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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第一章・ボディガード・チルドレン
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8.慌ただしい出発

――バーンズの話から一週間後。


三月の青空に浮かぶ太陽が街中に暖かな陽射しを降り注がせる。その中を一台のSUVがハイウェイを駆け抜ける。

 運転席には依頼主の付き人である志摩という初老の男が座り、助手席にはバーンズが不機嫌そうにふんぞり返っている。後部座席のシートに座る秦と慶太はバーンズが用意したジャケットに着替え、車窓の向こうで流れる風景に目をやっている。


― ― ― ―


 一時間前の事だ。


 数日前、秦と慶太は依頼を受けた。互いに相談はしなかった。自分自身の意思で決めた。


そしてあの日、教官室に呼び出された一週間後の今日。朝食終え、カリキュラムの為にそれぞれの教室に向かう秦と慶太は校内放送においてバーンズに呼び出されて、すぐに宿舎に戻って荷物を簡単にまとめる様に告げられた。


急ぎ足で宿舎に戻って自室で荷物をまとめていると、ふと宿舎の窓から外を見た。外来者専用の駐車場に見慣れないSUVが止まっており、そこに小奇麗なスーツに身を纏った初老の男とバーンズ、それにマルナス所長が話しているのが見えた。バーンズが身振り手振りで宿舎の前に車を回すように促しているのが分かる。


その様子を見た秦は妙な胸騒ぎを覚え、とりあえずバックパックに簡単な荷物だけ詰めて部屋を出る。その時、秦は別の場所に保管しているもう一つの自分の荷物を思い出した。


急ぎ足で宿舎の外に出ると既に出ていた慶太とバーンズがなにやら荷物を詰め込んでいる。


「秦、すまないがすぐに出発だっ! 必要な物だけ詰めっ!」

 

予想はしていたが慌ただしい出発だ。共に過ごした仲間と送別会はおろか、さよならの一言も告げられない。バーンズにもう一つの荷物を訪ねたかったが、どうもそれを尋ねられる雰囲気ではなさそうだ。


 秦は「了解しました」と言い、バーンズが積み込んでいる荷物に手を貸した。



― ― ― ― ― ― ―



 乗り込んで走り出した車内で初老の男が自己紹介する。志摩と名乗り、依頼主のヤダナギコーポレーションの社員で、今回の護衛対象の付き人だそうだ。志摩は続けてすぐに急に呼び出した非礼を詫びて車を発進させる。


秦と慶太はバーンズが用意した装備に着替えた。バーンズ曰く、既に依頼主から届いたものらしい。カーボンナノチューブ製の防弾ジャケット、ホルスター、イヤーインカム。今までの訓練で使ってきたものだ。ホルスターに収まっているピストルはボディガード.380(※1)だ。ずっしりと重い。既に実弾が装填されているようだ。


 バーンズがまたA4紙の束を二人に手渡す。依頼主に関する書類に目を通す。

 

「谷田凪瑠璃。十七歳、女性。日本のハイスクールに通う。趣味はテニスで……」


 しばらく黙読していた秦がうんざりした様子で書類から目を離す。


「まるで履歴書だぜ。こんなもの、役に立つのか」


「秦の言う通りだ。生活スタイルも漠然としているし、情報としてかなり不足している。実際に会って、確認してみないと分からない事ばかりです」

 

 慶太も同調する。秦、と呼び捨てにされてムッとした。言い返してやろうとしたが、すぐにバーンズの言葉に遮られた。


「残念ながらミーティングの時間もディスカッションもない。クライアントの依頼は接触したその時から護衛の開始だ。覚悟しておけ」


「申し訳ございません。こちらとしても急な手配でありまして……。一刻も早く帰国せねばならないのです」

 

 志摩の言葉の後に一呼吸置き、バーンズはんんっと喉を鳴らす。

 

「しかしミスター志摩、どうしても納得できません。正式な書類などは預かりましたが、公的手続きや装備の対応はまるで最初から…」


志摩が肩身を狭そうにしているのに気付く。慌てて咳払いをする。


「これは失礼」


 志摩は「いえ、こちらこそ申し訳ございません」と再度謝罪の言葉を述べる。どうにも腰の低い志摩の対応は苦手なバーンズ。気を取り直して、後部座席の二人に親指をクイッと上げる。


「前のシートの引き出しを開けろ」


 二人同時にシート裏側のボックスを開ける。そこには紙切れが出てきた。一見して、何かの領収書のような紙だ。


「お前らの部屋の私物の移転先だ。急だったので悪いが、漁らせて貰った。もちろん、法的手続きはさせて貰ったよ。ま、クライアント側の協力もあってだが」


 バーンズが冗談交じりに言う。はぁ、と秦が呆れたような溜息を吐く。


「まるで夜逃げみたいだな」

 

「申し訳ございません波喜名様」

 

 また謝る志摩。志摩の低姿勢は見習うべきかな、と秦は考える。

 

「いいか、依頼主と会えばすぐに実戦だ。俺が教えた教訓は――」


「その一、『訓練は実戦の様に、実戦は訓練のように』、でしょ?」


 ポケットから取り出した手鏡を見つめながら秦は答える。


「そうだ秦。それに――」


「『常に注意を怠るな。敵は自分が思う以上に身近な所に存在する』、だ」


 秦の回答にバーンズが「うむ」と呟く。すかさず慶太が突っ込む。


「ところで、その髪型と香水はなんだ?」


 髪型をヘアワックスでばっちり決め、コロンを身に纏い、まるでプロムに行くかのように決め込んだ秦の出で立ち。思わずバーンズも覗き込む。


「初めての依頼主に失礼があってはいけないだろ? 身だしなみは基本だ」


 ニカリと笑う秦に、呆れた顔を浮かべて顔を背ける慶太。


「まったく……」


 バーンズは後部座席の二人を見て改めて思う。依頼主は本当に、なんで秦と慶太を選んだのだろうか、と。


※1ボディガード.380……S&W社製の護身用やサイドアームを用途に設計された小型ピストル。装弾数は6+1で、.380ACP弾を使用する。

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