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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第四章・アマレット
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17.Y.C.T.Fとの接触

 夜。

 市場で簡単な食事を済まし、秦と慶太は夜を待ってタクシーでタイランド湾に面する海岸沿いのベセットという町の埠頭へと向かう。

 空港の時と同様にチップを弾むとタクシーの運転手は上機嫌でタクシーを走り出した。


 二時間走り、二人はベセットの町はずれの埠頭で降りた。その頃には月が高く登り、月明りが煌々と夜を照らしている。

 タクシーを降りる際に運転手は上機嫌でいう。


「ここには何もないよ!若い女の子と遊ぶんならもっと町に行かないとっ!」


 それだけ言い残してタクシーは走り出す。二人で顔を見合し、やれやれと言った手ぶりを見せる。

 埠頭を歩き、倉庫がいくつか並んでいる港へ辿り着いた。遠くから詰め所を覗くが、巡回中なのだろうか?人の気配はない。


 二人は周囲を警戒しながら誰もいない詰め所の横を通り、静かに倉庫に向かっていく。

 倉庫の周囲には街灯のような明かりが灯っているだけで、人の気配は見当たらない。


 ここに来た理由は、当然今日買った商品の受け渡しがあるからだ。約束した場所は三番倉庫だ。二人は人目や明かりを避け、倉庫の前まで辿り着く。

 メイン入り口である大きなアルミシャッターは閉ざされており、二人は裏口へ回る。


 慶太が裏口の扉を見つけ、ゆっくりとドアノブを回す。どうやら、鍵は掛かっていないようだ。

 ふと、秦は後ろを振り返り、静かに漂うタイランド湾を見渡す。

 夜の海はどこか恐ろしげものを感じる。見惚れていると肉体と一緒に、魂も引きずり込まれそうだ。


「秦」


 慶太の呼びかけに気付き、視線を戻して倉庫の中に忍び込む。

 明かりのない倉庫は真っ暗で、開けた扉から漏れる月明りだけが頼りだった。


「慶太…」


「あぁ…」


 二人は周囲の不穏な空気に気付いた。肌に張り付くような気持ちの悪い空気は、気候の暖かさではない。

 神経を尖らせ、懐に手を伸ばす。


 それと同時にいくつものフラッシュライトが周囲から浴びせられる。思わず目がくらみ、身動きが取れなかった。

 ライトの数からして人数は15~20人ほど。積まれたコンテナの影や倉庫上部の連絡橋にも銃口は見える。


 秦と慶太は懐の拳銃に手を伸ばそうとしたが、ピクリと動く度に突き付けられた銃口が反応する。


「クソ、待ち伏せされてたのか…」


 しばらく周囲を睨みつけていた二人だが、ふと違和感を覚える。

 誰も発砲したり、拘束しようとしない。強いて言えば、敵意を感じられないのだ。

 やがて一人の兵士が近寄り、二人を交互に見据える。


「あなた達が噂のボディガードチルドレンね」


 黒いミリタリーヘルメットを被り、フェイスマスク越しに声を掛けてくる。女の声だ。それも若い女だ。

 女は右手を上げ、周囲の兵士たちに銃口を収めるように促す。それを合図に周囲の銃口が降りる。


「私はYadanagi(ヤダナギ) Company(カンパニー) Tactical(タクティカル) Force(フォース)の人間よ。ヤダナギコーポレーションの私設部隊と言えば、分かるかしら?」


 その言葉でピンときた。彼らは裕子が言っていた英造直属の特務部隊だ。

 また薄暗い明かりが広がり、目が慣れ始める。周囲の人間たちが同じ迷彩服とコンバットベストに身を包んでいるのがわかった。


 手にはH&K G36アサルトライフルやM4系統のカービンライフルが握られている。彼らは、兵士というよりは隊員という奴だ。


「正直、こういう会話を私は望まない。けど、これは上からの命令によって話している。あなた達はこの件に一切関与する事を許さないわ」


 この件とは瑠璃のことだろう。女の冷たい声は、まさに歴戦をくぐり抜けて者が出せる声だ。


「互いに協力するという手はないのか?」


 秦の問いかけに女は首を小さく横に振る。


「ないわ。はっきり言うわ。邪魔よ、帰りなさい」


 凄みのある台詞を飛ばす。周囲の隊員たちも同じ考えらしく、マスクから見える瞳は厳しく、そして冷たい。

 どうやら、それだけの経験を積んできたからであろう。それでも秦は食い下がらなかった。


「なあ、なんであんた達だけが正しいと思う?俺達だって、それなりの情報を手に入れて動いているんだ」


「私達の情報は確か。それだけ」


 もう少し言いたげな秦を女はきっぱりと切り捨てる。すぐに女は続ける。


「あなた達がどれ程の実力を持っているかは知らないわ。けど、今ここでは私達の方が確実に上。それを証明しているのは、あの娘がこうして誘拐されてしまったという事実」


 挑発的な言葉だ。だが、言い返すことができない。

 秦は思わず拳を握り、キッと女を睨み付ける。その反応を見た女はさらに挑発する。


「あなた達は警護に失敗した。これから先、同じように失敗しないという保証は?」


 秦は下唇を噛んだ。悔しい。だがこの女の言う通りだ。人数も装備も、戦闘経験だってこいつらのが上だ。秦がそう思っている時、慶太が小さく溜息を吐いた。


「俺達には失敗が伴う。だが、それは行動あっての事だ」


 女はすぐに慶太に目を向ける。


「確かに失敗した。それは真の失敗ではない」


 女は慶太に近寄り、顎を持ち上げて舐め回すようにじっくりと顔を見つめる。


「あなた……どこかで…」


 女の行動に思わず秦が身を乗り出す。すぐに隊員たちの銃口が上がり、秦に向けられる。

 慶太の顎から手を離し、再度手を挙げて制止させる。


「なあ、あんた。偉そうなこと言ってるけど、あんたらは失敗しないっていうのか?どこのタクティカルフォースだか誰だか知らないけど、あんたにそんな事言われる筋合いはないんだよっ!」


 秦が唾を飛ばしながら怒鳴る。

 そこで女はヘルメットを外し、フェイスマスクを脱いだ。


 フェイスマスクの中に納まっていた髪を振り乱し、露わになった顔を見て、秦と慶太は驚愕した。


「私はエル・ミカエラ。フルネームはエル・コイズミ・ミカエラよ」


 瑠璃に似ていた。その目元や頬の形。名前からして間違いなく瑠璃の近親者だろう。

 二人に見せつけるように交互に見た後、エルはすぐにフェイスマスクとヘルメットをかぶり直す。


「あなた達には救出できない。私達がやる」


 エルは二人に背を向け、少し声を張って「撤収っ!」と叫んだ。

 隊員たちは銃を降ろし、睨み付ける様に二人を一瞥した後、エルに続いて倉庫を後にしていく。鮮やかな撤退だった。


 音もたてずに出て行った彼らを見送った秦と慶太は、その場からすぐに動けずにいた。

 この時秦はエルが素顔見せた時の慶太の顔を振り返る。

 慶太の驚きは別にあるような気がしていたからだ。


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