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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第四章・アマレット
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2.レイブンからの電話

 2階の自室に上がり、秦は部屋を見回す。

 部屋の隅に丸められた寝袋と段ボールに入れた私物。確かに、部屋として殺風景だ。


「明日、買うとして何を買う?」


 後ろにいた慶太が顎に親指を当て考える。


「せめてベッドと机だな。机といっても折り畳み式のテーブルみたいなものがいいだろう」


「そうだろうな」


 確かに最低限としてはそんな所だろう。本当ならばラックやチェストも欲しい所だが、なにぶん一部屋に二人も生活している。いい加減、物置部屋の片付けをするべきだな、と秦は考える。


 そんな事を考えていると秦の胸ポケットのケータイが鳴り出す。

 取り出して画面を見ると見知らぬ番号からの着信だった。秦は三コール目で通話ボタンを押した。


「もしもし?」


『これはこれは。君は波喜名くんだね?』


 知らない男の声。アクセントからして日本人ではない。


「そうだけど、電話のマナーは自分から名乗る。違うかい?」


 ただならぬ口調に勘づき、慶太もじっと秦を見つめた。秦は慶太に人差し指を唇に当て、通話のマイクをハンズフリーに切り替えた。


『ふふ、これは失礼した。私は……レイブンと名乗っておこう』


「レイブン?」


 ワタリガラス?ふざけた名前だ。慶太も眉間に皺を寄せてケータイを見つめる。


『以前に君たちがやっつけたチンピラやモヒカン兄弟の雇い主だよ』


 その言葉に秦がピクリと反応した。


「ほう、これこれは……。喧嘩を売ってるのか?」


『いやいや、そんなつもりはないよ。君たちとはきちんと交渉した方がいいと思ってね。いわば、ビジネス交渉といえばいいかな?』


「ビジネス交渉だと?」


 暴漢を送ってくる輩がビジネス交渉?戯言にしてはふざけすぎている。


『そうだ。桜陽島から少し南側に離れた岬を知ってるかい?駐車場があって、とても見晴らしがいいんだ。そこから桜陽島がよく見える。明日の10時にそこのベンチで待っているよ。どうだい?』


「いきなりそんな話をして、乗ると思うのか?」


『乗るとも。君だって、理由もわからないままそこのお嬢さんの護衛するのは嫌だろう?私はなぜ護衛を付けられているか知っている。それを知りたくないかい?』


 秦は思考する。十中八九、罠だろう。

 慶太の顔を見る。目が合うと、慶太は首を横に振った。

 数秒ほど考えたあと、秦は口を開く。


「条件がある。あんたも一人、俺も一人だ」


 秦の返事に慶太が制止しようと口を開いたが、秦が手を挙げて止める。


『いいでしょう。それじゃあ明日、間違いなく』


 そう告げると通話は切れた。スピーカーからツーツーと流れる。


「秦、危険だ。やめておけ」


 慶太の言いたい事は分かる。

 だが、秦の好奇心は抑えられなかった。


「まあ待て。以前の600億や鍵という言葉も気になる。ここは相手に飛び込む必要があると思うんだ」


「だが、罠だぞ。何が待ち構えているか分からない」


 慶太が腕を組んで眉間に皺を寄せている。


「大丈夫だ。俺を信じろ」


 秦は不敵な笑みを浮かべる。慶太は少し秦を見つめたあと、呆れた顔を浮かべる。


「どうやら、止めても無駄なようだな。……わかった。だが、危なければすぐに逃げろ」


「あぁ。明日、瑠璃ちゃんの事は頼む。話が終わり次第、すぐに合流するからよ」


「……わかった。しくじるなよ、秦」


 秦は頷くとすぐに私物から装備を取り出した。防弾ベスト、ボディガード.380。R8。

 それらをフローリングの上に並べていく秦を見つつ、慶太は部屋を後にした。


― ― ― ―


 またリビングに戻ると瑠璃がテーブルでファッション雑誌を読んでいた。

 入ってきた慶太に気付き、顔を上げる。


「あれ、秦くんは?」


「二階でレポートをやっています。なんでも学校に出すものだとか」


 慶太はサラリと嘘をついた。本当は明日の準備に備えて銃器のメンテナンスをしているのだ。


「美咲さんは?」


「美咲なら出掛けちゃったよ」


「そうですか」


 慶太はどこか落ち着かず、気を紛らわすように掃き出し窓へ移動し、外に広がる昼の住宅街を見つめた。


 どうにも胸騒ぎがするのだ。秦は確かに出来る奴だ。だが、今日のはどこか驕っているのかもしれない。なぜか嫌な予感がする。


 そんな思考を巡らせている慶太を見つめていた瑠璃が声を掛ける。


「ねえ、慶太くん」


「はい?」


 振り返るとどこか恥ずかしそうな、照れた笑顔を浮かべている瑠璃。慶太と目が合うと、耳を出すように横髪をさらっと指であげる。


「秦くんの前じゃ言えないけど。そろそろ……慶太くんは私のこと、『お姉ちゃん』って呼んで欲しいなって思って……」


 瑠璃の頬がどこか赤い。瑠璃が髪をかきあげる時はいつも言いづらい事があるのだと、慶太は悟った。


「私は……そういった家族のように……」


 突然の言葉に口ごもる慶太。


 『家族』


 その言葉は、慶太の中ではとても複雑な言葉だ。だが、今はそんな内面を見せたくはない。

 慶太はまだ頬を赤く染め、期待を含んだ瞳をしている瑠璃に一瞬俯き、いつもの事務的な表情を作る。


「いつか、呼ぶ必要がある時に、そう呼ばせていただきます」


「ズルい。じゃあ、いつ呼んでくれるの?」


 駄々をこねる子供の表情を浮かべてくる。最近の瑠璃はこんな調子だ。自分に対してやたら構いたがるのだ。

 正直に言えば、そんな瑠璃に対してこっ恥ずかしいというか、照れ臭い感情が湧いてくる。


 慶太自身も同じ屋根に暮らし始めてから、瑠璃や美咲、健太に対して家族のような感情を覚えている。


 一緒に朝食と取り、寮に戻れば風呂の掃除や洗い物の当番で喧嘩したり、時には宿題を教えてあげたり。

 そんな時間を一か月も過ごすと彼らを家族と感じる。だが……。

 

「私は、あくまで護衛者なので。そういう関係ではありません」

 

 瑠璃に背を向け、少し上ずった声でいう。


 慶太の胸の中で渦巻くモヤモヤは消えない。そう、家族とは昔に……。

 背中で瑠璃がぶつくさと文句をいうのが聞こえるが、聞こえないフリをしてそのまま自室へと戻った。


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