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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第四章・アマレット
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20.猶予は残り少ない


 瑠璃と美咲が寝静まる独房にも朝の光が差し込む。


 二人はドアの鍵が開く音に目を覚まし、カチャカチャと錠を外す音に飛び跳ねるように起きる。すぐに被っていた毛布で身体を守る様に羽織り、ドアを恐る恐る睨む。


 ドアが開くと、ライフルを背負った男がトレーを持って入ってくる。その後ろでは逃げられないように別の男が同じようなライフルを手に持っている。


「食事ダ。食エ」


 片言の日本語で言うと、近くにあったサイドテーブルに置く。トレーの上には現地の料理らしい、見慣れないスープにパン。そして封の切ってない水のペットボトルが二人分用意されていた。

 男は瑠璃と美咲を一瞥した後、そのまま部屋を出ていく。


 鍵が掛かった音を聞いた瑠璃と美咲は、恐る恐る朝食の置かれたサイドテーブルへ向かう。

 スープからは湯気がたち、茶色のソースに鶏肉のようなものが見える。二人は知らないがマッサマンという料理だ。


 瑠璃が慎重に口を付け、一口ほど喉に流すと、美咲に大丈夫のサインを送る。


 二人はそのまま黙って朝食に手を付け始める。ドアの外にはやはり見張りの気配を感じる。落ち着かない食事だ。


 やがて朝食も食べると、二人はまたベッドの上に腰掛ける。


 差し込む陽射しが部屋を暖め、二人を汗ばみさせる。

 この二日ほど、まともに風呂も入っていない。髪はべたつくし、着ている服も肌に張り付いて気持ちが悪かった。


「この部屋、水出ないかな?」


 そういった美咲が扉の外された洗面所に向かう。洗面所のシンクに備えられたコックを捻るが、水は出ない。隣のバスユニットに行き、シャワーやカランのコックをいじるが、水は出なかった。


 嫌な予感がした美咲はそのまま洗面所を出て、隣の同じく扉を外されたトイレへ向かう。トイレのタンクの横に備えられたコックを捻ると、陶器の中にあった薄汚れた水は音を立てて流れた。ひとまず安心する美咲。


 さすがにトイレの水で洗うのは衛生的にも、気分的にも出来なかった美咲は諦めてベッドへと戻った。

 ベッドに戻ると、瑠璃が格子状の窓の向こうを覗いている。


 美咲も一緒に覗くと、外には有刺鉄線の張られたフェンスと、その向こうに広がる鬱蒼とした森が広がっている。日本ではあまり見慣れない木々が立ち並び、鳥のさえずりがいくつにも聞こえる。


 窓の下に目を落とすと、フェンスの内側をドーベルマンを連れ、ライフルを背負った男が歩いている。

 しばらく男と犬が歩いているのを見ていると、背後の扉のドアの鍵が外れる音が聞こえた。すぐに振り返り、ドアを睨む。


 開いたドアの向こうから、レイブンと髭面の男が現れる。美咲は瑠璃の後ろに下がり、瑠璃も庇うように一歩前に出る。


「おはようミス・ルリ。寝心地は如何でしたかな?」


 相変わらずのニタリ顔を見せつけるレイブン。瑠璃は少し顔を下げ、睨みを効かす。


「あまり良いとは言えないわ」


「はは、これは失礼。何分準備不足でしてね。ベッドメイクに関しては謝りますよ。それで、その言葉のままだが、如何でしょう?再度協力をお願いしたくて訪問したわけですが?」


 瑠璃の睨みに動じず、レイブンは取り繕った笑顔を見せる。


「はっきり言いますが、今の所では『はい』という返事は出来ません」


 きっぱりと断られたレイブンはお手上げというような手ぶりを見せる。一方で後ろの髭面の男は瑠璃に食いつかんがばかりに睨みつけてくる。


「それは残念ですなぁ。いやあ、困った困った」


「あなた達が父の財産で何をするのか?それが不透明な限り協力などありえません。それに、私達の安全の保障もまだ明確では……」


 またどこかのご令嬢のような役を必死に演じる。だが、そんな瑠璃に我慢できなかったのか、髭面の男が一歩前に出て、レイブンの横に並ぶ。


「あまり舐めた口を利くなよ、小娘」


 ドスの効いた声で唸る。さすがの瑠璃も話すのを止め、少したじろいた。すかさずレイブンが髭面の男に向き直る。


「まあまあ。とりあえず、また午後にでもお話を伺いに来ますよ。その時には、いい返事が聞けると嬉しいのですがね……」


 肩越しに瑠璃を見遣り、そのまま髭面の男を押すように部屋を後にする。


 二人が出て行った後、また部屋の鍵が掛かる音を聞いた瑠璃はふう、と肩に入れていた力を抜いた。

 そのまま少し下がり、ベッドに崩れるように腰掛ける。慌てて美咲が屈むように瑠璃の膝に手を置いた。


「瑠璃姉、大丈夫?」


 瑠璃はまた大きなため息を吐く。


「大丈夫。でも、すごく怖かった。こんなの、いつまでもやってたら心臓が持たないよ」


 瑠璃の漏らした言葉に思わず美咲は口元を緩ませる。瑠璃も釣られて笑みを見せるが、すぐにキッと笑みを消す。


「美咲、安心はできない。もう、時間はないのかもしれない」


 先程の口ぶりからして、この時間は与えられた猶予なのだ。今のうちに本当の事を言わなければ、これから何をされるかわからない。


 今は知っているフリで通しているが、どちらにせよこの嘘はバレる。そうなっても、そうならなくても、一番に危ないのは美咲だ。


 瑠璃は秦達を待つという案以外に、別の案を思考し始めた。



― ― ― ― ―



 一方で、部屋を後にしたレイブンとバッケンは指揮官室に戻った。

 デスクトップに座るバッケンの部下にレイブンは近寄る。バッケンの部下はデスクトップで通信回線のアプリケーションを開き、いくつもの衛星と繋ぐプログラムの構築を行っている。


 「首尾はどうだね、少尉?」


「はっ!今、パラポラアンテナを設営しております。設置が完了次第、衛星回線を通じてコンタクト出来るようにします」


「よろしい。なるべく足取りが掴めないように頼むよ。そこの技術は君たちにしか分からないからね」


 レイブンはそう告げて離れると、エクゼクティブデスクに移動し、氷の入ったコーヒーのグラスに口を付ける。そんな様子を見ていたバッケンは、壁に背を預けてレイブンを見る。


「なぜあの時に縛り上げなかった?ノコノコと間抜け面を見せて帰るだけのアホみたいな役をさせやがって」


 不機嫌そうにいうバッケン。

 レイブンはコーヒーをグラスの半分ほど喉に流し込むと口を開く。


「まずは相手が優位だと思わせるのが、交渉においての基本だ。後は一気にどん底に落とせば、すぐに協力してくれますよ」


 勝ち誇ったようにいうレイブンにバッケンは怪訝そうに睨む。


「お前の茶番にはうんざりするぜ。俺の部下だって、小娘の世話する為に預けたわけじゃあない」


「それも今日の昼までです。衛星回線が繋がれば、すぐに新たな仕事をお願い出来ますよ。南スーダンの時みたいにね」


 その言葉にバッケンはピンとくる。


「その時は俺がやる。どっちからやっていい?」


「当然、あの小さい娘の方から」


 そうニヤリと笑うレイブン。

 バッケンはふん、と鼻を鳴らし、肩を怒らせて指揮官室を後にしていく。



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