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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第一章・ボディガード・チルドレン
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5.突然の卒業

 射撃場の片付けを終えた二人は、互いにギスギスしながら教官室のドアをノックして扉を開ける。こじんまりとした室内に入るとデスクチェアの上で足を組み、コーヒーを啜るバーンズが待ち構えていた。室内を見回すが他に人はいない。


「失礼します、教官っ!」


 気を付けの体勢でバーンズの前に立つ二人。バーンズは「休め」と、手のひらをひらひらさせて告げる。


「まったく……。お前らは銃をおもちゃか何かかと思っているのか?」


「いえ、違いますっ!」


 秦がハキハキと答える。


「まあいい。今回、スポンサー様から特別な招待状だ。お前ら二人をご指名だ」


 バーンズはうんざりした顔で机の上にあったA4サイズの紙束を二人に差し出す。

 二人は紙束を受取るなり目を通す。

 真っ先に目に入ったのは『特別案件』という文字だ。内容は綿密に書き込まれているが、所々、引っ掛かる点があった。秦はまだそれを胸の内にしまい、書かれた内容に目を通していく。

 しばらく目をやると、先に口を開いたのは慶太だった。


「質問してもよろしいでしょうか?」


「かまわん」


「期間は無制限とありますが、カリキュラムはどうなるのでしょうか?」


「それがだな、お前は特別研修という形で送るそうだ。つまり、向こうでカリキュラムを受けているという形になるそうだ」


 コーヒーを啜りながらぶっきらぼうに答えるバーンズ。


「俺の卒業プログラムは?」と秦。


「それに関しても問題はない。向こうが問題ないと言えば、お前に卒業資格を与えるようにという事だ」


 先程と同様にぶっきらぼうに答えるバーンズ。二人はバーンズがこの依頼に納得いっていないようだ。それもそのはずだ。


 内容はこうだ。かの大企業・ヤダナギコーポレーションの社長の娘で、日本のハイスクールに通う女の子をたった二人で護衛する。それも二十四時間四六時中だ。報酬は一人に月に七五〇〇ドル。日本に滞在するとして、その金額は円に直すとおおよそ八〇万円。ボディガードとはいえ十代の人間にはあまりにも多い金額だ。何より気がかりなのはこの学校の規定を平気で捻じ曲げるほどの権力を持っていることだ。正直、きな臭いものを感じる。


「この依頼は、正式なものでしょうか?」


 秦が不信感を得ていたものを慶太が口にする。


「マルナス所長はおろか、本部長までからのお墨付きのサインもある。気にする事はない」


 バーンズの返事に慶太は猜疑心を持ちながら頷く。


「ちなみに、この任務の間は休みはないんでしょうか?」


 今度は秦が問う。


「知らん。それに関してはこちらでも取り決めを作るつもりだ」


 バーンズは関わり合いを避けたいといった感じで続ける。


「細かい話は後で資料を送る。とりあえず、この依頼を受けるか受けないかはお前らの判断に任せる。後は家族にだが……。お前たち二人は施設出身だったな?」


 二人は同時に頷く。


「そうならば、お前ら自身から話せ。一週間後、またスポンサーが来るそうだ。それまでに答えを出して置け」


 そう言い切ると「解散だ」とバーンズが告げた。二人は「失礼します」と言い、踵を返して部屋を後にしようとした。


「あぁ、そうだ秦」


 バーンズが呼び止める。


「手ぶらで来ているが、忘れてはないな?」


 秦はやれやれといった手ぶりを見せ、「もちろん忘れていません。今から行きますよ」と返事した。



 ― ― ― ―



 慶太が出て行った教官室には熱いコーヒーを持った秦とバーンズがオフィスチェアに座っていた。


「さて、問題児だったお前がまさかこんな形で卒業するとはな」


 熱いコーヒーを啜りながら、遠い目をしてバーンズは言う。

 愛想笑いを浮かべ、まだ熱の冷めないコーヒーを一口飲む秦。


「本当ですね、教官」


「はは。お前の事は偉く気に入っていたのだがな」


 秦の返事に珍しく気さくな笑みを浮かべるバーンズ。


「俺の息子もなぁ、お前ぐらいの年だ。まぁ、お前ほど無鉄砲には生きてはいないがな」


 その言葉に秦もはは、と苦笑いを浮かべる。笑い終わった後、バーンズは神妙な顔付きを作って秦を見遣る。


「なぁ秦。お前はこの依頼を受けるつもりか?」


 バーンズの急な問いに秦はうーんと頭をポリポリと掻き、少し悩んで言う。


「正直な所を言えば、まだ決心はついてないです。なんか、話が急すぎて」


 あ、でもと秦は付け加える。


「依頼主が可愛いねーちゃんだったら、受けると思います」


 冗談交じりに笑う秦。呼応するようにガハハ、と笑うバーンズ。


「そうか、まぁそうだろうな」


 うっすらと笑った後、すぐに険しい顔を作る。


「なぁ、秦。俺は正直に言えば、お前らを実戦の場になんか連れて行きたくはないんだ」


 秦はすぐに笑みを消し、バーンズの話に耳を傾ける。


「確かに今の法律でお前らのような若い連中が、これまた若い連中を守るシステムが出来てる。そして俺はその無鉄砲な若い奴らの指導をしてる。それもいつか命を落とすかもしれない状況になると知って、だ」


 ズズ、とコーヒーを啜り、カップの中にあったコーヒーを喉に全て飲み通すバーンズ。口の中が潤ったのを確認すると続ける。


「俺も仕事だ。この仕事をしなければ飯を食えん。だがな、正直なことを言えば、お前らには死んでほしくない」


 バーンズの気持ちは解らなくはない。だが、秦は敢えて何も言わず黙って頭を縦に振る。


「いいか、秦。よく考えてから仕事を受けろ」


「……了解致しました、教官」


 秦の返事に安心したのか、バーンズは小さな笑みを浮かべた。


「そうだな。急につまらない話をしてしまったな。ひとまず宿舎に戻っていいぞ」


 バーンズは椅子から立ち上がって小さな伸びをした後、空になった紙カップをゴミ箱に放り投げる。


「俺が暇な時があれば、またここに来ればいい。訊きたい事があればだが、な」


 秦も立ち上がり、苦笑しながら小さな伸びをする。


「それってつまり、コーヒーを持って、ですか?」


 問いかけにバーンズは嫌らしい笑みを向ける。

 秦はやれやれと言った手ぶりを見せて、「それでは失礼します」と教官室を後にした。


 一人になったバーンズはまたチェアに腰掛け、天井を仰ぎ見て、さっきの自分の事を振り返る。

 変な説教をしてしまった。年は取りたくないものだ、と心の中でぼやくのであった。


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