14.朝の不機嫌
「あーもうすぐ春休み終わっちゃうっ!」
皆が起き出し、朝食を食べ終わったダイニングチェアにもたれて美咲が叫ぶ。
洗い物をする健太は「そうだねお姉ちゃん」と素っ気ない返事をする。
「そんな事よりも春休みの宿題終わったの?」
瑠璃が問い掛けると美咲は持たれた椅子を更に倒す。
「ボチボチってとこー。それと、私は今日出かけるからー」
その時、美咲の向かいに座る慶太がすっと手を挙げる。
「待ってください。これからは皆さまの行動を教えてください」
「はぁ?」
美咲がむくれた顔をする。健太も思わず洗い物から視線を上げて慶太を見る。
「なんで?」
「護衛において、護衛対象者の近親者の行動を調べるのも大事です。なにも、護衛者ばかりじゃない。近親者を狙う者もいます」
「意味わかんないし、ウザいんだけど」
さらに不機嫌な顔をし、慶太を睨む。見かねた秦が間に入る。
「その辺は確かにわりぃけど、しょうがねぇんだ。お前らにはまだ話してなかったが、アメリカで既にトラブルがあったからよ」
秦が瑠璃を見る。目が合った瑠璃もどこか気まずそうに頷く。
そのやりとりを見た美咲はやれやれと言った顔で深いため息をつく。
「あーはいはい。そうですかー。私はこれから三丁目の高崎さんのおうちに遊びに行ってきまーす。怖い人が出てきたら警察でも呼びますからぁ」
そう告げると慶太を睨み付け、ふんとそっぽを向いてリビングを出ていく。慶太は鼻で溜息を吹かしながら顔を左右に振る。
「あー。僕は、今日サッカーの練習があるから……それに行くね……」
健太が気まずそうにいう。三人の視線が刺さると、健太はさらにそわそわする。
「あ、その……。夕方前には上がるよ。えぇと、ほら、僕。今日お風呂の当番だしっ!」
そう言い切ると、皆の視線が消える。健太は洗い物を続けながら、どこか険悪なムードの三人の様子をじっと観察する。
瑠璃も朝から落ち着かない様子で二人の様子を探っている。朝の慶太とのやりとりは健太も秦も知らない。
「私、今日は約束あるから……」
瑠璃が気まずそうにいう。
「じゃあ俺は八木さんからもらった端末のチェックをしようかな?慶太、お前に……」
「それは困る。俺はこれからホームセンターで見たいものがある。そこは悪いがお前に頼みたい」
「なんだよそりゃあ」
秦の言葉を遮るように慶太がいう。秦はつっかかろうとしたがすぐにやめた。
「あーはいはい、わかりましたよ。それじゃあ俺は……」
「待って。ごめんごめん、それじゃあさぁ、私の約束は延期するから、その……。皆でホームセンターに行こうか?」
二人の空気を感じ取って瑠璃が割って入る。思わず秦は瑠璃を見る。
「いや、それは悪いんじゃない……」
「いいでしょう。その方が私達も助かります。では、早速準備しますので」
そうはっきりと告げ、慶太は立ち上がると自室へ向かう。
「おい、待てって。お前……」
慶太の背中に問い掛けるが返事も返さない。また瑠璃に向き直る。
「なぁ瑠璃ちゃん、それでいいのか?」
秦の問いかけに瑠璃は頭を横に振る。
「いいの。気にしないで。私の為に行くんだと思うし……」
「いや、あいつのことだから確かにそうだけど……」
秦は煮え切らぬ態度を示し、頭をポリポリと掻く。
「あのさ……。もしかして朝、あいつとなんかあった?」
「えっ?」
秦のくぐもった声に思わずドキッとする瑠璃。
「朝からあいつの態度はどこか変だなって思ったんだけど……」
「ううんっ!大したことじゃないよっ!その……ちょっとつまんない事言っちゃったからだと思うんだけど……」
「つまんないこと?」
秦がなにか勘繰るように瑠璃に詰める。思わず両手を左右に振る。
「あ、ほんとに大したことじゃないの。その……」
「その?」
秦の睨みに耐え切れず視線を泳がす瑠璃。
「ほら、お父さんとお母さんはなにしてるのかぁって?そしたら、私が『それはルール違反だ』って怒られちゃって……」
「はぁ……?」
秦は少し考え、すぐにやれやれと言った手ぶりをした。
「まぁ、そういうことならしょうがないかぁ」
秦が納得したのを見た瑠璃はホッと胸を撫で下ろした。その様子を見ていた健太は瑠璃が嘘をついていたのに気付いたが、敢えて黙っていた。
「あんまりあいつの調子に合わせなくていいから。俺達は、あくまで護衛であって、瑠璃ちゃんのプライベートに干渉しないのも仕事だから」
秦がそういってみせる。だが、傍目から見ていた健太はつっこみたい気持ちが湧き上がったが、それも黙った。
「ありがとう。それじゃあ、私も準備するね」
瑠璃も立ち上がり、リビングを後にする。秦も頷き、片手に持っていたマグカップを洗い物が終わったシンクにドンと置く。
「わりぃ、こいつも頼むわ」
そう告げて、瑠璃の後を追うように颯爽とリビングを後にする。
その様子を見ていた健太はため息を吐き、せっかく戻した袖をまた捲り上げ、蛇口をひねる。
「べーっ」
閉まった扉に向かってあっかんべーを送りつける健太。