16.昨日の話は?
明くる日。
学校に着くと慶太は中等部、そして秦と瑠璃は高等部の校舎へと別れた。
中等部の3-4の教室に入ると遠矢が「おはよう」と声を掛けてくる。慶太も「おはよう」と声を掛けて自分の席に座る。その時からクラスメイト達の妙な視線を感じていた。
ひそひそと耳打ちをし、こちらが視線を向けると慌てて視線を逸らして何事もなかったかのように振舞う。
慶太は怪訝に思いつつも、あまり気にせずホームルームが始まるのを待った。
― ― ― ―
ホームルームが終わり、慶太が授業の準備をしようと教科書を出していると二人の女子生徒が恐る恐る机の前までやってきた。
「あの、横山君?」
「なんでしょう?」
「横山君ってボディガードチルドレンなの?」
意表を突かれた質問に、思わず固まる慶太。すぐに隣の女の子も言う。
「高等部の先輩から聞いたんだけど、高等部に転入した人が横山君もボディガードチルドレンだって言ってたんだよ」
その言葉で一瞬で理解した。
(あの馬鹿っ!)
心の中で悪態を吐く。
突然出てきた話題に、聞き耳を立てていたクラスメイトの男子達が飛びつき、慶太の机に殺到した。
「すっげぇっ!前にテレビで特番組まれてた奴だよな?」
「じゃあさ、じゃあさ。やっぱ本物の銃とか撃ったことあるんだよな?今も持ってる?」
慶太は好奇心に目を輝かせる皆に必死に両手を上げて制止させるが、無意味だった。
横に居た遠矢に目を向け、助け船を求めたが遠矢は驚いた顔をしたままで、とても力にはなれなさそうだった。
それから授業が始まるベルが鳴り、担当の教師が入ってくると皆はそそくさと自分の机に戻った。
一安心した慶太だったが、そのあとも授業後の中休みの度に、自分の机にまた皆が群がり出す苦労するのは後の話だ。
― ― ― ―
その日の昼休み、慶太は高等部の校舎の廊下を早歩きで進み、二年生の教室を回った。
周囲の高等部の生徒から好奇の視線が自分に飛ぶが、そんなことお構いなしだった。
『2-3』の表札を見つけ、そのまま躊躇せずに扉を開ける。
クラスメイトの輪の中心に秦は居た。机の上であぐらを掻くように座り、皆に話を聞かせている。瑠璃もその一部に紛れ込んでいる。
「そんでさー、慶太は昔っからのライバルでよぉ。口は悪ぃんだけど、腕は中々でよぉ……」
扉が開いた事でクラスの皆の視線が、楽しそうに話している秦から慶太に向く。だが慶太は気にせず、ツカツカと秦の元まで勇み足で詰め寄る。
「お、慶太。ちょうど今お前の話を……」
「秦、ちょっと話が……」
秦の腕を掴もうとしたその時、周囲がドッと湧いた。
「えぇーっ!?君が噂の慶太君っ!?」
秦を囲んでいたクラスメイトが今度は慶太を囲う。
「結構イケメンじゃんっ!」
「うわーすっげー細身なのに腕がっしりしてんなぁー。礼二ぃ、腕相撲したら強いかもしんないぞ」
「じゃあ、波喜名と同じく瑠璃と同棲してるんだよね?瑠璃ってどう思う?ほら、瑠璃って可愛いでしょ?」
「ちょ、ちょっとーっ!やめてよぉっ!」
わいわいと慶太の主張などお構いなしに騒ぎ、慶太に触れる。慶太も「あの、ちょっと」と声を出すが、止まることはなかった。すぐに秦が輪の中に入り、皆を制止するように宥める。
「おいおい、皆待てって。こいつは俺の可愛い弟なんだからって、うわっ!?」
秦の腕をひったくるように掴み、急いで廊下に連れ出す。
人気のない階段まで引っ張ると秦に問い詰める。
「何を考えているっ!?」
「何をって……。なにがだ?」
息を少し荒げ、壁に片手を付く。
「何がって……何故俺達の正体を言い触らしてるのかって事だっ!?」
すると不思議そうな顔をする秦。
「逆になんでいけねーんだ?どうせ学校生活してりゃあバレんだろ?」
ケロリと言い返す。そう言われ、カチンときて言い返そうとしたが、秦の言い分には理屈が通る部分もあり、一瞬開けた口を閉じた。もちろん、まったく納得していないが。
慶太は少し考えた後、片手を額に当てて苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せる。
「……昨日話した通り、俺達はなるべく目立たない様にするべき、だろう?」
「馬鹿か。学校の中じゃあ俺達の存在自体がもう目立つだろう」
確かにそうだ。だが、それでも慶太を納得させる理由にはならない。こいつには、もう一度スクールを一から通わせるべきだと思う慶太。
「だからと言って、自分から言い触らす馬鹿がいるか……」
秦との押し問答で慶太はだいぶ頭を痛めた。改めて自分と秦の感覚にはかなりズレがあり、とても噛み合うものではなかった。
なぜ依頼主は自分と秦を選んだのだろう?八木裕子が選んだのか?
ちょうどその時、午後の授業を始めるベルが鳴り響く。
「お、授業始まるぞ。お前も遅れんなよ」
得意げな顔を浮かべて秦は廊下へと去っていく。慶太はまだ頭を抱えながら、ゆっくりと自分の校舎に戻っていった。
― ― ― ―
放課後、慶太は昨日と同様に校門の前で瑠璃達を待った。
だが、昨日と違うのは噂を聞いたであろう、生徒たちが興味津々な視線をレーザービームのように見つめてきた事だ。こうなると慶太も居心地が悪い。
しばらくして瑠璃と秦が高等部の校舎から出てきた。が、その周囲には瑠璃と秦のクラスメイト達が取り囲んでいた。楽しそうにワイワイとはしゃぎながらこちらを歩いてくる。すぐに瑠璃が気付いてこちらに手を振る。
「あ、慶太くん」
明るい笑顔とは対照的に、慶太はうんざりしたような顔を浮かべ返す。すぐに周りのクラスメイト達も気付き、慶太に目をやる。
「あ、昼休みのおとうと君じゃん」
「おぉ、やっぱボディガードなんだな。ちゃんと帰りを待ってるぞっ!」
「え、じゃあ瑠璃は朝から晩までずっと三人と一緒なのぉ?」
クラスメイト達が瑠璃と秦を囃し立てる。
秦は浮かれた顔で「まぁ~そんなところかなぁ」とニヤついている。慶太はドスドスと秦に近づき、昼休みの時と同様にクラスメイト達から距離を開けるように引っ張り出す。
「な、なんだってんだよっ!」
秦が声を荒げる。
「なぜ人を引き連れている?これでは……」
「はぁ?別に友達なんだからいいじゃあねーか?普通だろう?」
昼休みと同様にあっさりと答える秦。また慶太は頭を悩ませる。
BGCスクールで学んだ事をまるで理解していない。友人だろうが、もしかしたら……という可能性がある以上、対象者の周囲にはなるべく不用意に人を近づけないのが基本だ。
そんな慶太の様子を見た秦は「あ~」と右の拳を左の手の平の上にポンっとおいた。
「わかったぞぉ」
ニタニタした顔を浮かべ始め、慶太に向ける。
「お前、クラスで友達出来なかったんだろぉ~」
慶太が不愉快そうに秦を見返す。秦はニヤニヤした顔を止めない。
「図星だろぉ?」
慶太は心底、秦を殴れたらこのストレスがなくなるだろうと思った。だが、拳を振るわけにもいかない。
代わりに「馬鹿が」と小さく吐き捨てた。