19.慶太への疑問
朝。
タイランド湾の波間から登ったばかりの太陽の陽射しが秦と慶太を映し出す。
秦と慶太は屋根のない傷んだスピードボートの座席の上で、寝不足な目でその太陽を睨む。
― ― ― ―
YCTFとの接触の後、あの倉庫に来たのは褐色肌の腕っぷしの強そうな二人の男だった。
男達は密輸業者で、マレーシアを軸にベトナム、カンボジア、タイへ不法入国や密輸で生計を立てているそうだ。
秦が怪しむような目を向ける隣で慶太は礼をいい、男達に案内に従った。
ここで秦は慶太が武器商人に帰り際に何か頼んでいたことを思い出した。どうやらこの連中の手配だったようだ。
男達に案内され、埠頭の少し外れた所に停泊させているゴムボートに乗せられた。少し沖には、最大で10人くらいは乗れるだろうスピードボートが見える。
秦と慶太は黙ったまま二人に従い、スピードボートに乗り込んだ。
何も言わぬ慶太に不信感を覚えた頃、走り出した船の上で慶太は明かした。
ヤクタフとレイブンの部下が自分たちの動きを監視していたこと。そして、レイブンは元からマレーシアにはおらず、タイにあるもう一つの別荘に移動しているという事。
「なぜそれをあいつらに言わなかった?」
思わず秦が問う。慶太は眉一つ動かさない。
「言った所で信じてくれると思うか?彼らは、独自の情報網で動いている。それを覆すのはそう容易くない」
「だが、味方は多い方がいいだろう」
秦の問いかけに慶太は首を短く横に振る。
「俺も最初はそう思った。だが、あそこで接触してわかった。俺達は彼らにとって足手まといという存在だ。下手にああだこうだ言えば、捕まえられて強制送還だろう」
「あぁ、わかったわかった。だけどよぉ、お前が仕入れたその情報が正しいのか、それすらも俺にはわからねえぞ」
懐疑的な目で秦はそういうが、慶太の瞳に宿る自信は譲らなかった。
「俺を信じろ、秦」
自信と決意に溢れた瞳に、秦は何も言わずに頷いた。
ここまで自信があるのだから間違いないだろう。もとい、自分たちは二人で解決するつもりだったから、ヤクタフに頼るのも正直、気が進まない。特にあのエルとかいう女隊長の態度を見れば。
「それで、完璧なんだろうな?どこにいるのかも」
慶太は頷く。
「間違いはない。ルートも決まっている。とりあえず詳しい話は起きてからにしよう」
「おいおい、まさかこの船の上で寝るっていうのか?」
秦は呆れ返る。波を切り裂くように進むボートは、ひどく上下に動き、座っているだけでも酔いそうだ。だが慶太は本気だった。
「この湾内にいる間は彼らに任せて大丈夫だ。これから先、寝てる暇なんてもうないかもしれないぞ?」
秦は渋々、慶太とともに酷い揺れと、顔に掛かる水しぶきを我慢しながら硬い床に寝転がり、仮眠を取った。
当然だが、すぐには寝付けない。そこで秦は横になりながら、思考を巡らせる。
どうやってレイブンを叩きのめすか。そして、どうやって瑠璃と美咲を救出するのか。
色んな思考を馳せていると、やはり慶太に行きつく。
そもそも、慶太の情報網はどこの誰なのか?まず裕子ではない。裕子の情報はヤクタフと同様に、ヤダナギコーポレーションだから、あり得ない。
では誰か?そう考えていると最後におじさんと電話したことを思い出す。
『政府高官』
まさかな。秦は自分の立てた仮説を否定する。だが疑問はまだまだ渦巻く。
どうしてヤクタフの尾行に気付いたのか?
秦は言わなかったが、レイブンの手下の監視には気付いていた。だが、ヤクタフの尾行までは気付けなかった。
そして、慶太が手配している業者やそれらのケツを持っている者。
武器屋の店主が言っていた『ミスターA』。恐らくだが、英造ではない気がする。
色んな思考を馳せるが、それらしい答えに行き当らない。
結局、秦は考える事を止めて、無理矢理眠ろうとした。だが、睡魔はそう簡単に来なかった。
― ― ― ―
そうしてうつらうつらし始めた頃に太陽が上がった。
否が応でも陽の光で秦は覚醒する。隣を見れば、慶太も目を開けていた。様子からして、慶太もあまり熟睡できなかったようだ。
「どうやら、また一日が始まっちまったな」
太陽の光を睨みつけながら秦は言う。慶太は頷く。
「あぁ。だが、今日が一番忙しいぞ。今日で決着を決める」
決意に溢れた声だった。秦もそれに応えるように力強く頷く。
しばらく二人で太陽を睨んでいると、一人の男が皿を持って二人の前に現れた。
皿の上には焼き鳥のような串モノ料理が並んでいる。ムーピンと呼ばれる豚肉を串にさして焼いたタイ料理で、それを二人に振舞ってくれた。
黙って差し出してくれた男に秦と慶太は礼をいい、それを口に運ぶ。
その間に男は水筒の蓋を開き、使い込んでるであろう陶器のグラスにお茶を注ぐ。甘いタイティーだ。
先程と同じように無言で差し出し、二人は再度礼を言って飲み干した。
「ありがとう。あんた、いい嫁さんを貰えるよ」
秦が小言を言うと、男は口角を上げ、ニヤリと微笑んだ。言葉は分からないが、褒めているのだと気付いたのだろう。男は空になった皿とグラスを持ち上げ、操舵席へと戻った。
空腹を満たした二人は、徐々に見え始めたタイの陸地に目をやる。
遠くに見える緑が生い茂る山に、点々と浮かぶ港町。
あそこのどこかに瑠璃達とレイブンがいる。そう思うだけで、秦の闘争心は昂っていく。