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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第四章・アマレット
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4.レイブン、現る

 明くる日の午前9時半ごろ。


 秦は瑠璃に急用が出来てそれを済ましてから合流する事を告げ、外に出てバイクのエンジンを掛ける。

 お気に入りの黒のレザージャケットを羽織り、ジェットヘルメットを被る。もちろん、ジャケットの下には二丁の拳銃が忍ばせてある。


 玄関先で慶太がいう。


「いいか、秦。昨日言った通りに無茶はするな。危ないと感じた時はすぐに逃げろ」


「わかってる。お前こそ、頼んだぜ」


 秦はヘルメットのシールドを降ろし、クラッチを切ってギアを入れる。そのままアクセルを回し、そのまま走り出して寮を後にした。

 取り残された慶太は走り去っていく秦の背中を見えなくなるまで、ジッと眺めていた。


 秦が見えなくなってしばらくした後、見慣れた黒いSUVが角を曲がってこちらへやってくる。裕子の車だ。

 SUVはそのまま慶太の前に停まる。

 運転席から裕子が降り、慶太の前でやってきて一礼した。


「おはようございます、横山様。先ほど、波喜名様のものと思われるバイクを見かけましたが?」


「おはようございます。波喜名は別件があり、それで一時的に離れました。すぐに戻ると言っておりましたので、問題はないかと」


 裕子にレイブンの件は伏せた。本当ならば報告すべきだろうが、まだ情報が不確かだからだ。


「そうですか。わかりました」


 裕子はきっぱりというと、「では」と慶太に促すように寮へと進む。慶太も後に続くように寮の中に戻った。


― ― ― ― ―


 バイクを飛ばす事30分程。

 レイブンが指定した岬が視界に入ってきた。


 崖にせり出すように作られた展望台で、駐車場は広い。

 駐車場には一台のタクシーが止まっており、運転席には新聞を広げて暇つぶしをしている初老の男が見える。秦はタクシーから少し離れた所にバイクを止め、展望台へ歩く。


 展望台まで歩くと、展望台の所に設置された古ぼけたベンチに白いスーツに身を包んだ男の背中が見える。


 秦が近づくと、気配に気付いたのかゆっくりと立ち上がってこちらに振り向く。

 40代後半ほどだろうか?ふくよかな恵比寿顔がこちらにニコリと微笑む。


「やぁ、君が波喜名秦くんだね」


 男の背後には日本海と桜陽島が見える。


 秦は隣に立ち、男のつま先からてっぺんまで舐めるように見回す。


 オーダーメイドで作ったのであろう、高級スーツに高そうなエナメルの靴。白いスーツの下からは少し腹が出ている。腕には高級腕時計。足元にはこれもまた高そうなジェラルミンのアタッシュケース。秦の嫌いなタイプだ。


 目じりが垂れ、少し弛んだ頬は大人しそうな顔つきに見える。しかし、こちらを見据えるその瞳の奥からは善人とは思えぬ下衆な光を感じる。

 

「あんたが、レイブンか?」


 怪訝そうな声でいう秦。


「そうだ。よろしく」


 笑顔を浮かべ、握手を求めようと手を伸ばすレイブン。だが慶太は決して手を伸ばさない。


「つまんねー挨拶はいい。この間の襲撃事件といい、あんたは信用できない」


「酷い事を言うな。でも、君にそう言われるのは仕方ないことだね」


 もう一度ニコリと笑うレイブン。だが、目は決して笑っていない。


「まずこちらの質問に答えて貰おうか?600億とはなんだ?それに鍵とはなんだ?」


 わざとらしく驚いた顔をするレイブン。


「すごいっ!そんなことまで知っているのか。なら、話は早い。せっかくだ、腰を据えて話そうじゃあないか」


 さあさあと、ベンチに先に腰掛け、座る様に促すレイブン。秦は座らず、レイブンと向い合せるように転落防止の柵に背中をもたれる。


「これでも話は聞ける。さあ答えてくれ」


 レイブンを見る一方で、レイブンの背後を警戒する。駐車場にはレイブンが乗ってきたであろうタクシーと自分のバイク以外には誰もいない。その向こうの道路にも、道路に面した切り立った崖にも人の気配はない。


