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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第二章・新しい生活
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21.幕引きと女性警察官

 事件から三日後。

 日本・東京都 某ホテルにて



 日本の料理は最高だ。


 魚も上手いし、肉の柔らかさもこちらの方が最高だ。


 強いて言えば、料理の少なさとグリーンティのまずさだ。それさえ抜ければ最高なのだが。


「ではミスターオオハタ。ぜひとも検討お願いしたい」


「はい。ミスターリチャルド。本日はこのようなお食事にお招きいただき、ありがとうございます」


 テーブルの向かいに座っていた男が深くお辞儀する。日本人は妙に礼儀正しい。


 ホテルの最上階にあるレストランでビジネスと食事を済ませたリチャルドは立ち上がり、支払いをカードですませる。


 これ幸いに依頼主のお陰で小金はまだある。

 リチャルドは先ほどまで商談していた男達に見送られ、エレベーターに乗り、一階を目指す。エレベーターは順調な速度で一階のロビーにつき、リチャルドは膨れた腹を揺らしながら歩き出す。


 ホテルのロビーではビジネスマン達がわいわいと賑わっている。働く国民と言った国だ。この様な時間まで労働しているとは。日本人の他にも他国の人間も見える。何度も思うが、国際化という言葉は好きだ。



 労働といえば、雇った連中はどうしたのだろう? まだ連絡はない。


 失敗したとしても、私を繋ぐものはない。だが私の雇い主に気付かれるのはまずい。その時はヨーロッパにでも逃げよう。


 そんな思案をしていると目の前に、ビジネススーツに身を包んだ日本人の男と長身の白人男性がこちらの前で立ち止まった。白人の男は言う。


「失礼ですが、あなたはアメリカからいらっしゃいましたリチャルド・マッケンガーさんで間違いないですか?」


 発音からしてイギリス系だろうか? 頷いて見せる。


「そうだが?」


 答えた瞬間、周囲に居た人々がこちらに歩み始める。それがどういう事なのか、すぐに理解した。血の気が引いていく。


「こちらは、警視庁の国際犯罪対策課の方です。あなたに住居不法侵入及び拐取(かいしゅ)教唆の疑いが出ております。こちらがその令状です」


 そう話すと、日本人の男は令状を見せる。日本語で書かれた物と、英語で書かれた物と二枚ある。すぐにイギリス系の男が続ける。


「そして私はICPOです。あなたにはロサンゼルス空港での発砲事件とニューハルス空港での殺人及び殺人未遂、発砲事件の関与の疑いが出ております」


 同じように令状を顔面に突き付ける。思わず冷や汗がダラリと流れる。


「任意ではございません。ご同行お願い出来ますか?」


 その言葉を合図に周囲にいた捜査官がリチャルドの肩を掴む。喉がカラカラになり、手足が小刻みに震えるのがわかる。

 なぜだ? なぜ辿り着いた? どうして? そんな言葉ばかりが頭の中を駆けまわる。


「べ、弁護士を……」


「ご心配いりません。署につき次第、手配しましょう」


 リチャルドはそのまま観念し、捜査官に付き添われてホテルのロビーを後にする。

 その様子を少し離れたソファーで八木裕子が見つめていた。



 ― ― ― ―



 新潟新中央署・第一課


 事件から四日後。


 桜陽島を襲撃した犯人が犯罪者を斡旋する組織と繋がっていた為に、事件は本部へと回された。


 中央署の第一課ではオフィスでは警察官たちがせわしなく仕事をこなしている。


 その中で数少ない女性の相沢あきが納得いかない顔で机の前の書類を睨んでいる。


 まだ26歳の若手であり、短く切りそろえた髪に吊り上がったアーモンドのような目は、まさに熱気あふれる若者警察官の代表ともいえる。


