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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第四章・アマレット
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8.難航する捜査

 同時刻。


 ボーッというあまり馴染みのない船の汽笛の音で瑠璃は目が覚めた。上体を起こすと同時に頭に鈍い痛みが走る。


 最後に残っている光景は車に連れ込まれ、刺激の強い薬を含んだ布を口元に当てられたのを覚えている。その薬のせいだろうか?

 まだ霞む視界で周囲を見回す。足元には藁がまんべんなく敷かれ、すぐ隣には美咲が意識を失って倒れていた。

 

「美咲っ!」

 

 身体を揺すって起こす。美咲は「んん…」と小さく声を上げてゆっくりと瞼を開ける。よかった。

安堵するのも束の間、すぐに自分たちが鉄格子に囲われているのに気付いた。どうやら檻のようだ。


 瑠璃は立ち上がり、鉄格子へと近寄る。鉄格子の向こうにはいくつもコンテナが積まれ、上を見上げれば緑色の鉄の天井が見える。


 タンカーのような船の中だろうか?周囲から日本語でも英語でもない言葉が飛び交っている。だが、人の姿は見えない。


「お目覚めのようだね」


 背後から声が聞こえる。振り返ると、反対側の鉄格子の向こうに男が立っている。


「残念だよ。君の所の護衛人にお願いしたんだけど、生憎断られてしまってね。手荒な真似をしたくなかったが、こうする以外に手がなかったんだ」


 白いスーツに恵比須顔の男が取り繕ったような残念そうな顔を浮かべている。ブランドに疎い瑠璃でも、着ているそのスーツが安物でないことは人目で分かる。

 瑠璃は足元の藁を掻き分けるようにゆっくりと男の前まで歩く。


「あなたは誰?なんの目的で私たちにこんなことをするの?」


 瑠璃は強気だった。先の襲撃で真っ先に怒りの感情が先走る。


「私?私はレイブンと名乗っておきましょう。ひどい所で申し訳ないが、君が手を貸してくれるなら、すぐにここから出してあげられるんだがねぇ……」


「慶太くんにあんなことをしておいて、素直に手を貸すと思ってるの?」


 瑠璃の目にはしっかり焼き付いている。動けない慶太にスタンガンを浴びせ、暴行を加えたあの瞬間。覚醒したばかりでも、瑠璃の中には怒りが燃えるようにさらに湧き上がる。

 レイブンは手を胸の前にあげ、まあまあという手ぶりを見せる。


「だから、こうして謝ろうと思ったんだ。それに大丈夫、その横山くんにも、波喜名くんにも命を取るような真似はしてないから」


「秦くんにも何かしたのね?」


 背後で寝惚け眼で理解出来てない美咲が周囲を見回している。そんな事を尻目にレイブンを睨み付ける。


「彼はちょっと事故を起こしただけだ。それに、バイクが壊れただけで、彼は大きなけがはしてないみたいだよ」


 その言葉にさらに瑠璃は怒りに震えた。


「ふざけないで!そこまでして、私に何をして欲しいの?あなた、最低よっ!」


 瑠璃が力いっぱい怒鳴る。その瑠璃の声に周囲で聞こえていた話し声が一瞬止んだ。


「おぉ……。これはこれは。今はとても話が出来る状態じゃなさそうだね。ひとまず、君が落ち着くのを待つよ」


 わざとおっかなそうな顔を浮かべ、レイブンはコンテナの影へと去って行った。

 しばらくしてまた周囲のざわめきが聞こえ始める。鉄格子の向こうを見回すが、人影は見えない。


「瑠璃姉……ここ、どこ?」


 振り返ると、美咲が青ざめた顔を向けている。

 瑠璃はすぐにかぶりを振った。


「わからない」


「わからないって……。ここ、多分だけど船の中だよね?私達、どこに連れてかれるの?」


 瑠璃はそっと美咲の手を握り、身を寄せ合うように藁に腰掛ける。


「私にもさっぱりわからない。でもこうなったのはきっと……私のせい」


「やだよ……謝んないでよ。そんなこと言われても、私怖いじゃん……」


 美咲の目が涙で滲む。瑠璃はそっと美咲の頭を撫でるように抱える。

 周囲を見回しながら、頭の中で秦と慶太のことを思う。


 大丈夫、あの二人ならきっと……




 ― ― ― ―



 その日の夜。新潟県の県境の雑木林にて


「やられたわね……」


 鬱蒼と雑木林は夜の闇と相まって、不気味な雰囲気を漂わせている。

 街灯もない林道で、あきは深いため息をついた。


 林道の少し開けた所には、乗り捨てられた二台の車が放置されていた。一台は慶太が目撃した誘拐に使われたSUV。もう一台は秦を跳ねたフロントが大きく凹んだグレーのセダン車だ。車内には人っ子一人もいない。


 周囲では駆け付けた警察車両が、鬱蒼とした木々を赤色灯で照らし、警察官たちが慌ただしく動いている。


「エンジンが止まってからだいぶ時間が経っています」


 近くの刑事がボンネットに手を当てながらいう。あきがSUVの車内を懐中電灯で照らすと、後部座席のシートに二台のケータイが転がっているのに気付いた。

 白い手袋をはめた手でドアを開け、そのケータイを近くで見つめる。恐らく、被害者二人のケータイだろう。


「あき、鑑識が来るまでは不用意に触るな」


 背後から国原がいう。あきは振り返り、国原に頷いた。


「しかし、予想していたとはいえ、替えの車を準備していたとはな」


 国原は足元の地面を懐中電灯で照らしながらいう。照らし出された地面には二台分の車の轍が残されている。


「他の県警の協力が必要だが、こいつらの足運びは早すぎる」


 あきの顔に焦りが滲み出る。

 くそ、私は約束したのに。署で秦と慶太に啖呵を切ったのに、まだここまでしか捜査が及ばないとは……。歯痒い思いがあきの肩を怒らせる。


 そんな思いを抑え込んでいるあきの隣で国原のケータイが鳴り出した。国原は懐中電灯を脇に挟み、ケータイを取り出して耳に当てる。


「はい、国原です。ええ……はい……」


 国原の表情が険しくなる。しばらく返事だけの通話が続く。

 しばらくして「わかりました」と告げてケータイの通話を切ると、苦い顔を浮かべた。


「あき、悪い話は続くもんだ。一度署に戻るぞ」


 国原が告げると、スタスタと車に向かって歩いて行く。肩を怒らせて歩く国原に、あきは嫌な予感しかしなかった。

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