9.ナナフシみたいな男
瑠璃の案内の元、校門を抜けて市民体育館に匹敵するほどの総合体育館の横を通って件の職員室に辿り着いた。
校舎とは少し離され、秦達は来客用のスリッパを借りて職員室へと入る。瑠璃は廊下で待った。
職員室の中は広く、多くの職員がいた。近くにいた男の職員に声を掛けると、奥へと案内される。
奥にはしきりで区切られた応接間があり、そこのソファに座らされた。
少し時間をおいて、目の前に現れたのは50代手前ほどの細身で長身の男だ。白髪が混じり、綺麗にアイロンがけされた茶色のスーツがどこか潔癖的な印象を持たせる。あまり人からは好かれないタイプだろうと秦は考察した。
「私はこの学園の総合事務長の長谷部といいます。よろしくお願いします」
長谷部は同じように細い目を利かせ、妙な威圧感を出して二人を交互に見据える。
「まず、君たちはBGCということで承っていますが……。質問をします。今、ブレザーの中に武器などは持っていますか?」
長谷部の問いかけに秦と慶太は顔を見合し、ブレザーの前を開けて見せた。ボディガード.380が収まったショルダーホルスターが露わになった。思わず長谷部が眉間に皺を寄せる。
「よろしい。前を閉じなさい」
すぐに前のボタンを閉じる二人。すると長谷部の顔が険しくなっていく。
「いいですか?いくら法律で許可をされていても、我が校では危険な所持品は禁止しております。今日のところは特別に許可を致しますが、明日からは持ってこないように」
「なっ!?そりゃあないぜ?こっちは仕事なのに…」
思わず秦が口答えする。その言葉に苛立ったのか、長谷部は少し甲高い声で口調を速めた。
「仕事って、君は学生でしょう?わが校に入った以上、学生としてのルールをきちんと守って頂きます。それに君、その髪型っ!その変なジャラジャラした鎖っ!きつい香水っ!」
顔がどんどん険しくなっていく。眉間にはうっすらと血管が浮き始めている。
さすがの秦ももう口を開かなかった。
「いくらアメリカで過ごして来たからって、そんな恰好は許しません。はしたないですよっ!『郷にいては郷に従え』という言葉を知りませんかっ!?」
長谷部の言葉はもう怒声に近かった。思わず周囲の職員もちらちらと見始めている。
「いいですか?君たちはこの国の法律ではまだ未成年なのです。確かに、昨今の国際条例では君たちのような人間が認められていますが、私は断じて許しておりません。この学園では学園長が確かに君たちの入学を認めましたが……」
長谷部の長い説教が始まった。秦は顔を俯かせ、長谷部に見えないようにウンザリとした顔を浮かべる。一方で慶太も、聞くふりをして半分以上聞き流していた。
二人はこの時点で分かっていた。目の前にいる長谷部という男は理論や倫理は立派だが、それに私情を込めてぶつける人間なのだ。こういうタイプの人間は理解を示したフリをしながら黙って聞いておかないと面倒だ。
30分後、長谷部の長い説教を終えて職員室を出ると、廊下で待っていた瑠璃が声をかけた。
「どうだった?なんかすごい怒られ…」
言い掛けた瑠璃が、げんなりした顔の秦と呆れかえっている慶太に気付く。
「…てたんだね。お疲れ様」
慶太は秦の背後でやれやれといった手ぶりを見せる。
一方で秦ははぁっと小さいため息を吐いて、背後の職員室のドアを睨んだ。
「クソぉ、あのナナフシみたいな顔したセンコーめぇ……」
「な、ナナフシ?」
思わず瑠璃は吹き出しそうになった。イライラしている秦には申し訳ないが、瑠璃は顔を背けて肩でクスクスと笑った
「絶対、見返してやっからな」
「こら、職員室の前でそんなこと言わないのっ!」
秦の背後で声が聞こえた。振り返ると誰もおらず、すぐに視線を落としてやっと見つけた。
そこには慶太よりも背の低い女性が立っていた。
若く、童顔だがきっちりと化粧をしている。ぱっちりとした目が秦を見据えている。
「…おしゃれ小学生?」
思わぬ秦の言葉にその女性は頬を含ませる。
「小学生じゃありませんっ!私はあなたの担任になる白坂 六葉です。これでも22歳の大人です」
そういって腰に両手を置き、エッヘンと言った感じのポーズを取る。その仕草そのものがまるで背伸びした少女みたいだ。
「私もあなた達と同じく初めてここ来た人間ですけど、どうかよろしくね」
打って変わり、優しい笑みを浮かべる六葉。
「はぁ。よろしくお願いします」
「それとあなたが同じクラスの谷田凪瑠璃さんね。分からないことあったら、聞いてもいいかな?」
「はい、いいですよ先生」
瑠璃も同じくらい柔らかな笑みを返す。
「えーっと……。それじゃあ、高等部の職員室まで、いいかなぁ?」
六葉が照れくさそうにいう。その恥じらい方はやはりどこか面影だ。こども先生、という言葉が秦の中で浮かんだ。
これから歩き出そうとしたその時、すぐ背後から職員室のドアが開いて長谷部が顔を出した。
「待ちなさい二人ともっ!先ほどは話に夢中で忘れましたがやはりその胸の中の物はこちらに預けなさいっ!それと波喜名くんっ!君のそのジャラジャラしたものだっ!」
そう怒鳴り終わると、バタンと力強くドアを閉めた。振り返り終わった全員が、その場で閉まったドアを見据えたまま動かずにいた。
「うるせーなー、あのナナフシ」
ぼそりと吐き捨てる秦。秦の呟きに、瑠璃は口を押さえて笑いを殺した。