4.射撃勝負
準備が整い、メガホンを持ったエリックが進行を務める。二人はレーンに立って射撃の準備を整えて、目の前にセッティングされたペーパーターゲットを睨み付ける。
「ルールは前回と一緒。まず10メートルから3発。ターゲットの着弾点の総合ポイント制。今回用意した銃は.380のベレッタだ」
10メートルは拳銃弾での最大有効射程だ。訓練された人間であっても、正確に的の中心を当てるのは無理難題である。それは秦や慶太だって同様である。
「負けた側がクラス全員に飲み物奢りだ。いいな?」
二人が同時に頷く。その瞬間に生徒たちが歓声を挙げる。中には指笛を鳴らす者でいた。
「準備出来たか?今度は負けねぇからな」
秦が息を競い立つ。
「そっちこそ、半べそ掻いて自販機の前に立つ準備はいいですか?」
憎たらしい笑みで返す慶太。そんな二人を無視するかのようにエリックがメガホンのマイクに電源を入れる。それを合図に睨むのをやめて銃を握る二人。
「レディ……」
エリックが少し溜める。二人の眼差しは真剣なものとなり、眼前のターゲットに集中する。
「ゴーっ!」
開始の声に息を合わせたように同時に構え、引き金をひく。
二人はまるで意思が通じ合っているかのように同じ発射間隔で撃ち、弾丸を全て吐き終えて銃を下す。周囲で見守っていた中等部の生徒たちは目を丸くさせた。
「射撃終了っ! 安全確認っ!」
エリックが笛を鳴らすとリモコンを操作し、ターゲットを呼び寄せる。見守っていた生徒は一同にターゲットに群がる。
「採点を早くしろっ!」
「待て待て、せかすなって」
皆が採点している中、二人はマガジンを抜き、安全確認を行う。表情を変えずに作業する慶太。一方で秦はどこか勝ち誇ったかのように口角を上げて、採点作業を見守っていた。
採点をした生徒から結果表を受取り、エリックはメガホンの電源を入れる。
「んん。それでは結果を発表するぞ。まずは慶太だ。」
エリックがターゲット用紙を見やり、息を吸い込む。
皆が緊張と興奮を隠した静寂の中、エリックの言葉を待つ。
「慶太、28点っ!」
皆がワッと声を上げ、慶太を讃える。無言のまま秦を一瞥するも、秦はまだニヤつきを消さずにいた。
「それじゃあ次、秦の結果だが…」
少し間を置き、先ほどの様に静まり返る。エリックも顔はニヤついている。それを見て秦はどこか勝ち誇った表情に切り替えていた。
「秦、28点っ!」
先の慶太と同様に皆が歓声を挙げる。だが秦は慌てて逆にエリックに詰め寄った。
「んな馬鹿なっ!? 俺の弾丸は確かに全部真ん中に当たったはずだぜ!?」
エリックが秦の鼻っ面にターゲットペーパーを押し付けるように見せる。
「残念だったな、秦。後もう二センチ程左だったらパーフェクトだったのにな」
確かに弾丸は10ポイントの枠から2センチ程ずれていた。穴が開きそうなほど何度も見つめたが結果は変わらなかった。
「そして慶太も同様だ」
慶太のターゲット用紙も同じように見せつける。確かに慶太の着弾点も若干ズレていた。
「引き分けか」
「でもすごくないか?あの距離だぜ?」
皆が口々にはしゃぐ。その歓声を切り裂く冷たい台詞が流れ込んだ。
「面白くないな」
同時に言葉が出る慶太と秦。
おいおい、とエリックが頭を抱える。そんなエリックを尻目に秦が慶太を睨み付けたまま言う。
「なら次はホルスターからドローの的の早当てってのはどうだ?俺が負けたらさっきのに加えて、購買で50ドル分驕る」
慶太は表情を変えずにいう。
「いらない。その代わりにウォークマンをよこせ」
ウォークマンとは秦がつい最近買った日本製のやつだ。かなりの良い値段であり、普通なら手放すことはない。だが秦は躊躇せず頭を縦に振った。
「いいだろう」
すぐにマガジンに弾丸を込め始める。それに釣られるように慶太もマガジンに手を伸ばす。はぁ、と小さいな溜息を吐くエリック。
「よしわかった。じゃあ今から……」
その時、エリックの声を遮るように射撃場の重たい扉が開いた。
「お前らそこまでにしておけ」
扉が開くと同時に聞き慣れたドスの聞く声が響く。その場にいた皆が同時に体躯を向けると、射撃場の入り口にバーンズが立っていた。
秦は弾丸を入れたばかりのマガジンを慌てて抜き、安全確認を行う。バーンズはドスドス勇ましい足取りで二人に近づき、直立不動の秦と慶太の顔を交互に見比べる。
「相変わらず馬鹿な事をしてるな。訓練場での規則は?」
「訓練目的以外での射撃は禁止、です」
眉一つ動かさずにハキハキと答える慶太。
「まだあるな?」
「はいっ! ギャンブルはするな、ですっ!」
先程の慶太と同様に、はきはきと答える秦。
「よろしい。本来ならば二人に罰則プログラムを受ける所……だが、お前らに客だ」
秦と慶太は同時に顔を見合わせる。次にバーンズはエリックに視線を向ける。
「エリックっ! 馬鹿な賭けを仕切ってる暇があれば仕事に集中しろっ! .380弾だってタダじゃないんだ、お前の給料から差っ引くぞっ!」
大目玉を食らったエリックは慌てて耳当てをし、周囲の生徒に手を振る。見学していた生徒たちも怒声に慌てて元の場所に戻る。
「銃の整備を行ったら、すぐに教官室に来い」
バーンズが二人に命じる。
「はいっ!」
互いにつられて返事する。バーンズは背中を向けて歩き始めるが、何か思い出したかのように立ち止まり、踵を返す。
「それと波喜名」
「はいっ!」と元気よく口を開く秦。
「“射撃場には無用な物は持ってくるな”、という規則は忘れてないよな? 右ポケットの中身の事だ」
秦が思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。右ポケットの中には件のウォークマンが入っている。
「それに関しては処罰の対象だ。後で自販機のコーヒーを持ってこい。ブラックのホットだぞ」
そう告げるとバーンズはそのまま射撃場を後にした。後ろ姿が扉の向こうに消えるなり、秦はポリポリと頭を掻いた。
「なーんで俺のウォークマンバレたんだよ……」
慶太が横目で秦を見遣る。秦のワイシャツの右ポケットが小さく膨らんでいる。バーンズは生徒たちの私物に関しての購入管理リストを見ている。恐らく、秦の購入リストを見て洞察したのだろう。
「馬鹿か…」
秦に聞こえない小さな声で呟いた。