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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第四章・アマレット
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24.バッケンの楽しみ

 タイ レイブンの前哨基地


 太陽も沈み、すっかり周囲は暗くなった。

 パラポラアンテナの設営も完了し、少尉が操作するプログラムも完了した。


「レイブンさん、これで通信は準備完了です。ご指示さえ頂ければ、ターゲットに連絡を取れます」


 少尉の言葉に、後ろにいたレイブンは口元を緩ませる。


「そうかそうか。ご苦労だ少尉」


 ターゲットとは英造だ。

 もうだいぶ昔になるが、ヤダナギコーポレーションで働いていた時に何度か顔を会わしたことがある男。

 当時、レイブンは社内の金の流れを掴んでいた。それは自分が不正流用する為にだが。


 それがバレ、賠償金の支払いとクビですんだのは運がいい。だが、もっと運が良いのは英造が隠し資金を持っているという事実を知ったことだ。税務署に知られる事もなく、社内の人間もごく一部しか知らない財宝のような資金。


「じゃあ、盛大なパレードを始めようとしようか……と、言いたいところだが、中佐はどちらに?」


 少尉はレイブンに振り返り、「いつものあれですよ」と少し呆れた顔を浮かべる。


「おいおい、それは困った。まさか、勢い余って殺したりしないだろうね?」


 少尉は半ば呆れ顔を浮かべる。


「どうだか。スイッチが入ってしまうと、我々でも止められないですからね。レイブンさんから直々に仰った方がいいですよ」


 皮肉のようなセリフを吐く少尉。

 レイブンはやれやれと首を振り、仕方なしとばかりに指揮官室を後にした。



 ― ― ― ― ―



 一方で、別館の一階にあるキッチンでは、縛られた瑠璃と、そんな瑠璃をどこか愉快げに見下ろすバッケンがいた。


 かなりの広さを持つキッチンであるが、そこにコンロ台やシンクなどはなく、すべて取っ払わられていた。替わりに木製の簡素なテーブルと、様々な工具が乗ったストレッチャーが置かれている。


 床のタイルは元は真っ白だったのだろう、今はところどころ赤茶色の汚れに染まっている。瑠璃はこびり付いて落ちなくなった血の跡だと理解した。


 バッケンは腰に差していた刃の分厚いサバイバルナイフを取り出す。


「俺は尋問が得意でね。今までアンゴラ、コンゴ、南スーダンで多くの兵士の口を割らしてきた」


 そう言いながら縛られた瑠璃の周りを歩き、言い終わるとナイフの刃先を瑠璃の首元にそっと当てる。

 瑠璃は冷や汗を額に滲ませながらも、強気な姿勢を見せる。


「私の口を割らせるつもり? そんなことをしたって……」


 瑠璃の言葉にフッと笑みを漏らし、ナイフの刃を首から外す。


「屈しないというのか? 爪を剥がされ、指を削ぎ落とし、目をくり抜かれても、か?」


 試す様な物言いで、瑠璃の柔い首にナイフの刃先を撫でる。それでも瑠璃の睨みは消えなかった。


「じゃあ、こっちの子はどうかな?」


 バッケンがドアに向かって「おいっ!」と勢いよく言う。


 ドアが開き、二人の男が椅子に縛られ、猿ぐつわをされた美咲を運び込み、瑠璃と対面するように木製のテーブルの前に置く。

 美咲は恐怖のあまりか、目元に涙を滲ませ、表情を強張らせている。


「やれ」


 バッケンの指示に、二人の男は美咲のひじ掛けに縛ってある縄を解き、右腕を持ち上げて右手の指を無理矢理広げる。

 テーブルの上に特殊な器具で美咲の右手をパーの状態を保ったまま固定させる。何が起こるのかわからず、美咲はただただ怯えていた。


「なに? 美咲は関係ないでしょ?」


 強がる瑠璃だが、唇が僅かに震える。それに気付いたバッケンはフフフと笑い、持っていたナイフの空中で一回転させ、刃の先端をつまむように持ち直し、すかさず美咲の手元に向かって投げる。


 ナイフは固定された美咲の右人差し指と親指の間のギリギリの所でテーブルに刺さり、ビィィンとその刃を震わした。思わず目を逸らす瑠璃。


 美咲は恐怖から呻き声を漏らし、身体を必死によじろうとするが、それを二人の男が必死に押さえつける。


 バッケンはストレッチャーの上に並べられたダガーナイフを左手で三本掴み、先程と同じように空中に放ると、巧みに右手で掴み、連投して投げていく。

 ナイフは先ほどと同じように残った指と指の間に入り、ギリギリの所でテーブルに刺さる。猿ぐつわの中で声にならない声で美咲は叫び、涙を流しながら必死に身体をよじる。


 高笑いするバッケンを瑠璃が睨む。もうその顔には強気な姿勢は壊れかかっていた。


「やめてっ! こんなこと、まったく無意味っ!」


 瑠璃が叫ぶがバッケンは聞く耳を持たず、恐怖する美咲の後ろに回り、猿ぐつわを外す。


「お姉ちゃんっ!」


 悲痛な声で美咲が叫ぶ。そんな様子をバッケンは愉快そうに眺める。

 バッケンは隣にいた男に促し、ストレッチャーを横に持ってこさせる。その中から一本のペンチを持ち、カチカチを美咲の耳元で鳴らす。


「お嬢ちゃん、綺麗な爪をしているね。学校で流行ってるのかい?」


 バッケンが猫撫で声で囁き、ペンチの先で美咲の指先を持ち上げる。爪には薄く残ったピンクのマニキュアが残っている。バッケンは指先をペンチで掴み、それをくいくいと持ち上げる。少し力を入れれば、刺さったナイフに当てられそうだ。


