11.それぞれのクラスメイト達
ホームルーム、始業式も終わり、10分ほどの短い中休みに入った頃。
慶太の隣に座っていた遠矢が肩をちょんちょんと叩く。
「な、転校生。トイレ行かない?」
慶太は一瞬断るとしたが、校舎の構造や位置を見るのにいい機会だと思い、敢えて頷いた。
遠矢の後を追うように教室を出る。周囲のクラスからは新学年に入った生徒たちがワイワイと楽しげに浮かれている。
トイレに入ると二人並んで小便器の前に立つ。
「なぁ、どこから来たんだ?」
「アメリカです」
「アメリカかぁ。アメリカは広いからなぁ。どこの州?」
「カリフォルニア州です」
「そうかぁ。というか、敬語じゃなくていいのに」
遠矢の軽快な声がトイレに響く。慶太はあまり出ない小便を振り絞りながら頷く。
「そうか。じゃあ、まずなんて呼べばいい?」
「岡崎でも、遠矢でも。あ、やっぱ遠矢がいいや。俺は慶太って呼ぶ」
「そうか、遠矢」
他愛のない会話が静かな男子トイレに響く。
― ― ― ― ―
一方で高等部の2-3では秦の周りに男子生徒が詰めかけていた。
「なに?アメリカでボディガードの学校に行ってた?」
「そうそう。ついこの間卒業したわけよ。それで、こっちに来たんだ」
事実だ。ついこの間、卒業証書が送付されてきており、そのお陰で警察署へ拳銃所持の許可証を手に入れたのだ。
「マジか。じゃあ、銃とかバンバン撃ってたの?」
「おう、バンバンよ」
皆から「すっげー」という歓声があがる。そんな皆の反応に秦はまんざらでもなかった。気持ちのいい優越感で胸が高鳴る。
一方でそんなやりとりを横目に、瑠璃は別のクラスメイトに声を掛けられていた。
「瑠璃っていつの間に名字変わったの?」
声を掛けてきたのは霧島 美緒だ。中等部からずっと同じクラスで、物事を率直にいう性格が瑠璃は好きだ。ほどよく明るい毛先にパーマを掛け、綺麗に整えたまつ毛のギャルだ。美緒はパーマがかかった毛先を指でくるくる回している。
「う、うん。実はお父さんが見つかってね。それで、復縁っていうのかな?そんな感じで……」
正直に言えば、父に関して複雑な気持ちだ。
「でもよかったじゃーん。お父さん見つかって」
「うーん。でも、結局一緒には暮らしてないし、なんというか、あんまり変わらないかなぁ……。ただ、名前がちょっと面倒になったというか」
「確かにね。なんだか谷田凪って漢字が多くなったね」
あはは、と軽く笑う。そんな二人に関野 純もやってくる。
純は少し頬が丸く、目がキリッと上がった女の子で、笑っていない時は怒ったような目をしているように見られるのがコンプレックスだ。だが、性格はどちらかといえば温厚で、気配りが出来る子だ。
「おはよー瑠璃。何の話してたの?」
「おっはよーじゅん。いやーほら、瑠璃が名字変わった話してたんだけどさー」
「あぁそうなんだ。私も昇降口でクラス表見た時、一瞬誰だろうって思っちゃった」
純がクスリと笑う。微笑んだ顔は優しく、見た目以上に可愛らしい笑顔を見せる。
「でしょでしょ?それと知らない名前あったから転校生も来てびっくりだし」
「あぁ、あの男の子?」
純が男子たちが集っている秦を見る。釣られて美緒も秦たちの方を見る。
「ボディガードだかなんだか知らないけど、なーんか下心丸出しって感じ?」
美緒がどこか呆れているような顔をする。瑠璃はどこか納得する部分があった。
「でも、ああいうのがまさに男子っぽくないかな?」
「そう?なんかチャラ男になりきれてないチャラ男っていうかさぁ…」
さすがにそこまで言われるのは可哀そうな気がした。思わず瑠璃が口を挟む。
「ま、まぁでも秦くんはあーいう感じだけど、いざっていう時はすごい頼りになるから…」
瑠璃の言葉に驚きの表情で美緒と純が同時に振り返る。瑠璃はしまった、と思ったが、その時にはもう遅かった。
「え、なに?瑠璃の知り合いなの?」と純。
「え、っていうか、もしかして……」
美緒がすぐに大きく開けた口を両手で塞ぐ。
「……マジ?」
瑠璃は苦笑いを浮かべるとすぐに頬をポリポリと掻いた。