1.『スカイモール』
ショッピングモール『スカイモール』。
桜陽島のメイン道路を正面に見て右側、方角でいえば北西側に存在する。
白とオレンジの建物大きな店舗の正面と地下、さらには屋上に駐車場があり、計500台は停められる。
桜陽島のみならず、周囲の中ではかなり大きいショッピングモールだ。2階建てモールの真ん中は吹き抜けになっており、そこから覗けばたくさんのテナントが並んでいるのが見える。
1階には生鮮食品店にコーヒーショップ、フードコートやスポーツショップがある。2階にはドメスティックブランドのアパレルから海外のややお高目なブランドショップ、さらにCDショップ大型書店に、ワンコインショップにパワーストーン専門店などもある。
その2階の吹き抜け同士が途切れる広場に置かれたベンチコーナーに秦と慶太はいた。
時刻は19時半。ベンチコーナーでは夕飯を食べ終え、買い物に飽きた子供が携帯ゲームをやり、それを少し疲れた父親が眺めている。ほんわかとした空気が流れる中で、慶太は険しい顔で秦を睨みつけている
「なに、瑠璃さんを見失った?」
煌々とオレンジ色の照明とスピーカーから流れる有線の軽快なポップソングとは対照的に慶太が怪訝な目で秦を睨み付ける。秦は慌てていった。
「待て待て、俺だって好きで見失ったんじゃねーよ。しゃあねーだろ、『下着売り場まで付いてくるな』って言われれば、店の前で待つしかないんだから」
二人の他、瑠璃と三人でここに来たのは明日より新学期が始まる青海学園に、秦と慶太が転入する為だ。
学校指定の制服は裕子によって手配されてすでに寮に届いているが、筆記用具やノートなどは用意されていない。それに加えて二人は最低限の生活品しか用意しておらず、呆れた瑠璃から誘われたのだ。
だが『スカイモール』についてみれば、瑠璃の買い物の方に時間が掛かった。さすがに痺れを切らした慶太が、秦に警護を頼み、必要な物を購入して回ったのだ。その矢先の出来事がこれだ。
「それで、店の前で待ってたのに見失ったのか?」
「それがその店、裏にも入り口があったみたいでよ。いつまでも出て来ないから、恐らくそこから出ちまったんだろう」
慶太は考える。依頼人が護衛に対してストレスを感じて監視の目を抜けるという話はある。だが、瑠璃に限ってはどうだろう。考えにくい。だが、姿を見かけない以上はそうなのだろう。
ふと、嫌な予感が頭を過ぎる。
「とりあえず、荷物をコインロッカーにしまうから、その見失った店の前まで案内してくれ」
― ― ― ―
買い物した商品を店内のロッカーに預け、慶太は秦の案内でそのランジェリーショップの前に辿り着いた。
時刻は20時を過ぎた辺りだ。日曜日の夜ということもあり、客足は先ほどとは違って減っていた。
「確かにこの店なんだな?」
秦が「そうだ」と頷く。中を覗くと色とりどりのランジェリーがラックの並び、それを若い女性客が見回している。慶太も思わず身を潜めた。
「な?ちょっと入るのは気が引けるだろ?それでも頑張って入ったんだぞ?」
少し自慢げに語る秦。確かに、と顔には出さずに心の中で慶太は納得した。
「電話は掛けたのか?」
「それがマナーモードになっていて繋がらないんだ。二回も掛けたのに」
慶太の抱える嫌な予感がさらに加速する。だが、どうだろう?人が少なくなったとはいえ、もしこの状況で拉致などをするとしたら?
慶太が思考している一方で、秦は周囲を見回した。
すると吹き抜けの向こう、店の奥へと続く通路の奥で手を引く男の背中と、それとは対照的に少し小さな長い黒髪の少女の背中が目に飛び込んだ。少女の足取りはどこか男に抵抗がある。すぐに瑠璃だと確信した。
「あそこだっ!」
秦が叫び、その背中を追う。慶太も釣られて秦の後を駆けだす。
「間違いないのか?」
「ああ、男に連れられたっ!急ぐぞっ!」
円を描く吹き抜けの通路を全力で走り抜ける。通路を歩く買い物客は何事かと走り抜ける二人を振り返る。当然、二人はそんな事など気にしていない。
吹き抜けを大回りし、二人が消えた通路の奥へ進む。左右にテナントが続く通路の奥、二人の背中が遠くに見えた。
男はそのままテナントの影に入る様に通路の角を曲がる。
少しして秦と慶太が辿り着くと、そこには二台のエレベーターがあった。一台は自分たちのいる二階に上昇しようとし、もう一台は屋上のパーキングエリアへと昇っている。
「屋上の駐車場だっ」
二人はすぐに隣の階段へ走り、階段を一段飛ばしで駆け上がる。