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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第四章・アマレット
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23.エルの焦燥

 秦たちはワンチャイから貰った地図を頼りに、森の中を進み、基地に近づく。

 見つからぬように草木の生い茂っている所を選び、そっと基地を覗き込む。


「武装はAK-74ライフルだ。それに手榴弾やSVD狙撃銃、PP-19も見える」


 慶太が門の近くの見張り櫓にいる歩哨を見る。傭兵とはいえ、流石に装備はきっちりしている。ほとんどがロシア製やそのコピー系だ。

 一方で秦はテントや木箱が並んだエリアを見る。


「番犬も飼ってるな。自家発電機もある」


 檻の中で周囲の兵士に向けて興味津々な顔を向けているドーベルマンが見える。近くにはガソリンを使用する発電機も見える。その周囲では何か世間話をしている兵士たちが見受けられる。彼らもアサルトライフルやサブマシンガンを常備している。


「傭兵とは、やっぱ装備はきっちりしてるわけだな」


「所詮は雇われ兵隊だ。恐らく犯罪者や軍人崩れだろう」

 

「それでも、人を殺す訓練は受けているわけだろ?」

 

 秦の言葉に、慶太は双眼鏡から目を離し、秦を見る。


「……怖いか、秦?」


 問いかけに、秦は「あぁ」と答える。


「そりゃあ、怖ぇよ」


むせ返るような暑さの中ですぐに口角を上げ、ニヤリと慶太を見返す。


「けど、今はそれ以上に昂ってんだ」


 秦の言葉に同じように口元を吊り上げる慶太。


「俺もだ、秦」


少しの間微笑んだ後、二人はもう一度基地に目を向ける。

 基地を見回し、やがて二人の頭には作戦が生まれてくる。



― ― ― ― ―



 マレーシア とあるホテル。

 マレーシア国内にあるそのホテルはヤダナギコーポレーションの子会社が経営するホテルで、真っ白な外装に真っ白な内装の豪華なホテルだ。


 6階にある大きな客室にはヤクタフのエル率いるチームメンバーが数名集まっていた。

 集まったメンバーはエル含めて古参のメンバーで、他のメンバーを統括する立場にある。


「ここ最近で動きがないというのが気になるわ」


 ガラステーブルの上に置かれた報告書を前にエルは呟く。

 そう、最近までマレーシアのレイブンの別荘を監視していた隊員の報告には車の出入りが少なく、それらしい動きの報告もなかった。


「やはり、もう一度情報を整理する必要があるのでは?」


 一人の隊員がいう。だが、エルは首を横に振った。


「これ以上時間を延ばすことはできないわ。なにせ、この男が一緒にいる限り」


 ガラステーブルに並べられた写真の一つを指差す。


 髭面の強面の男・バッケン・フェーラー。『メッサーボルフ』の鼻つまみ者。

 南アフリカでの作戦中に多くの敵兵、民間人を虐殺した男。正規兵だろうが、無実の人間だろうがお構いなく拷問にかけてきた男だ。


 この男に殺された人間は間接的な物を含めても300人は超える。兵士やゲリラだけでなく女子供も含めてだ。

 

「作戦はやはり今夜決行することがベストな筈。スポンサーからの許可が下りれば、今夜にでも決行する」


 そう言い切るエルは内心焦っていた。捕まったのが瑠璃であるという事も含め、いつもより冷静さに掛けているのが自分でも分かる。だが、どちらにせよ人質の救出作戦はスピード勝負だ。

 別の隊員が挙手する。


「やはり、行方をくらましたBGCの二人を追うべきだったのでは?」


 エルはその意見にまたすぐに首を横に振る。


「そんな必要はないわ。彼らもまた、私達と同じヤダナギコーポレーションの雇われの人間よ。彼らの情報源は恐らく八木という英造社長の右腕よ。情報は恐らく等しいと思うわ」


 そう告げるが、エルの心の中ではどこか引っ掛かっていた。

 あの横山慶太という少年。なぜか、初めて会った気がしない。それに、彼が呟いた“あの台詞”。エルには聞き覚えがあった。


 しかし、気になるのはそれだけではない。あの夜、彼らは忽然と姿を消した。日本にも戻ってはいないらしい。彼らはどこに行ったのだろうか?だが、今はそんな事を気にしてる場合ではない。


「いい?今はこの別荘への突入を最優先よ。みんなはすぐにでも行動できるように準備して」


 エルが促すと、他の隊員たちは頷いた。

 すると一人の隊員が客室のドアをノックし、開けて入る。隊員は素早く皆が集まるガラステーブルの前まで歩み寄る。


「フィリピンから入電がありました。やはり我々にはマレーシアのレイブンの別荘へ強襲かけるようにとの事です」


 隊員の言葉に全員の目つきが変わる。エルはすぐに聞き返す。


「“スポンサー”からで間違いないわね?」


「間違いありません。こちらが連絡書になります」


 そう告げて手に持った一枚の紙をエルに手渡す。そこには確かにスポンサーからの命令が書かれ、下にはスポンサーのロゴである鷹のマークが押されている。


「よし、これで決まりね。今夜決行する。各員、抜かりのないように」


 全員が返事し、立ち上がって各々部屋を後にしていく。

 エルは皆が出て行ったのを見送った後、テーブルの上の資料に目をやる。その中で瑠璃の写真だけを掴みあげる。


「瑠璃……」


 なんの因果の関係か、私達はまた出会ってしまった。

 エルが最後に見た瑠璃の記憶はまだ、7歳だった。


 当時17歳のエルが母と英造の関係を知った時、エルは衝動的に家を飛び出した。

憎悪しかなかった。正妻がいる身で、別の女性に手を出した英造を。そしてそれが自分の母だったことも。


 そして完全に絶縁し、小泉の名も捨てて、一人の人間として生きていくつもりだった。

 あれから10年。瑠璃の身に何があったのかを知りたい。


 だが、今更どんな顔であの子に会えばいいのだろうか?

 出ていく私を、幼いあの子は必死に縋りついて止めようとした。そしてそれを力いっぱい振り切った。

 彼女は私を許してくれるのだろうか?


 エルは思考を止め、大きく息を吸った。このままではいけない。

 私は、ヤクタフのエリート。作戦に集中しなくては。

 陽が傾きかけたマレーシアの街を臨む窓に、真っ白な壁に背をもたれた。


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