3.でこぼこな二人
射撃訓練場
そこでは中等カリキュラムプログラムの生徒たちが射撃訓練を行っていた。
まだ十三歳から十五歳の若い少年少女が不格好な拳銃を持ち、射撃訓練を行っている。少年たちは最初、憧れの拳銃に目を輝かせて握るが、実弾訓練が始まると、発射時の反動とライフリングのジャイロ回転による銃身の暴れに苦しんだ。
何度かの訓練によってある程度の距離の的に当てる事は出来るが、有効射程距離の短さと拳銃弾の精度の低さを学ぶ。そこで生徒たちは、拳銃という武器が“敵を倒す”のではなく、“その場を乗り切る為”の道具の一つと教わる。
このプログラムでは的を射貫く精度よりも、ドローの速さや撃ち方、作動不良への対処法を主に訓練している。
この日は精密射撃訓練を行っていた。多くの者が弾道を安定させるのに集中している中、横山慶太は居た。他の生徒と比べ、するどい目つきでやや遠方にある人型の的を狙って引金を何度も引く。
発射された弾丸は見事に的の頭部中心に吸い寄せられたように命中していく。見学している周囲の生徒たちも、弾丸が当たる度に小さく歓声が上がる。
弾丸を全て吐き出すと、マガジンを抜いてスライドを引いて安全点検を行う。その間にも喝采は続くが、慶太は自身を称える声には一切応じなかった。
少しして周囲が静まり返ると、違うざわめきがよそから生まれた。
すぐ隣のレーンに気配を感じる。だが、慶太は敢えて気にせず空のマガジンをカウンターに置く。
「よう、相変わらずいい調子じゃん」
気さくな声が届き、そちらを向くと波喜名秦がいた。伸ばした前髪をヘアバンドで上げ、吊り上がった目を横目に、唇を尖らせている。
ふん、と鼻を小さく鳴らして新しいマガジンを差し込む。
「ここは中等部の訓練プログラム中ですよ、先輩」
蔑んだような声音を飛ばしながらカウンター上の開始ボタンを押すなり、安全装置を外してスライドを引いて弾を込める。
「もう卒業間近でフリープログラムが組めるんだ。後輩の訓練を見るのもいいプログラムだ」
腰に巻いたホルスターベルトから銃を引き抜き、マガジンを込めながら言う秦。
ブーとブザーが鳴り、ワンテンポ遅れて的が現れる。すぐに狙いを定めて引金を引き、先程と同じように的の真ん中に弾丸を撃ち込む。
「それで、わざわざ見学に来たわけでもないんですよね?」
口を動かしながらも慶太は次から次に現れる的に弾丸を当てていく。
響く銃声の中で秦は口を動かしながら、自分のレーンの開始ボタンを押す。
「もちろんだ。負けたまま卒業は嫌だからな」
「今日は生憎プログラム中なんで。ゲームには乗りません」
全ての弾丸を撃ち終えた慶太は、銃のマガジンを抜くなりスライドを動作させて銃を置く。躊躇なく先ほど抜いた空のマガジンにまた新しい弾丸を込め始める。
一方で秦は、現れたターゲットに向けて発砲を始める。慶太と同じように正確な射撃を行い、中等部の生徒たちが同様に歓声をあげる。
「おいおい。せっかくの先輩のお願いも聞いてくれないのか?」
意地らしく言う。だが慶太は決して頭を縦に振らなかった。
「前回のは教官の立ち合いの元です。非公式な試合はしないし、訓練中はお遊戯は厳禁ですよ?」
弾を込め終えるとマガジンを装填し直し、スライドをカチャリと引いてと開始ボタンを押す慶太。
「今日の所は自習、という所で帰ったらどうです?」
皮肉交じりの台詞を吐き、また現れた的をどんどんと射貫いて行く。
「それに、今年"も"卒業を逃したら先輩は退学じゃないんですか?」
最後の的が出て、狙いを定める。が、引金を引く前に自分の的が撃ち抜かれる。隣のレーンの秦が横取りしたのだ。思わず苛立ちを交えた視線を向ける。
「ルール違反だ」
「おっと悪い。手元が滑っちまったようだ。でも、綺麗に円の中心に当てただろ?」
的に指をさし、いやらしい笑みを浮かべる。
悪びれた様子のない秦に慶太ははぁ、と小さく溜息をつく。
「そんなに勝負したいんですか? またみんなの前で恥を掻くのは自分ですよ?」
険悪な雰囲気が周囲に伝わったのか、訓練場内の生徒たちが射撃を止めて二人を見守る。訓練担当のエリックが慌てて詰め寄る。屈強な腕をやれやれと上げながら二人の間に入る。
「おいおい秦。お前このあいだも慶太に負けて、俺たち職員みんなにコーヒーを奢らされたばかりだろ?」
秦は図星を突かれるが、ふふんと開き直り、「前回は訓練用の22口径だから負けたんだ。今回は実戦で使用される.380弾で勝負だ」と息巻いた。
.380弾とは九mm口径の銃弾だ。軍用銃のほとんどでこの弾丸が使用されている。今日の訓練でもこの弾丸が使用されている。
「結果は変わらないと思うが」
呆れた顔で慶太がいう。もう丁寧な言葉を使うのはやめたようだ。
「わかったわかった。そこまでお前が言うなら慶太も受けてやれ。おい、お前らもそれでいいか?」
見物する周囲の生徒たちに促すエリック。周囲の生徒らもわいわいと囃し立て、訓練そっちのけで的の準備に取り掛かり始める。
その間にも秦と慶太は互いに睨み合い、見えない火花を散らしていた。