6.二人の敗北
バイクに跨ったまま電話をしていた秦は、通話口から聞こえた金属がひしゃげたような音と悲鳴に、慶太たちが襲撃されたとすぐに察した。
「慶太? 慶太、返事しろっ!?」
声を荒げてケータイに呼びかけるが返事はない。
応答がなくなったケータイをすぐにしまい、秦はすぐにキックスターターを押し蹴り、エンジンを掛ける。
ギアを入れるなり、アクセルを回し込んで道路へと飛び出す。
(クソっ!)
つい先ほどまで話していたレイブンを思い出す。奴は交渉しに来たわけじゃない。瑠璃ちゃんから俺を遠ざける為に呼び出したのだ。
アクセルを回しぬき、メーターいっぱいに加速させる。
周囲の風景が一瞬で過ぎ去っていく中、秦は思考する。
(何が「俺を信じろ」だ、クソッ!)
昨日の驕っていた自分を呪う。慶太の言う通りだ。何度も何度も自分を責める。
しばらく自分を罵った後、思考を切り替える。そうだ、訓練を思い出せ。今は後悔しても仕方ない。敵がどう動くか。敵自身になって考えろ。
秦はアクセルを最大限に振り絞り、法定速度で走る車を追い抜いて行く。危険なのは承知だ。だが、今は法定速度など守っていられない。
バイクは二つほどカーブを曲がり、信号のある交差点に差し掛かった
その時こちらが青信号にも関わらず、左から4tトラックが飛び出してきた。それがすぐにレイブンの仕組んだ罠だと理解した。
(やはりかっ!)
トラックの運転席はカーテンが掛かって見えない。トラックを避ける為に秦は少しアクセルを緩めた。
交差点を塞ぐようにトラックがゆっくりと停止し始める。
トラックの少し手前で、車体を右に傾け、歩道へ乗り上げる。
誰もいない歩道を転落防止用のガードレールすれすれに車体を走らせる。
トラックを回避した秦はすぐに車道に戻すように左に倒す。タイヤがギャギャと甲高い悲鳴を上げながらバイクは車道を突き進む。
「クソ、やっぱ……」
ルームミラー越しにトラックを確認する。トラックは追ってはこないようだ。
だがミラーから目を離し、正面に目を向けたその瞬間、目の前に走行車線を逆走するグレーのセダン車が現れた。
トラックに気を取られていて、反応が遅れる。
(しまったっ!)
片側一車線で途切れる事のないガードレールが続いている。もう逃げ場はない。もう目の前にはセダンのフロントが迫る。
咄嗟にバイクのハンドルを横に切り、セダンのフロントに車体と身体が横に向くように急ブレーキを掛ける。
ぶつかる瞬間にハンドルから手を離し、遠心力によって身体が宙を舞う。
秦の身体は突っ込んできたセダン車のフロントガラスにぶつかり、そのまま天井を転がり、トランクに落ちて地面に叩きつけられた。
ライダーのいなくなったバイクはセダンに跳ねられ、その勢いで路肩のガードレールに放り投げられるように転がった。セダンは停まる事もなく、そのまま走り去っていった。
全身を強く打ったせいでしばらく身動きが取れなかった秦だが、痛みから覚醒するとゆっくりと立ち上がる。
(二段階構えかよ……っ!)
レザージャンパーに突き刺さったガラス片を払う。ぶつかる直前にバイクから離れたおかげで、足が挟まれて骨折しなかったのが幸いだ。
秦はそのまま何もできず、セダンとトラックが走り去っていった方向を睨み付けるだけだった。
― ― ― ― ―
新潟新中央署
それから後続車のドライバーに発見され、通報を受けて駆け付けた警官に保護された秦が、新中央署に運ばれたのは襲撃があってから一時間も経った頃だった。
大した傷もない秦は、警官に案内されて二階の捜査一課のオフィスの前の廊下へと向かう。廊下のベンチに慶太はいた。
慶太の左こめかみには赤黒い痣が出来ており、ほかにも顔や手に小さな擦り傷が出来ていた。
「秦…」
項垂れていた慶太が顔を上げていう。
秦は目を背けたくなった。自分のせいだ。本来ならこうして合わす顔もない。
「すまない…。俺のせいだ…」
悔しさに声を振り絞り、項垂れる秦。
慶太は静かに首を横に振る。
「秦。もう起きてしまった事はどうしようもない。これからのことを考えよう」
そういう慶太の顔も暗い。当然だ。
「そう、これからのことをね」
ガチャリと一課のドアが開き、あきが答えながら出てきた。捜査資料を片手に二人の前に仁王立ちする。
「もうこの件はあなた達の手には負えない。私達、警察の仕事よ」
その言葉は秦と慶太にとっては敗北の鐘を鳴らされているようなものだ。悔しいが、言い返す言葉も出ない。
あきは俯く二人を交互に見る。
「あなた達が知っている全ての事を教えて。包み隠さずに」
秦と慶太は顔を見合わせ、ゆっくりとあきに向き直り、静かに頷いた。