「そうだね……。まず600億というのは、私が以前に調べて判明したものだよ」


 レイブンは大げさな手ぶりで話す。秦は黙って聞いた。


「いやあ、実はね。私は以前から谷田凪瑠璃さんのお父さんと仕事をしていたことがあってね。そこで分かったんだよ。彼には秘密口座があってね。そのお金は彼以外に管理されていない、いわば()()()()()()()なんだ」


()()()()()()()?」


 聞き慣れない言葉に秦は聞き返す。レイブンは頷く。


「そう。国や政府、ましてや税務署でも知られてないお金だ。スイスの貸金庫にあるのだけはわかったんだがね……。ちょうどその頃に、気になる事が耳に入ったんだよ。英造さんにね、隠し子がいるという情報だよ。名前は小泉瑠璃。今は谷田凪瑠璃とね」


 なるほど、と秦は思った。ここまで聞けば『600億』と『鍵』の話も想像はつく。


「単刀直入に言おう。私は彼女がその600億の鍵だと思っている。これが君の質問の答えだ」


 荒唐無稽な話だ。秦はやれやれと呆れた顔を浮かべる。そんな秦の態度にレイブンはまた胡散臭い笑みを浮かべた。


「そうだそうだ。天文的な数字と馬鹿みたいな話に君は現実だと思ってもいないだろう。でも、私は真実だと思っている。その証拠にだ」


 レイブンが重そうなアルミ製のジュラルミンケースを取り出す。秦の前でゆっくりと開ける。

 ジュラルミンケースの中には見た事もない札束の数がぎっしりと詰まっていた。


「この中には日本円にして6千万ある。これはいわば手付き金だ。600億が手に入ったら、君に50億は渡したい。大丈夫だよ、彼女には手荒な真似はしないし、お金さえ手に入れば彼女は元の場所に返してあげるから」


 得意げな顔で秦を見つめる。その顔は余程の自信があるのだろう。


「これで私が本気だとわかっただろう?考えてみなさい。君はまだ10代だ。50億もあれば好きな物も買えるし、遊んで暮らしていける。馬鹿みたいな危険な仕事をしなくても、暮らしていけるんだ」


 秦は考える。しばらく思考を巡らせた後、口を開く。


「いいだろう」


 おお、と歓喜の声を漏らすレイブン。


「あんたが俺の事を理解してない事はよくわかった。そして俺の返事は『いいえ』だ。いや、『ノー』の方がいいか?」


 ニヤリと不敵な笑みを返す秦。青空の下、レイブンが少し目を見開く顔は滑稽だ。

 だがすぐに気を取り直し、ハハハと小さく笑うレイブン。

 

「そうかそうか。これはしてやられてたよ。君は中々いい男だ」


 レイブンが開いていたアタッシュケースをバチンと閉める。

 

「残念だよ。交渉は失敗だったね」


 思い腰を持ち上げるレイブン。


「それでは仕方ない。では、また今後の機会に改めるとしよう」


 レイブンはそのままクルリと踵を返してタクシーに向かう。


 次の機会。そんなものが、本当にあるのだろうか?


 去り際、レイブンの背中に投げ掛ける。


「聞くが、あんたはその金を手にしたら、それで何をするつもりなんだ?」


 レイブンは振り返り、また微笑む。もうその笑みが狂気に歪んでいるようにしか思えない。


「世の中に一石投じようと思っているだ。自分の名前を歴史に残そうと思う。それだけだよ」


 それでは、と告げてレイブンはタクシーに乗り込んだ。

 秦はレイブンを乗せたタクシーが駐車場から消えるまで、動かずにじっと見つめていた。


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