3.見知らぬ少女たち
「雛乃っ!?」
慶太と秦の背後で声がした。思わずそちらに振り向く。
一人の少女が先ほど駆け上がってきた階段の入り口前に立っている。
少女はすぐにこちらに向かって駆け出す。キリッとした目元を抜けば、どことなく雛乃と呼ばれた少女に似ている。恐らく近親者だろう。
少女は雛乃ではなく、慶太の胸倉あたりをつかみ、そのまま足払いをする。
思わぬ行動にかわす事は出来なかったが、受け身だけは取れた。
そして少女は慶太に見向きもせず、今度は秦に向かう。
「ちょ、ちょい待てっ!」
「この変態どもっ!」
少女が罵りながら秦に掴み掛ろうとする。が、秦はそのままバックステップを踏み、掴み掛ろうと伸ばした腕を掴む。
「あ、あぁ……」
雛乃は困惑した様子で、どうしたらいいかわからない様子だ。
右腕を掴まれた少女は、そのまま秦の背中に身体を乗せるように身を反転させ、自身の体重で秦を組み伏せる。予想以上に武道に長けた少女だ。
「女だからって舐めるんじゃないよっ!」
背中で右腕をひねられる秦。ギリギリと捻る腕に力を込めていく。
「ま、待てってっ!話を……」
すぐにでも力を入れて身体を解放出来る秦であったが、叫んでいる時に少女のふくよかな胸が自身の背中に当たっている事に気付いた。
もう少しこのままでもいいか、そう悩んだ一瞬の時だった。
「おやめなさい、風音」
静かだが、力強く通る女の声が聞こえた。見上げると、慶太と雛乃のそばに一人の少女が立っている。年の瀬や出で立ちから見て、自分と同い年か少し上だろうか?さらに見れば、その隣には瑠璃もいた。
「でも、さや姉っ!こいつら……」
「まず相手の話を聞くところから始めましょう。それに、谷田凪さんからそちらの御二人はお知り合いだということです」
風音と呼ばれた少女は渋々と秦の腕を離し、秦を解放する。
腕の痛みと背中に残った弾力のある胸部の感覚が消え、秦はやれやれといった顔で身体を起こす。
「ごめんなさい。妹の風音は少し無鉄砲な所がありますので……」
大人びた彼女が、丁寧な口調で秦の前で頭を下げる。
「慶太くんも秦くんも大丈夫?」
瑠璃が秦の元に行き、顔を覗き込む。
「大丈夫だけど……まず、どういう状況なのか教えて?」
背筋を伸ばし、肩をグンッと回す秦。
「失礼いたしました。私は篠崎紗香と申します。青海学園高等部の3年生です」
紗香が再度頭を下げる。少し横に伸びた瞳に大人しそうなふと眉、そして大人しくかつ大胆な振る舞いはまさに淑女という言葉が似合う。
秦は彼女のつま先からてっぺんまで見通し、そして最後にセーターの上からでもわかる程の豊満な胸部に目がいく。なるほど、この姉妹は中々発育がいいな、と下衆な思考をする。
そんなことなど露知らず、紗香は横にいる風音に目を向ける。
「あちらが次女の風音。青海学園中等部の3年生です」
姉の紹介に対し、ふん、とそっぽを向く風音。
「少しお転婆なところはございますが、どうかお見知りおきを」
秦ははは、と苦笑をする。
「そしてこちらが三女の雛乃。どうもこの子は人見知りでして……」
紗香の後ろに隠れるようにいる雛乃が頭だけを出し、「お、お見知りおきを……」とか細い声で挨拶をする。まるで小動物のようだ。
秦と慶太もペコリを挨拶とする。
「それで、あなた達のお名前は谷田凪さんからお伺いしております。あなたが……」
「波喜名、秦です。そう、『波』がその『名』を聞くと『喜』ぶと書きます。下の秦は『奉仕する』という漢字に似ていますが、少し違います」
秦が女性に対してだけ行う営業スマイルを作る。
「あら、珍しい漢字を書かれますのね。」
紗香は特に動じず、秦に笑顔を見せている。一方で雛乃はキョトンとし、風音と瑠璃は少し引いていた。
「いえいえ。父と母には感謝しております。そして、あなたの名前も大変お美しい」
またどさくさに紛れてつまらない事を、と慶太は心の中で突っ込む。
「私めはまだ17歳の若輩もの。つまり、あなたの後輩になります」
そう言って紗香の右手をそっと握って持ち上げる。まるでダンスを誘う紳士のようだ。その手を横からサッと風音が払う。
「さや姉に気安く触るな」
秦は営業スマイルを崩さずに動かなかった。慶太がやれやれと呆れた顔を浮かべる。
「ね、ねぇ……そんな事より、この状況はどういうことなの?」
瑠璃が車と車の間に倒れている男を指差していう。