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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第四章・アマレット
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7.焦燥と後悔の中で

 いつかの簡易取調室に二人はまた入らされた。


 あきの横には国原も座り、二人の言葉に耳を傾け、調書に書き込んでいく。

 レイブンという男からの電話、そしてレイブンが英造の資金を狙っている事。そして襲撃を決行し瑠璃と美咲を誘拐したこと。隠し金、というのは伏せた。さすがに依頼主の薄暗い所に触れるのは不味いからだ。


 国原は両手を頭に回し、ただ黙って二人の話を聞いていた。

 あらかた話を聞き終わると、あきはペンを机に置いて両肘をつき、手の上に顎を乗せていう。


「わかったわ。どうやら組織的な営利目的の犯罪ね。いい?ここからは警察の仕事だから。私達に任せて頂戴」


 あきの鋭い視線に二人は黙って力なく頷いた。今はそうするしかない。

 その時、一人の刑事がドアを開けて入るなり、あきと国原に声を掛けた。


「お二人とも、ちょっとよろしいですか?」


 刑事は秦と慶太に聞こえない様に耳打ちする。

 あきは何か一言二言告げ、国原と顔を見合わせると、静かに頷く。


「私達はこれから早速捜査に向かうわ。いい、公平無私出来ないあなたたちは何もせずに家に戻りなさい」


 秦と慶太は歯がゆい顔で静かに頷いた。悔しいが、今は何もできない。そんな無力な自分がひどく憎かった。

 あきと国原は先ほどまで書いていた書類をまとめ、静かに立ち上がる。

 部屋を去り際、あきは二人に振り返る。


「……でも約束するわ。私達が絶対にあの子達を見つけるから」


 あきの目は決心に燃えていた。この時ばかりはあきが頼もしく思えた。だが、そう思うほどじっとしている自分に嫌悪感を抱く。秦は机の下で握りこぶしを作り、震わせていた。

 あきが出ていくと、今度は国原が振り返る。

 

「君たちには悪いが、あいつの言う通りだ。俺達が捜査する。何かあれば、すぐに連絡をいれる」


 そう告げた国原もあきの後に出ていく。

 すぐに制服を着た警官がやってきて、二人に取り調べ室を出るように促した。


― ― ― ―


 警察官の運転するパトカーに乗せられ、二人は桜陽島へ戻った。秦としては、戻りたくなかった。

 寮の前で降ろされると警察官に礼を言い、重い足取りでさくらえんの寮に入る。


「ただいま」も聞こえない玄関は空気が重かった。二人は無言のままリビングに入る。

 リビングには健太と先に調書が終わっていた裕子がいた。裕子の頬や額にも大きな絆創膏が張られている。思わず秦は顔を逸らした。


「八木さん…」


「私への謝罪は不要です。この件は、起こるべくして起きたのです。これは、私達の失敗です」


 失敗。その言葉は秦に重くのしかかる。

 秦は下唇を血が出るほど噛み締める。そんな二人を心配そうに見つめる健太がいう。


「ねえ、お姉ちゃんたちは……?」


 秦は何も答える事が出来ず、唇を噛んで俯くばかりだった。慶太も視線を斜め下に逸らし、小さく首を横に振った。


「そんな……」


 健太の絶望する声が漏れる。


「ごめん…」と秦。


「謝らないでよ……。二人なら、お姉ちゃんたちを助けられるでしょ?」


 縋るような声で健太はいう。秦は悔しさで身体を震わせる。

 そんな二人の姿を見ても、裕子は表情を変えずにいう。


「こんなお話をするのは申し訳ありませんが……この件は報告させて頂きました。そして会社側から返事がありました。現時点で、あなた達をBGC協会へ戻すようにとのことです」


 その言葉に秦はハッとし、裕子を睨み付ける。


「何もできないまま……帰れっていうのか…?」


 秦が握り拳をワナワナと震わせる。裕子は静かに頷く。

 今にも飛び掛かりそうな秦の肩に、慶太がポン、と手を置いた。


「秦、堪えろ。俺達は護衛するのが任務だ。それが出来なかった俺達は、失敗したんだ」


 その言葉にカッとなり、慶太の胸倉を力任せに掴む。そのままリビングの壁に慶太の背中を押し付ける。


「てめぇ、悔しくねぇのかよっ!?あんっ!?」


 慶太は抵抗しない。秦は唾を飛ばしながらさらに怒鳴り続ける。


「このまま、黙って帰れって言われてんだぞっ!?ふざけんなっ!」


 思わず健太が制止しようと二人に近寄った。秦の目は怒りで血走っている。だが慶太は決して秦から目を逸らさなかった。慶太は唇をゆっくりと開ける。


「俺は、お前を責めたりはしない。だから、俺は自分を責めている。もっと早くにこの事態を予期出来たら、こんな事にはならなかったっ!」


 最後の方はほぼ怒りに震えた声音だった。秦はそこで気付いた。

 慶太の目は、秦以上に悔しさに満ちていたこと。それは、プライドとかではない。瑠璃を奪われた失意と自己嫌悪の念が滲み出ていたからだ。


 しばらくして、掴んでいた胸倉を離し、また秦は俯いた。


「悪かった…」


 ぼそりと呟く。慶太はしばらく秦を見た後、同じように視線を逸らして俯く。


「お前のせいじゃない。だから、俺達のせいだ」


 慰めているのだろう。だが、今の秦には励みにもならなかった。

 何度も後悔する。あの時、レイブンの誘いにさえ乗らなければこんなことにならなかった。

 二人が落ち着いたのを見た裕子は再度、口を開く。


「これから新しい車を準備します。出来次第、すぐに出発します。学校などの手続きは、私に任されておりますので、ご心配なく」


 裕子の言葉に二人は黙ったままだ。次に健太に向き直る。


「そして萩原さん。あなたの世話は私の方が致します。しばらくは、西野さんのご助力と私で担当するように手配しますので」


 健太は黙って頷いた後、秦と慶太を交互に見た。ずっと俯いたままの二人に健太は失望したかのように涙を滲ませて、振り切るように二階に駆け出していく。


「それでは、私は一度会社に戻ります。また迎えに来ますので、それまでに準備をお願いします」


 抑揚のない声でいう裕子。だが、その声にどこか怒りのような感情が混ざっている気がした。

 二人は小さく「はい」と返事した。裕子は「では」と声を掛けるとそのままリビングを通り過ぎ、玄関を開けて出て行った。


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