7.宿舎
ボディガード・チルドレン・学生宿舎
ボディガード・チルドレンの宿舎は中等部・高等部で分かれておらず、入学した生徒の順によって分かれている。年上も年下もほぼ関係ない。それでも、部屋の割り当てはなるべく年齢の近い者同士で組まれるのだが。
八期生にあたる秦は、八期生が生活する部屋に戻るのだ。先にいた慶太は九期生にあたり、部屋も階数も違うので幸いにも顔合わせずに済む。
宿舎のエントランスに入るなり秦はげんなりした。エントランスでは先に戻っていた慶太には数人の人だかりが出来ており、歓声が固まりとなって秦の方に飛んでくる。
「すげぇな慶太、お前のスコアは誰も追い付けないぜっ!」
「あの波喜名先輩のスコアと並んだったってなっ!?」
肝心の慶太はすました顔で、眉ひとつも動かさずに「あぁ」とか「まぁな」と返す。その態度に秦は腹が立ち、なるべく視界に入らない様に遠回りして歩く。まるで負け犬のような気分だ。
彼らに気付かれない様に横を通り過ぎ、階段を上がって自室のある四階に勇み足で進んでいく。廊下を通ると各部屋からはカリキュラムを終えたスクール生たちの談笑する声が響いている。BGC生に与えられる部屋はどれも四人部屋で、ほとんどの生徒たちは仲睦まじく学校生活を送っている。彼らが作るBGMをバックに、自室のドアを開ける。
ドアを開けた途端、同じ八期生で室長のタキオ・ガプランがドアの前で待ち構えていた。日系二世で、身長が190センチのいかつい男が、目と鼻で聳え立つのはとても重圧感を覚える。
「よう、秦」
むっちりとした筋肉質の両腕を組み、ドスの聞いた声音でニカリと笑い掛けてくる。秦は思わずたじろく。
「おうよ」
「自習室に居ないと思ったら射撃場に行ったんだってな?」
「……そうだけど」
バツが少し悪そうになった秦に、タキオは首に腕を絡ませて大声で笑いあげた。
「水くせぇなぁ秦っ! お前、横山慶太と最高スコア叩き出したんだってなぁ!」
「な、なぁ……」
「おい、お前ら聞けっ! 今年の八期生には最高のガンマンが誕生したぞっ! キアヌ・リーヴスだって真っ青だっ!」
困惑する秦など気にもせず、タキオが声を張り上げる。二段ベッドに居たチャン・フェオと加瀬良太も顔を上げ、呼応するように大声ではしゃぐ。
「よっしゃあっ! さすがは我らが五号室の同志ダっ!」とチャン。
「これで五号室は誰にも負けない最強のチームだっ!」と良太。
ベッドを抜け出した二人はタキオに混じり、秦の肩を組んで両腕を上げてはしゃぐ。照れ臭さはあったものの、秦もすぐに皆に混じって頬を綻ばせる。するとドアがガチャリと開いた。隣室の騒ぎを聞きつけた四号室のヒロキ・ライーバ・タナカだ。
「なんだ秦、お前だけズルいじゃあねーかっ!? 俺もその瞬間を見たかったぜっ!」
次々にわいわいと廊下から他の八期生の声が聞こえると、ヒロキが大声を上げる。
「お前ら聞いたかっ!? 我らが特攻隊長の秦が十メートルシューターで最高得点を出したんだっ!」
廊下からはどよめきが上がる。
「本当か、秦っ!?」
「本当ですよ! 僕らの前で出したんですよっ!? すごかったですよ!?」
知らぬ高等生も知ってる中等生もはしゃぐ。すぐにタキオが声を張り上げる。
「おい、お前らっ! 今すぐ購買に行くぞっ! 今日は宴といこうじゃねーかっ!!」
秦の制止など聞かずに皆がタキオの声に同調し、各自急いで部屋に戻って自らの財布を探しに行く。ドタバタと廊下を駆ける音を聞きながら、部屋に一人取り残された秦は「やれやれ」とまんざらでもない呆れた笑みをこぼす。
― ― ― ― ― ― ―
十二畳もある部屋には十二人の八期生の溜り場となった。床にはスナック菓子やジュースのボトルが転がり、皆がベッドの上や地べたに胡坐をかいて秦の話に耳を傾けている。
ひと月に一度はこの様な集会がある。集まる理由はなんだっていいのだ。同期生がしくじって慰める時。誰かが訓練で大成功した時。誕生日の日も。ある時は八期生の誰かの両親が大量の仕送りを持って訪ねた時もあった。
秦はバーンズに呼び出された事を皆に聞かせた。あらかた喋り終えるとすぐにタキオが口を開く。
「つまり、卒業プログラム前にすでに卒業決定と」
購買で買ってきたポテトチップスを頬張りながら訪ねる。秦が頷くとあはは、とまた高笑いした。
「こりゃあいいっ! 落第生だったお前が試験前に既に内定を貰えるだなんてな!」
「なっ!? その言い方はねーだろっ!」
がなる秦の前に人差し指を立てて制止させるタキオ。
「まぁ聞けって。去年、卒業プログラムを落ちて俺達と同じ八期生になった時は驚いたが、俺達は秦が大好きなんだ」
言い切るとまたははは、と笑う。タキオがよく笑う男だ。だからこそ、秦はタキオのことを気に入ってるのだ。
「本当にそうだよ。でも、残念だなぁ。せっかくいいチームワークを手に入れたのに」
良太が少し残念そうに言う。次にチャンが口を開く。
「そうだナ。それに、まさかお前のバディがあの慶太だっていうのは驚きだ」
横山慶太。
この学校でその名前を知らない者はいない。常に成績優秀で教官からも一目置かれる。だがそれを鼻にかける事もなく常にクールに振舞っている。誰ともつるむことなく、女子生の目も、嬌声も気にしない。まるで人間の形をした機械のようだ。
当然であるが、再三の勝負を仕掛けている秦は慶太のことをあまり心から好きになれないのだが。
「そこなんだよなぁ。俺もいい条件だとは思うけど、あいつと一緒ってのは気が乗らない」
冷たいコーラを一口飲み、はぁと小さく溜息を吐く。秦の言葉に頷くのは中等生の康夫だ。
「気持ちはわかりますよ。あいつの強さは桁違いですし。それに、必要な事以外は喋らないから、何を考えてるか分からなくて怖いです」
あっでも、とすぐに付け加える。
「あいつが喋るのは秦先輩の時ぐらいっすよ」
言い終わると笑う康夫。そんな様子を見たチャンが悪戯な笑みを浮かべる。
「もしかすると、慶太はお前の事が好きなのかもな」
「よせよ、気持ち悪い」
本気で嫌がる顔をする秦。タキオもチャンに乗っかる。
「なるほどなぁ。それでお前もわざわざ中等生の訓練に出向いたわけか」
部屋の皆が囃し立てる。秦は「やめろやめろっ!」と苦笑いを浮かべながら皆に制止する。
皆はそのまま楽しげに夜も遅くまで皆は笑い合い、くだらない話に花を咲かせた。
秦は談笑しながら思う。
こんなバカな話ももう出来なくなる。この案件に乗ると決めた以上、誰よりも先に自分はここを離れてしまうのだ。そしてここにいる全員も、卒業試験を終えたら居なくなってしまう。
だが、今はこの楽しさに酔いしれよう。そう思いながら、馬鹿な話ばかりしてるタキオの言葉に耳を傾ける。