3.心境の変わり
再度自室に戻ると、秦がボディガード.380のスライドにグリスを差している所だった。
すぐに自室に戻ってきた慶太を怪訝な目で秦は見た。
「なんだ?喧嘩でもしたか?」
「いや、なんでもない」
しばらくドアの前に立ったまま考える慶太。秦は気にも留めず作業に戻る。
少し考えた後、慶太はいう。
「秦。悪いが、明日お前が遅れる事は自分の口から瑠璃さんに伝えて貰えないか?」
「え?……まあ、別にいいけど」
「すまない」
突然の慶太の不審な態度に懐疑的な表情を浮かべる秦。
「なんで謝るんだ?」
「……自分でも分からない」
ハッキリしない態度の慶太に秦の中に疑問は残ったが、気にしないことにして作業を続けた。
― ― ― ―
その日の夕食。
慶太のテーブルの向かいで何かを期待しているような目で見てくる瑠璃。
一方の慶太はなるべく瑠璃に目を合わせないようにうつむきがちで食事を済ます。
「どう慶太くん?深雪さんの作ったご飯、おいしいでしょ?」
「えぇ、そうですね」
「今度、私も作るから、その時には感想もらえるかな?」
意味のないやりとりを繰り返す瑠璃。隣で不自然に感じた健太が美咲に耳打ちする。
「ここのところ瑠璃姉ちゃん、なんか変だよね」
美咲は聞こえないぐらいの大きさでボソリと呟く。
「慶太のこと、構いたくて仕方ないんでしょ?」
そんなことなど露程も知らない深雪はキッチンから楽しげに眺めている。秦とマックは何も知らず、ただ不思議そうに二人のやりとりを眺めていた。
― ― ― ―
それから瑠璃の攻撃は止まらなかった。
風呂が沸いたことや、面白いテレビなどがあると何かと慶太に振る。
慶太は素っ気なく返すが、瑠璃はさらに食い付いて離さない。
そんな瑠璃をうっとおしく思ったのか、慶太はそそくさと秦を置いて外に出たり、自室に籠ったりした。
慶太の出ていく背中を見て頬を膨らます瑠璃。そんな二人のやりとりをソファに腰掛けて見ていた秦がボソリと呟く。
「ありゃあ、いったいどういう事なんだ?」
「なんか人に懐かない野良猫に構ってるみたい」
同じくリビングのカーペットに寝転がって様子を見ていた美咲も囁き返す。
「何がしたいんだ、瑠璃ちゃんは」
隣で美咲がはあ、とため息を吐き、やれやれといった素振りをする。
「あれはねぇ、瑠璃姉の病気みたいなもんなのよ」
「ビョーキ?」
秦が思わず美咲を見る。
「瑠璃姉はねぇ、どうしても『お姉ちゃん』って言わせたいの。私が来た時も、健太が来た時もそうだった」
美咲の隣にいた健太を見ると、黙って頷いた。美咲は続ける。
「慶太は年下だからね。どうしてもお姉ちゃん扱いしてほしいのよ」
「なるほどなぁ」
どこかモヤついてる瑠璃の横顔を見る。明日の件もあるが、これはこれで面倒な悩みだなと秦は思う。
― ― ― ―
夜も更け、自室で横になる慶太。
隣で眠る秦の横で慶太は物思いに耽る。
また眠れば、悪夢を見るだろう。あれは現実に起こった悪夢。あんな悪夢はもう見たくない。もう懲り懲りだ。
今日の瑠璃を思い出す。
最近、彼女から笑顔が消えると思うのが怖くなった気がする。
憶病になったのか?それとも、特別な存在と感じているのか?
わからない。そこに当てはまる言葉が見つからない。
彼女の気持ちはわかる。だが、これ以上距離を詰めてしまうと、自分が自分でなくなってしまいそうだ。
こんな自分を、彼女が受け止められるはずがない。
そこで慶太はハッとする。
何を考えている?自分はボディガードだ。仕事だぞ?
しばらくの色んな事に考え、悩む。
答えのでない答えに諦め、慶太は無理矢理眠った。