13.不穏な調書作り
あきが溜息交じりに口を開く。
「容疑者の男は小島健介という元指定暴力団の関係者だそうよ。今は捜査第四課で捜査しているわ。調書ではギャンブルによる借金苦で、金に困っていた時に闇サイトで知り合った男に持ちかけられたそうよ」
第四課といえばよくドラマでマル暴と聞く組織犯罪を捜査する課だ。秦も最近、日本のテレビドラマで耳をするようになったから聞き覚えはある。あきの説明で大体のストーリーが想像できる。
「男の狙いは、やはりあなた達が護衛を行っている谷田凪さんみたい。私が今話せるのはそれだけ。他に聞きたいこと、ある?」
あきの言葉に秦も慶太も首を横に振った。ここまでくれば後は男の後ろにいる者を探すだけだ。自分たちの仕事ではない。
どうやら例の鍵や600億という話は出していないらしい。このままあきには伏せておこうと秦は考えた。
「それで、あなた達も教えてくれるかしら?あなた達は何から谷田凪さんを守っているのかしら?」
先程とは打って変わり、少し勝ち誇った顔をするあき。
「それは俺達も分からねぇ」
「はあ?」
あっさりとした秦の言葉にまた眉間に皺を寄せるあき。
「俺達だって敵がなんなのか、どういう意図で組まされているのかは知らない。ただ、“護衛しろ”、それだけ言われたんだ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。つまり、あなた達は何から守るかとか知らないわけ?」
あきが机から身を乗り出して秦に問う。秦が頷くと、今度は慶太がいう。
「そういう事です。それがBGCの役割であり、それ以上の事は知らされないので」
「大人を舐めた様な発言をしないでっ!私は、そんな事を聞く為にあなた達にさっきの話をしたわけじゃないのよっ!」
あきが声を荒げる。あきの怒声で左右の調書をしている声がピタリと止まった。我に返ったあきはエホンと咳払いし、気を取り直す。
「失礼。つまり、こういうこと?あなた達はただ守れと言われて、それで彼女を守っているだけ?雇い主から説明もなしに?」
「そういう事。ただ、それだけ」
あっさりと秦は言ってのける。あきは意気消沈し、椅子にふんぞり返る様にもたれる。
「呆れた。それで、その雇い主というのは、提出された書類にもあったヤダナギコーポレーションよね?」
あきが机の上に置いたオフィスバッグから数枚の書類を出した。入国の際に出した国際機関向けのBGC許可証と銃携帯の許可証だった。
そこの業務委託者と依頼者にはヤダナギコーポレーションと記載されている。二人は黙って頷いた。
「電話で聞いたけど、女の人に企業秘密って事で突き返されたわ。あなた達の口から、教えてくれないわけ?」
不満げな顔を浮かべるあき。恐らく対応したのは八木さんだろう。八木さんのことだ、軽くあしらったのだろうと秦は想像する。
「あなたも、私達の事をただの子供だと思ってませんか?これ以上は私達の権利の問題に関わります。いくら公務機関の人でも、話せることは限られています」
慶太がきっぱりと告げる。すぐにあきの目付きがギラギラと変わる。
「ええ、そうでしょうね。でもこれだけはハッキリ言うわ」
あきがゆっくりと立ち上がり、二人を見下ろす。
「この町で何かが起こった時に、対応するのが私達警察よ。この間、あなた達が住む寮に侵入した男達を捕まえたのも私達警察だし、今日の件も警察がいたから解決できたのよ」
口調は冷静だが、その声にはどこか怒りが混ざっている。どうやら、あきの正義感は生半可なものではないと、その肌で感じる。秦と慶太は黙ってあきの言葉に耳を傾けた。
「今日でなんとなくあなた達の事は理解出来たわ。まるで自分達だけでなんとかなるみたいに言うけど、そう思わない事ね」
あきの鋭い視線が二人に突き刺さる。睨みを効かし終わった後、「いいわ、帰って」と告げた。その時、両隣の仕切りの向こうの気配がなくなっている事に気付いた。いつの間に出たのだろうか?あきの獅子のような視線のせいで、秦はまったく気づけなかった。
慶太と秦は鞄を持ち、あきに一礼して部屋を後にした。あきが後ろで見送っているが、その視線が背中に突き刺さっている。あまりいい気持ちをしないまま、簡易取り調べ室を後にした。
廊下を通り抜けて階下に下りると、ホールでは瑠璃達が居た。すでにホールには夕暮れのオレンジの陽射しが差し込み、その光が瑠璃達を照らしている。
「あ、お疲れ様」
瑠璃が降りてきた秦たちに小さく手を振る。
「なんだか、大変そうだったね」
秦はハハっと苦笑を浮かべる。
「まったく、どっちが容疑者かわかんねぇ調書だったぜ」
疲れた顔を浮かべる秦。慶太も眉間に皺を寄せている。そんな二人をアッハッハと笑う声が響いた。
声に振り返ると、階段から昨日車で送ってくれた国原という刑事が降りてくる。相変わらずブルゾンのジャケットに茶色のワークズボンという姿でこちらに歩み寄ってくる。
「あぁ、ごめんごめん。またうちの相沢がやらかしたのかな?」
「昨日の刑事さん。昨日は送って頂きありがとうございました」
瑠璃がペコリと頭を下げる。国原は「いえいえ」と頭を下げ返す。すぐに気さくな笑みを浮かべて慶太と秦を見据える。
「君たちにはなんだか悪いことをしたねぇ」
「刑事さん、これ横暴じゃないの?ひどい扱いだったぜ」
秦が皮肉をいう。国原は「アララ」とおちゃらける。
「すまないねぇ。笑いごとではないが、どうもあいつは仕事に熱心でね。君たちの仕事にまだ理解を示してないんだよ」
国原はバンバンと二人の肩を叩く。国原の様子を見た周囲の警官たちがクスクスと笑っている。
「まあ、俺の顔に免じて許してやってくれ」
またハッハッと笑う国原。どこか憎めない男だ。
「さて、もう陽も落ちたし帰宅しなさい。それで、君たちにこれを渡そうと思ってね」
そう差し出した国原の手には『交通費』と書かれた封筒が握られている。秦が受け取ると、封筒の中身が小銭に多いのに気付いた。行き帰りのバス代賃だろう。
「じゃあ、気を付けて帰りなさい」
国原の言葉に全員が「ありがとうございます」と言い、頭を下げてホールを後にする。
自動ドアを通り抜ける直前、背後から国原が「あぁ」と声を掛けられた。立ち止まり、振り返る。
「それと、いつだって俺たち警察に相談してくれ。警察は正義の味方だから」
そうニカリと笑う国原。
秦と慶太は「えぇ、その時は」と返し、署を後にした。