12.新潟新中央署
その日は始業式のため、特に大した授業もなく一日は終わり、最後のホームルームを終えると二人は仕事道具を取りに総合職員室に向かった。
総合職員室では長谷部が待っており、嫌味ったらしい目で二人に小言を挟んで銃を渡した。
「もう二度と持ってこないように。それと君っ!」
秦を指差し、さらにキツイ目をする長谷部。
「明日からその頭髪と香水はやめなさいっ!次にその姿で見かけたら、高等部の生活指導課に連絡を入れるからねっ!」
長谷部の金切り声は耳障りだ。秦は「はい」と返事したが、内心はものすごく面倒臭かった。そのまま頭を下げるとそそくさと職員室を後にした。
― ― ― ―
学校を出た二人は、秦と慶太は瑠璃に付き添いをお願いして、制服のまま桜陽島のメイン通りにあるバス停まで行き、バスで新潟新中央署まで向かった。昨日の事件の聴取の為であった。
新中央署へ向かうバスの中で、秦は揺られながら長谷部への不満を口にした。
「ったく、こちとら仕事でもあるのに、あそこまで言うことないだろ」
ブーブーと文句を垂れる秦。隣にいた瑠璃は苦笑するが、慶太は長谷部が本当に怒っているのはそこじゃないだろう、と何度目かの心の突っ込みを入れる。
「ま、それにしてもクラスにも馴染めそうだし、いっか。慶太、お前はどうだった?」
「…まぁ、普通っていうところだな」
「なんだよ、その『普通』って」
秦のどこか呆れた言葉が返ってくる。
「可もなく、不可もなく、だ。お前こそ、仕事だと言うのだから、真面目にやってるのか?」
「んだとぉ?」
目に見えない火花がぶつかり合うのがわかった瑠璃はまあまあと二人を制止する。
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互いにギスギスしながらバスは警察署の前に着き、降車する。
白い外壁の4階立ての建物には『交通安全週間』と掲げられたのぼりが風になびいている。建物の天辺には金色の桜田門のマークがついている。三人はそのまま正面の駐車場を歩いていく。すると、背後から声を掛けられた。
「あら、昨日はどうも」
振り向くと、そこには紗香と二人の姉妹がいた。紗香は昨日のような慎ましい笑みを浮かべ、その横にいる風音はどこか不機嫌な顔を浮かべ、その背に隠れるように雛乃がこちらを見ていた。
「あなた達も昨日の事件の事で呼ばれたのね」
「そうなんですよ」と瑠璃。
「お互いにご苦労様ね」
紗香が一層に微笑む。思わず秦はデレ、情けないほど鼻の下を伸ばしてデレデレしている。
慶太は紗香の微笑みにはどこか人を惑わす力があるのを見抜いた。微笑みの裏には何か読めないものがある。そう確信した。
「いやぁ、そんな事はございませんよ。あれ、紗香先輩もバスで来たんですか?」
どこかの漫画に出てくるような営業マンかのように手を揉みながら秦が問い掛ける。紗香は首を横に振る。
「いいえ。私たちは家の者に送って貰いましたの」
そういう紗香の視線の先を見ると、駐車場に一台の黒塗りのセダン車が見える。国産の高級車で、新車で購入すれば5千万はくだらない。ピカピカに磨き上げられたボディは、まさに金持ちの証だ。思わず絶句する秦。
「本当なら、一緒に送ってあげたいですが、生憎あの車は運転手を含めて五人まででして……」
「ソウデスカ」
車を見つめたまま棒読みで返す秦。二人の会話を聞いていた風音がムッとした顔で割り込む。
「さや姉、いいのよ、こんな奴ら乗せなくって」
「こら、風音。そういう物言い方はしないの。それに、秦くんや慶太くんには助けて貰っているんですから」
風音と紗香のやりとりなど尻目に、すかさず瑠璃に耳打ちをする。
「瑠璃ちゃん。紗香先輩の家って何かの会社の社長?」
「ううん。篠宮神社の人だよ。でも、紗香先輩のお父さんは運送会社に働いてるみたいだよ」
ははあ、と驚きの混じった溜息を吐く秦。
そんなやりとりをしていると背後の入り口から気配がし、思わず振り返る。そこには昨日の女刑事の相沢あきがいた。
「あなた達、わざわざ来てくれたありがとうね。そんな所で無駄話をしているくらいなら、さっさと調書を終わらせない?」
どこか高飛車な態度に慶太と風音はムッとした。そんな二人の気持ちを察したのか、紗香が「そうですね。それではよろしくお願いします」と先頭に立ってあきの元へ歩く。
その背中を見た全員は、少し重い足取りであきと紗香の背中に続いて、中央署へと入って行く。
― ― ― ―
新中央署の2階。捜査一課のオフィスの横にある簡易取り調べ室に案内された。
薄いベニヤの仕切りでいくつにも区切られた部屋で、秦と慶太は部屋の真ん中の仕切りの中に案内され、硬いパイプ椅子に座らされる。一方で被害者である雛乃は一人で部屋の奥の仕切りに案内され、紗香と風音と瑠璃は入り口に近い場所に三人で入って行った。
隣では優しい声で女性警官が雛乃に質疑応答をしているのが聞こえる。反対側でも男性警官の声で三人の質問しているのが聞こえる。一方で、目の前にはどこか怪訝そうなあきが机の上でペン先を叩いている。
窮屈な仕切りのせいで秦と慶太は肩をぶつけながらあきの質問に答えていく。
「それで、不審な人物を見かけて、追いかけて、捕まえたと?」
「ですから、先程からそのように述べています。それ以外に何か?」
少し苛立ちを交えて慶太がいう。調書が始まってから慶太は不機嫌だ。それは、まるで容疑者を扱うかのように問うあきが原因だが。
「本当にその男に見覚えがないの?例えば……」
「ですから、そのような事はありません」
慶太がきっぱりと答える。そこで秦も口を開く。
「なあ、こっちに質問ばかりで気分が悪い。逆に聞くけど、その捕まった男は何か言ってたのか?」
ここで男の情報を引き出したかった。昨日の例の言葉も気になったからだ。だがあきは首を横に振った。
「それは話す事は出来ないわ。なぜなら、こちらも調査中なの」
あきの言葉にやれやれという手ぶりを見せる秦。慶太も呆れ、立ち上がる。
「ちょっと、どこに行く気?」
「これ以上の質疑応答は無意味です。私たちは話すべきことを話しました」
「まだ終わってないわ」
「いいえ、終わっております。それとも、これ以上拘束するのに、なにか意味がある話が出来るのですか?」
慶太は学生鞄と肩に掛ける。秦も同じように鞄を持ち始める。するとあきが観念したかのような顔をした。
「わかったわ……。ただし、話せる範囲でしか話さない。それでいいわね?」
その言葉に慶太と秦は顔を見合わせ、鞄を降ろし、またパイプ椅子に腰かける。屈辱なのだろうか、あきは眉間にずっと皺を寄せたままだ。