23.春と嵐の予感
楽しい宴が終わって、篠埼家を出たのは21時を過ぎた頃だ。
由香里と三姉妹に見送られて、瑠璃達は家路へ向かう。
寮に戻ると急いで風呂の支度を行い、風呂が沸くなり、皆が我先にと入って行く。いつも通り皆の後に慶太が入り、最後に秦が入る。
秦が風呂を上がる頃には慶太も寝る準備に取り掛かっていた。
「秦、先に寝る。任せていいか?」と慶太。
「あぁ、大丈夫だ。お疲れ、そしておやすみ」
慶太はそのまま二階に上がる。無理もない、今日の立役者は慶太なのだから。
リビングで火照った身体を冷やす飲み物をとり、そろそろ2階上がろうとしたその時、ポケットのケータイが鳴り出した。
画面を見ると発信先はおじさんだ。そのままそっと玄関を出て、外に出ると通話ボタンを押す。
「おじさん、こんな夜中にどうしたの?」
『夜中って……そうか、お前との時差は14時間もあったな』
電話の向こうでハッハッと笑い飛ばす声が聞こえる。
「バイクの件なら大丈夫だよ。分割で支払うようにしたから」
『アホ。2千4百ドルも取られるバイクなんざ心配しちゃあいねぇよ。電話したのは、お前に頼まれた件が分かったからだ』
電話の向こうで紙をめくるパラパラという音が届く。
『横山慶太。ワシントン州出身。書類ではこいつの実の両親は横山光男、横山春子。だが、離婚している。そして現在はライアン・ドゥの養子となっている』
ワシントン州出身とは知っていた。だが実の両親や義父の話は初めてだ。秦は頷く。
『聞いて驚け。この横山光男も、春子も、ましてやライアン・ドゥも実際には存在しない』
「存在しない?」
『あぁ。正確にいえば横山夫妻というのは存在する。そして離婚もしている。だが、子供を産んでなんかないんだ。そして住まいはアメリカでもない』
「どういうこと?」
『まあいいから聞け。そしてライアン・ドゥという男は存在すらもしていない。そしてこいつらの事をパソコンで調べようとしても、アクセス権限がないということではねられちまう』
「CIAなのに調べられなかったの?」
『電話でその名前を出すな。俺も気になって知り合いに足を使って調べて貰ったんだが……。ライアン・ドゥの記載されている住所まで行ったら、なんと政府官僚関係者の家だった』
「なんだって?」
『いくらなんでも名前はいえん。こっちもヒヤヒヤもんだからな。とにかく、お前の相棒の慶太とかいう奴、かなりきな臭いぞ』
横山慶太。謎が多いばかりだ。
推測だがおじさんが名前を出せないという事は、恐らく大統領に近い人間か、ペンタゴンなんかの人間なのだろう。
『おい、こんだけ調べてやったんだ。せめて日本の土産くらいなんか送ってくれても罰は―――』
「ありがとうおじさん。おやすみ」
おじさんが言い終わる前に電話を切った。
秦は気を取り直し、何もないような素振りで寮の中に戻る。
自室まで戻ると室内はすでに暗く、慶太の小さな寝息が聞こえる。秦は起こさないようにそっと横に寝そべる。
隣で眠る慶太を見つめる。秦の中にいくつもの疑問が残る。
今回の襲撃、どうしてプロの誘拐犯だと分かったのか?そして一切割れない過去。愛用している傷だらけのガバメントピストル。
(慶太、お前はいったい何者なんだ?)
そして誘拐犯、600億、鍵とその意味。
考えるだけ分からなくなる。
秦は色んな思考を馳せながら瞼を閉じる。
だが、その全ての答えがわかる大掛かりな舞台が待っている事を、秦は知らない。