18.決まりを破って尋ねたこと
桜陽島に着くなり、瑠璃達は昼食と夕飯の買い物をして寮へと帰宅した。
寮に着くと時刻は昼を過ぎたばかりで、瑠璃は自ら料理すると言い、台所に向かう。一方で慶太がリビングで購入したものをチェックし、秦は与えられた部屋の荷物を整理し始めた。
瑠璃は焼きそばの具材を炒めながら、リビングで買った商品を丁寧に見比べ、その都度メモに何か記載している慶太を見遣る。
瑠璃の中ではどうしても慶太に聞きたい事が山ほどあった。
どんな家で育ち、どんな生活をしてきたのか?どんな理由でBGCに入ったのか?そして、そんな過去の中で人を平気で殺せるような何かがきっかけがあったのではないか?
複雑な気持ちが入り組み、瑠璃の中でモヤモヤとする。
「瑠璃ちゃん」
秦の言葉でハッとする。自分でぼうっとしていたのに気付かなかった。慌てて秦に振り返る。
「それ、なに作ってるの…?」
秦に指差され、思わず手に持っていたフライパンに目を落とす。そこには黒焦げになってしまった具材がさらに焦げようとしていた。あわあわとしながら慌てて火を止める。
― ― ― ―
「これが……焼きそばっていう奴か。本場は違うな」
秦と慶太の前に並んだ皿には、具のない麺だけの焼きそばが盛られている。
「ちょっと失敗しただけですっ!」
そう堂々という瑠璃だが、頬を赤面させて恥ずかしさを隠している。三人は「いただきます」と告げ、具のない焼きそばを食べ始める。
味気のない焼きそばだったが、空になった腹にはいいごちそうだ。すぐに皿を空にする。
― ― ― ―
秦の荷物整理が終わると、今度は慶太がバトンタッチするように二階に上がっていく。今度は秦がダイニングテーブルにつき、今朝に慶太が見ていた携帯端末をいじったり、なにやら難しい書類の記入をしていた。
瑠璃は我慢できず、秦に問い掛ける。
「ね、ねぇ……秦くん」
「えーと、その……ちょっと言い辛い話なんだけど……」
瑠璃が少しもじもじしながらダイニングテーブルに目を落とす。聞こうにも、自分からルールを破るの羞恥心が頭の中で抵抗している。なかなか切り出せずにいると、見かねた秦がいう。
「女性の、好み?」
「へ?」
思わず固まる瑠璃。
「俺の好きな女性のタイプ、かな?」
「全然違うっ!」
思わず真っ赤な顔をして怒鳴る。
「聞きたかったのは慶太くんのことっ!」
「なんだ……慶太のことか」
的外れな話題に肩を落として落胆する秦。気を取り直し、この際だからと単刀直入に尋ねた。
「そう慶太くんのこと。昔っからあんな感じだったのかなって?」
秦は昨日見せつけられ、ダイニングと台所の間の垂れ壁に飾られた額を指差す。
『他人の過去はむやみに詮索するのはやめるべし』。こういう時ほど面倒な言葉だ。
「む、むやみではないからいいのっ!」
「そういうの、『へりくつ』って習ったぞ」
まあいいか、と秦はいうと持っていた端末をテーブルに置く。
「俺が知る限りでは、あいつは昔っからあんな感じだったな。どっか理屈っぽくって、でもそれが反論のすきもない正論ばっかで。なんつーか、頭でっかち?そんで周り人は来るんだけど、自分からは入ろうとしない。なんか一匹狼なんだよなぁ」
秦は視線を宙にあげ、天井の薄汚れた壁紙を見つめている。
確かにあれほどの知識と落ち着きさがあれば誰かが寄ってくるだろう。だが、その輪に入ろうとしないのはなんとなく想像は出来る。
すぐに「あっ」と向き直る。
「それとあいつはすっげー嫌われたぞ。俺みたいな目上の人間でも、全然舐めたような態度とるしっ!」
思わずズッコケそうになる瑠璃。それはたぶん、秦くんだからだよ、とは言えなかった。
「まあ、でも……。あいつ見てると、なんかほっとけないっていうか……。うーん、見てるとムカつくんだよ」
「ムカつく?」
秦は頷く。
「そう。なんだか、無理に一人になろうとしているっていうか……。一人でなんでも出来る、みたいな顔するのがさ。だからあいつの鼻を明かしてやろうと思ったんだけど、中々ね……」
言い終わると秦はハハハと苦笑した。
確かに言われてみればそうかもしれない。行動に基づく自信を身に纏っている。だが、その行動の原理となるのはいつだって経験だ。彼は、どこでその経験を手に入れたのだろう。
「そもそも、あいつがどこ出身で、どこから来たのか。それは誰も知らないんだ。教官に聞いた話は、登録されている出身はワシントンらしいけど、それもどうだか。あいつは自分の過去を一切誰にも語らないし、聞いても答えない」
瑠璃の心を悟ったかのように秦は続けた。こちらもなんとなくだが、察しはついていた。秦は続ける。
「でも、あいつと同じチームを組んでたメンバーに聞いたら、あいつの頭には傷があるらしい。髪で隠れてみえないけど、こう縫った跡があるって」
そういうと秦は右耳の少し上に指を置き、そのまま水平に後頭部をなぞっていく。
「秦くんはそれを見たの?」
秦はかぶりを振る。
「いいや。あいつとは住んでた寮の部屋も階も違うから入浴が被らない。それに、男の裸なんて見たって面白くもないでしょ」
秦の言葉に「確かにね」と瑠璃は空笑いする。
「ま、この辺でいいだろ。これ以上は、『むやみ』のうちに入っちゃうだろうし」
言い終わると、秦は鼻歌を歌いながらまた携帯端末をいじり出す。
瑠璃は前髪を指でいじり、どこかもやもやした気持ちを弄んでいた。
「そうだね。それとさ、もう一個お願いしたいんだけど……」
真剣な顔つきを秦に向ける。