「本当は何も知らないのっ! 許してっ! だから、やめてっ‼」


 瑠璃は今になって、虚勢を張った自分を後悔した。

 美咲は恐怖から、何かを訴えるような目で、ペンチに握られた自分の指先を震えながら見つめている。


 バッケンは弄ぶように唇を尖らせ、舌をチッチッチと鳴らしながら五本の指をペンチの先端で突いていく。


「それじゃあ、右の爪からいこう。まずは人差し指からだ」


 バッケンの言葉に美咲は更に唇を震わし、大粒の涙を流す。


「お願い、信じてっ!」


 瑠璃が悲痛な叫びを上げる。

 だがバッケンの目には狂気に満ちていた。隠し財産の在り処など、どうでもいいのだ。


 この男は、ただただ苦しめるのが好きなだけなのだ。その証拠に、美咲を押さえている男達もどこか緊張している。


 バッケンの本性に気付いた瑠璃も後悔と恐怖の念から涙を流す。


 バッケンのペンチの先端が美咲の爪を掴んだその瞬間、近くで爆音が響き、ストレッチャーに乗せてあった器具がカラカラと小刻みに震え始めた。


「な、なんだっ!」


 バッケンがのたまう。

 爆音はさらに続き、建物全体を振動させる。美咲を押さえていた男達も、突然の出来事に動揺を隠しきれていない。


「クソっ!」


 お楽しみを台無しにされたバッケンは悪態を吐き、男達にここに残る様に命じ、キッチンを後にした。

 キッチンを出てからも爆音は響き、さらにいくつもの銃声が響き渡った。遅れて警戒用のサイレンが鳴り出す。


 ただ事ではない。勇み足で廊下を歩くと目の前に動揺したレイブンが現れた。


「何の騒ぎだっ!」


 バッケンが吠える。気付いたレイブンは首を横に振る。


「わ、私にもわからない…。私は君を呼びに行こうとしただけだ」


「クソっ」


 レイブンの脇をすり抜け、バッケンはそのまま指揮官室へ向かう。

 指揮官室に入ると、通信機器の前で血相を変えた少尉がレイブンに向き直る。


「いったい何が起きたっ!?」


「敵の奇襲ですっ! 報告によれば、小隊規模だと…」


「なんだと!?」


 バッケンは食い入るように少尉のデスクトップの上に置かれた監視モニターを見る。


 モニターの中では、バッケンの部下が必死に森に向かって応戦している。だが、その様子から敵の位置を完全に掴み切らないで応戦しているのが分かる。

 すぐに無線機を掴み、通信ボタンを押す。


「各班、状況を報告しろっ!」


 すぐに回線が開き、けたたましい銃声がスピーカーから流れ出す。


『こちらD班。砲撃を受けましたっ! トラックとジープを狙ったものですっ!』


『こちらB班。銃撃を受けていますっ! 敵は西側に……』


 言い切る前に短い呻き声が聞こえ、何も聞こえなくなった。


『A班、班長がやられましたっ! ご指示をくださいっ‼』


 パニック状態の部下たちにバッケンは額に血管を浮かす。すぐに通信ボタンを押した。


「こちらバッケンだっ! J班とG班は持ち場を離れて西側の防備に当たれっ! それとサーマルスコープで敵を索敵しろっ! 絶対に基地の中に入れるなっ!」


 すぐに各班から返事が返ってくる。


 バッケンは無線から手を離し、考える。地雷原を突破してここまで来るのだから、そうとうな手練れだ。どこの部隊だ?


 国軍? そうなるとタイの王国海軍特殊部隊が思い浮かぶ。だが、彼らがすぐに動くだろうか?

 思考を巡らせていると、追いかけたレイブンがやっと指揮官室に入ってきた。少尉の目の前のモニターに目をやり、すぐにバッケンに目を向ける。


「中佐、これは一体―――」


「俺が知るもんかっ!」


 言い掛けたレイブンを恫喝する。


「どこの誰だか知らんが、喧嘩を売ったことを後悔させてやるっ!」


 バッケンはレイブンに目もくれず、目の前のモニターを睨み付けるばかりだ。

 一部のモニターが砂嵐になっている。どうやら発電機の一部を破壊したようだ。相変わらずモニターの中では兵士達の混乱が映し出されている。


「もしかすると、傭兵か?」


 レイブンがそう呟くと、バッケンが食い入るように振り向く。レイブンはモニターを見つめたまま続けていう。


「確か、ヤダナギコーポレーションには民間軍事部門がある。その連中かもしれん」


「私設部隊という奴か」


 レイブンから目を離し、またモニターに目をやる。


「ならば、どちらが傭兵として優秀か、見せてやらんとな」


 レイブンの目はギラつき、その目力はモニターをも破壊しそうな程であった。


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