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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第三章・春と嵐の予感
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15.西野深雪

 リビングでは足を洗われたマックが美咲と楽しそうにじゃれ合っている。一方の台所では深雪が夕飯の準備をしている。


 以前に夕飯の準備に手伝いの人がいるという話を聞いた記憶があった。それが深雪なのだろう。


 瑠璃は深雪に二人がBGCである事と、今まで起こった事を話した。

 深雪は最初驚いた顔を浮かべていたが、瑠璃が如何に二人が逞しいかを喜々として話したおかげか、時折笑顔を浮かべて相槌を打つ。


「あらあらそうなの。それじゃあ、そんな頑張り屋さんが二人もいるんじゃあ、夕飯と朝ごはんはもっとたくさん作らないとね」


 うふふ、穏やかな笑みを浮かべながら食材を切る深雪。

 秦はというとダイニングテーブルでマックにベロベロに舐められた顔を一生懸命濡れタオルで拭き取っている。


「西野さんはいつから?」と秦。


「私が二十歳の頃だから……6年ほど前かしら?それから少しして瑠璃ちゃんが来てね。瑠璃ちゃんは最初、全然笑わなくて心配だったわ」


 クスクスと笑う深雪。思わず瑠璃も「そんなこともありましたね」と笑い返した。一方で秦は口にマックの毛が入ったらしくペッペッとタオルに唾を吐く。その横で慶太が身体を逸らし、秦に不快感を表す。


「でももっと大変だったのは美咲ちゃんよね。いつも私に着いて来て、トイレの中まで付いて来るし、ひとりでトイレにも行けなかったもんね」


「ちょっと深雪ちゃんっ!その話はやめてよっ!」


 美咲は赤面し、マックの身体に顔を隠すように上目遣いで睨む。その反応に深雪と瑠璃が楽しそうに笑っている。


「そんなことより、深雪ちゃん、どこまで旅行に行ってたの?」


 ふん、とした顔した美咲が無理やり話題を切り替える。


「ロシアまで遊びに行ってたの。それで、ロシア料理を学んだから、今日はそれにするわ」


 そういう深雪の手元を慶太は覗き込んだ。人参にキャベツ、豚肉がまな板の上に置かれている。


「ボルシチ、ですね?」


「正解っ!慶太くんは物知りね」


「以前にも食べたことがあるんで」


 はしゃぐ深雪とは対照的に仏頂面でさらりと答える慶太。


「なんでぇ、ちょっと知ってるぐらいで……」


 秦が突っ込もうとした時、慶太の胸ポケットの中のケータイが鳴り出した。ケータイの画面を見るなり、「ちょっと失礼します」と告げて、そそくさとリビングを後にした。

 玄関を開ける音が響き、慶太が外に出て行ったのがわかった。


「なんだぁ、あいつにも友達出来たのか?」


「ほらぁ、そういうこと言わないの」


 諭す瑠璃を尻目に、秦は椅子から立ち上がってリビングの窓から外を覗くと、門の外でケータイを耳元に当てて会話している慶太が見える。

 当然、会話は聞き取れないが、どこか真剣な眼差しだ。数秒見た後、そっとカーテンを閉めた。



― ― ― ―



 それから深雪のロシアでの旅行話を聞いている間に、ボルシチが完成した。

 その頃には慶太もリビングに戻り、皆で食卓を囲んで深雪の手料理に舌鼓を打った。


 深雪を交えての食事はどこか新鮮な空気で、瑠璃たちも和気あいあいと和やかな雰囲気だった。慶太を除いては、だが。



 食事が終わった後、深雪は洗い物をしながら明日の朝食を作り置きし、マックを連れて「また明日ね」といって寮を後にした。

 その後、いつも通りに沸かした風呂に入って皆が就寝する。


 秦も慶太も皆の後に風呂に入り、全員が自室に戻ったのを見送った後に、自分たちも部屋に戻る。


 二人は電気を消して寝袋に包まって横になる。

 豆電球の小さい明かりだけが照らす部屋の中で、秦は(おもむろ)に慶太に問い掛けた。


「なあ、夕飯前の電話って誰と電話してたんだ?」


「……昔の知り合いだ」


「昔?お前にも知り合いがいたのか」


 意外そうな声を出す秦。当然、慶太はムッとした。


「知り合いがいて悪いか?」


「いや、そんなつもりで言ったんじゃない。ただ、お前ってそういう話をしないからさ」


 腕を枕にして、豆電球の明かりを見つめる秦。慶太は身体を逸らし、壁を正面にして寝袋に包まっている。


「別に、俺の交友関係なんてどうだっていいだろう」


 素っ気ない言葉だ。本当にそうなのだろうか?

 そこで秦は前から気になっていたことを尋ねる事にした。


「なあ、慶太。お前って昔話を一切しないよな。どこで生まれ、どこで育ったか、どんな馬鹿をしたとかさ。そんな話をさ」


 問いかけにすぐに返事が来ない。数秒の間が空き、慶太が口を開く。


「そんなものに何の意味がある?どこから来たのか、なんて大事なことじゃない」


 確かに一理ある言葉だ。だが、それは裏を返せば、過去の話をあまりしたくないという拒否反応にも思えた。


「いいから寝るぞ」と言い切られ、慶太は何も喋らなくなった。

 無理矢理誤魔化されたような気がするが、秦もそれ以上は敢えて詮索するのを止めた。


 目をつむりながら、先ほど言われた言葉を思い出す。


『どこから来たのかなんて大事なことじゃない』


 確かにその通りだ。大事なのは、これから何をするか、なのだから。


 秦は何度か目だけを動かし、慶太を一瞥する。

 瞼は閉じているが、まだ眠りには入っていないようだ。

 しばらくそんな事を繰り返しているうちに、睡魔に襲われた秦はそのままぐっすりと寝入ってしまった。

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