5.キーと600億
「600億だと? なんだそりゃあ?」
秦が男の身体を反転させ、胸倉を掴みあげる。苦しそうな男は必死に首を横に振る。
「し、知らねえよっ! こっちだって聞きたいよっ!」
慶太も男の隣に立ち、男の顔面を睨む。
「他には何かなかったのか? 些細な事でもいいから言えっ!」
子供二人に胸倉を掴まれ、さらに恫喝される男の姿はとても哀れだ。だが男には余裕がなく、必死に思い出してながらいう。
「そ、そういえばイントネーションがおかしかった。あ、ありゃあ外人だよっ!」
「外人?」
その言葉に先の襲撃事件を思い出す。前回の事件の首謀者は確かリチャルドとかいう男だった。そいつの仲間だろうか?
「な、なあ、白状したんだ。このまま解放してくれたって……」
男が懇願の目を向けたその時、遠くからサイレンの音が響き、屋上のスロープの奥から赤色灯の回転する光が見えた。
「あら~。どうやら日本の警察はお仕事が早いみたいだな……」
思わず掴んでいた胸倉を外す秦。男は地面に落ち、思わずスロープへ目を向ける。一台のパトカーが赤色灯を回しながらスロープを上がり、そのままこちらに向かってくる。
「そ、そんなぁ……」
男はがっかりと肩を落とし、自分の車に背を預ける。
すぐに店内から数名の警備員も駆け寄ってくる。
どうやら監視カメラで一部始終を見ていたようだ。
駆け寄ってきた警備員にいう。
「BGCだ。誘拐未遂の現行犯だぜ、この男」
その言葉に男はがっくりと項垂れる。警備員たちは頷き、目の前に停まったパトカーに近寄る。
― ― ― ― ― ― ― ―
その日、相沢あきは偶然にも桜陽島付近で警察車両に乗り合わせていた。
桜陽島から少し離れた本島で起きたひったくり事件の聞き込みを終え、署に戻る途中だった。一緒に聞き込みに回っていた先輩刑事は別の事件が発生したため、仲間の車両に拾われ、あきは一人で署に戻るところだった。
幹線道路を走るあきの車の無線に連絡が入る。
『こちらPC四号車。現場に到着。現場は桜陽島ショッピングモール屋上の駐車場』
『了解四号車、どうぞ』
桜陽島。その言葉に胸が騒いだ。無線の音量上げる。
『被疑者は40代男。被害者は10代少女と判明。偶然、店内にいた少年二人により私人逮捕の模様』
少年二人。その言葉に先の事件を思い出す。
もしや、そう思った瞬間、無線のマイクスイッチをオンにする。
『こちらA08。現場近いので急行されたい、どうぞ』
『A08。了解。どうぞ』
あきはサイレンを鳴らし、幹線道路の右車線に移ると、対向車のいない交差点でUターンして桜陽島へ向かった。
運転する相沢の胸中で、国原の言葉を思い出す。
『あまり深追いするなよ』
あきはそんな国原に心の中で謝罪する。
申し訳ありません。ですが、このチャンスは二度とない。
あきはサイレン装置を起動するとアクセルを更に深く踏み、桜陽島への距離を縮ませる。