切れとバッテリー切れを起こした三つの最新のサーマルセンサータイプの自動砲塔と捨てられた迫撃砲二つ、リチウムバッテリー式のアメリカ製のスピーカー6台、乾電池式のCDプレイヤーが3つだ。
ハルドは力任せにスピーカーを蹴っ飛ばす。
「くそ、やられたっ!」
だが銃声はまだ響いている。それがすぐに基地の中の洋館の中だと気付くと全員の血相がまた変わる。
すぐに無線が入る。
『こちら指揮官室っ! 敵が侵入してるっ! 各班、至急館内に戻れっ!』
無線が言い終わると同時にハルドが叫ぶ。
「敵はすでに侵入しているぞっ! 急げっ!」
ハルドの指示により、森の中にいた兵士たちは来た道を脱兎の如く戻り始めた。
※RPD……ロシア製の軽機関銃の名称