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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第四章・アマレット
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9.敗者の夜

 同時刻・さくらえんの寮。


 その日、荷物をまとめた秦はまともに眠ることが出来ずに真っ暗な自室に寝転がっていた。

 頭の中では今日の失敗ばかりが過ぎる。もしもあの時……。なんて、意味のない事だと分かっているが、それでも思考が止むことはない。


 寝返りを打ち、隣を見る。

 慶太はいない。その代わりに自分の置いたケータイが見える。ケータイに着信はない。


 しばらく目を瞑ったが、眠れるわけもない秦は身体を起こした。

 廊下に出ると、美咲の部屋から明かりが漏れている。秦はそっと、足音を立てぬようにゆっくりと美咲の部屋のドアを開ける。


 散らかった部屋の真ん中で、健太が立ち尽くしていた。秦の気配に気付き、ゆっくりと振り返る。


「美咲姉ちゃん。帰って来ないね」


 その瞳はどこか虚ろで、秦の胸の中がヒシヒシを痛む。


 しばらく考えたが、掛けるべき言葉が見つからず、ただ「悪い……」と呟き、ゆっくりと扉を閉めた。

 胸の奥がズキズキと痛む。後悔と悔しさがずっと肩にのしかかり、それが身体全体に伝わって、胸を痛めるのがわかる。


 廊下に出ると、そのままゆっくりと階段を降りる。

 玄関を通り過ぎ、リビングのドアの前に立つ。ドアのすりガラスの向こうから明かりが漏れ、秦はそっとすりガラス越しにリビングを覗く。


 リビングには慶太がいた。椅子に座ってテーブルに腕を組んで向かい合い、テーブルの上にはケータイが置いてある。

 慶太は俯いており、どうやら眠ってしまったようだ。


 中に入って、何か身体にかけてやろうか悩んだが、結局秦はリビングの中に入る事は出来なかった。

 秦は胸の中で煮え切れぬ思いを抱えたまま、また自室へと戻る。

 硬いフローリングの上に転がり、真っ暗な天井を見つめる。


(クソッ)


 何度もついた悪態。

 結局、秦は一睡もできないまま朝を迎える事になった。



― ― ― ―



 時刻は24時を回ろうとしている。

 身体に疲れを覚えながら、あきと国原が署に戻り、捜査一課のオフィスに戻ると、きっぱりとスーツを決めた男が出迎えた。あきと殆ど年齢が変わらぬほどで、鼻の筋の通った顔立ちのよい眼鏡を掛けた青年。


「遅くまでご苦労様です。相沢警部補、国原刑事」


 きちんとお辞儀する男に軽く頭を下げる二人。男は潔癖的なほど背筋を伸ばし、綺麗なスーツで二人の前に立つ。


「失礼ですが、あなたは?」


「これは失礼しました。私は県警本部の日下部(くさかべ)と申します。今回の一件を担当する捜査官の一人です」


 日下部は眼鏡を向こうから鋭い眼光で二人を見る。


「捜査官?」


 あきが怪訝な声を上げると、隣の国原があきを制止するように一歩出る。


「先ほど連絡を頂きました。よろしくお願いします」


 思わず国原の背中を見るあき。国原は肩越しにあきを見る。


「今回の事件は所轄ではなく、県警本部の指揮に入ったんだ。なんせ、今回の誘拐が営利目的で、他県にまで犯人が移動しているからな」


 納得できないが、あきは引き下がった。

 日下部は二人の様子を見ると続ける。


「これから本部で合同の捜査会議が行われます。ある程度の資料は頂いたのですが、もう少し情報が欲しいのです。そこで、初動捜査を行ったお二人の知っている情報を教えてほしいのですが、よろしいですよね?」


 国原は静かに頷く。

 あきは割り切れない気持ちを抱えたまま、国原と同じように頷いた。



― ― ― ―



 日下部への報告を上げ、二人は真っ暗な喫煙所へ向かう。喫煙所に着くと煙草を咥え、火を付ける国原。

 あきは近くの壁に背中を預け、納得できない顔で闇に満ちた反対側の壁を睨む。


 しばらく黙って煙草を吸っていた国原がいう。


「恐らく、あの男は県警の人間じゃあねぇ」


 思わず国原に顔を向けるあき。国原は続ける。


「あの男は公安だ」


「なぜ、わかるのです?」


 国原は先端に溜まった灰を指先で灰皿に落とす。


「色々と思う節があるが、この一言に尽きる。俺の長年の勘だ」


 国原は考える。日下部という男の言動や振る舞い、そしてその雰囲気。言葉では言い表せないが、同業者の雰囲気ではないとわかる。


「しかし公安が、どうしてここまで?」


 公安といえば警察の中のエリートだ。その捜査事情はあきたち所轄の警察官には当然知らされない。

 国原は首を横に振る。


「それは俺も想像できない。だが……」


 国原は短くなった煙草を灰皿に押し付けてもみ消す。短く先端が潰れた吸い殻を灰皿に残す。


「この事件、恐らく俺達が想像する以上に厄介だぞ」


 国原の言葉に、あきは気が滅入った。

 秦と慶太に約束した、あの時の自分を思い出す。


 諦めたくはないが、あきは自分の無力さを憎んだ。

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