 不服そうな顔で書類とにらめっこしているあきに気付いたのは、隣のデスクに座るベテラン刑事の国原だ。

 40代後半に差し掛かり、ほうれい線が深く鳴り始めた頬をさらに下げてあきのデスクを覗き込むように伺う。


「相沢、なんか納得いかないことでもあんのか?」


「先輩。この事件をどう思いますか?」


 机の上に置いてある資料を国原に手渡す。国原が目を通すと、この間起きた桜陽島での孤児院の不法侵入と誘拐未遂事件の書類だ。


「どうって……。そりゃあヤダナギって会社の娘を誘拐しようとした外人が、日本にわざわざ来て人雇って誘拐しようとしただけだろう?事件は本部に回ったんだ。考えても仕方ないだろう」


「だけって……。この事件はおかしいですよ?まずヤダナギコーポレーションの社長には娘は一人しかいません。それはインターネットで調べても出てきます。この娘というのもアメリカにいます。それに、今回逮捕に協力した子供の……」


「ボディガード・チルドレン、か?」


 言葉の先を取られたのが気に入らなかったのか、あきは少し眉をひそめた。若い人間にありがちな態度だ。


「そうです。彼らは昨日アメリカから来日したばかりで、まだ必要な申請書類もこちらに出していません。現在書類を出している最中ということ……ですが、彼らの卒業証書もない。なにより、この事件が口外禁止というのも気に入りません」


 国原は鼻をふぅっと鳴らす。


「気に入らなくても、俺達は国家公務員だ。上の指示には従え。ましてや、課長だけでなく本部長までいうんだから。この前の会議で聞いていただろ?」


「ですがっ!?」


 思わず声を荒げるあき。その声に後ろに座っていた刑事や、向かいのデスクで書類を作成していた刑事も二人に視線を向ける。


 国原はまあまあという手付きをあきに見せ、椅子の上で背筋をうんっと伸ばす仕草をした。


「……なあ、今日はちょっと冷えないか?温かいコーヒーでも飲みに行かないか?」


 あきに目配せする。あきは周囲を見回し、静かに頷いた。


 国原は立ち上がり、そのままオフィスを後にする。それに続くようにあきも立ち上がり、その背中を追った。



 ― ― ―



 自販機で買った暖かいカップのコーヒーを片手に、署の裏にある人気のない喫煙所に向かう。


 少し飛び出した屋根の下に小さな灰皿。数年前から分煙化の波に押され、椅子などは撤去されてしまっている。


 国原は胸ポケットから煙草の箱を取り出し、一本引き抜いて口にくわえると火を付けた。


 口からふぅーっと白い煙を吐きながらいう。


「お前の話はな、他の刑事連中も同じく思っている。だが、皆慣れっこなんだ」


 あきがムッと国原を睨む。あきの睨みに国原は手をヒラヒラさせる。


「お前の聞きたい事はわかる。だから、この話は絶対に他言するな。そして、質問はなしだ」


 あきは頷く。国原は先端に残った灰を指先で灰皿に落とし、手の甲を顎に乗せて話す。


「今回の事件はそもそもアメリカで起きた空港事件と関連している。今回捕まった犯人は、その空港事件と関係しているらしい」


「ロサンゼルス空港の?」


 あきは思わず慌てて口を押える。その様子を見ていた国原は一呼吸おいて続ける。


「ICPOも動いたそうだ。そして、この事件に関して箝口令を強いたのは本部長よりもさらに上だ。思っている以上に、上だろうな。どこの誰がなんの為にそうさせたのかはわからん」


 なんとなく推測はつく。だが、まだ腑に落ちない何かがあるのは胸の中で渦巻いている。


 短くなった煙草を灰皿に押し付けて消化した国原は、残り少なくなったコーヒーを一気に飲み干す。


「以上だ。悪いことは言わん、早く忘れろ」


 国原は扉の横にあるごみ箱に空のカップを放り投げ、そのまま喫煙所を後にした。

 あきはまだ残る紫煙の匂いの中で晴天を見上げる。


 その瞳の奥は、まだ燃える切れぬ何かがあった。

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