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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第二章・新しい生活
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12.慶太への願い

 やかんのお湯が沸き、瑠璃はポッドに入れ替えると急須に新しい緑茶の葉を入れる。

 ポッドとおぼんの上に急須、そして湯飲みをおいてダイニングテーブルに運ぶ。


「今お茶淹れるね」


「ありがとうございます」


 慶太の前に置こうとした時、端末の他に拳銃が置いてあるのに気付いた。それは空港で使用していたボディガード.380とガバメントカスタム。思わず目を奪われてしまう。


 瑠璃の視線に気付き、慶太はそっと二丁の拳銃をそばにあったボディバッグの中にしまう。瑠璃は見なかったことにし、気を取り直して急須にお湯を入れる。


 急須から湯飲みにお茶を入れ、慶太に差し出す。慶太は一礼し、そっと口に運ぶ。


 瑠璃も自分の分を入れ、向かい合う様に座る。だが、慶太からの会話はない。


 お茶を口元に運び、お茶を啜る。また嫌な沈黙が始まる。意を決し、瑠璃が声を掛けたのは湯飲みに入れたお茶が底を見せ始めた頃だった。

 

「あ、あの慶太君、お願いがあるの」


 少し押し殺した声で瑠璃は言う。


「何でしょうか?」


「え、えっとまずその……敬語、やめようよ」

 

 慶太は少し考える素振りをし、すぐに首を横に振る。


「……私はボディガードとしてここに居ます。申し訳ありませんが、あなたが希望する“家族”にはなれません」


 きっぱりと言い切る慶太。秦とは違い、やはり慶太は誰にも心を開かないつもりのようだ。瑠璃は諦めたように小さな溜息を吐く。


「そっか……。それとさぁ」


「はい?」


「人を撃つのをやめてほしいの……」


「撃つのを?」


 怪訝な顔で瑠璃の顔を見る。ちらりとボディバッグを見た後、向き直ってまた首を横に振る。


「それも出来ない相談ですね。あなたを守る為に武器を行使するのは必要です」


 瑠璃は困った表情ではは、と苦笑いを浮かべ、すぐに気まずそうな表情を浮かべる。


「……ごめんね、言い方が違った、かな?その……簡単に命を奪うのはやめよう。慶太君は、人を撃つとき、

当たり前のように命を奪う様に撃つから……」


 そう言われ、慶太は先の空港での戦闘を思い出す。秦の撃ち方は相手の戦闘能力を不能にするだけで、致命傷になるような箇所には当ててない。瑠璃はそういう秦をしっかり見ていたのだろう。だが、慶太はまた首を横に振った。


「それが当たり前です。何故、奪いにくる者に遠慮しなければならないのでしょうか?命を奪いにくる者を逃がして、もう二度と現れないという確証は?」


 慶太の目が険しくなる。瑠璃の返事を待てず、囃し立てるように早口になる。


「ないですよね?銃を手にしてこちらに構えられた以上は、一切躊躇する事は出来ません。なぜなら、それはあなたがこの間経験したはずです。奴らには他人などどうでもいいからです。だから、簡単に……」


「け、慶太君…?」


 瑠璃に呼びかけられて、自分の表情がだいぶ強張っている事に気付いた。慌てて顔を逸らす。


「……過ぎた事を言いましたね。失礼致しました」


 ちょうどその時、玄関を開ける音が聞こえた。すぐに玄関から秦の声が飛び込んでくる。


「いやぁーさっみいなぁ。つか島の中わからねぇからどう走っていいかわかんねぇーや」


 秦がそのままリビングへ入ると、慶太は秦を押し退けるように「私もちょっと行ってきます」と告げて居間を出た。

 後ろから刺さる瑠璃の視線に後ろ髪を引かれる思いがしたが、今は口にすべき言葉が見つからない。


(俺とした事が……)


 自分の言動に後悔しつつも、玄関へ向かう。


 リビングで取り残された瑠璃は消えた慶太の背中をずっと見つめながら、先程の事を考える。

 感じたのは怒りもあるが、それの奥底に沈む深い悲しみ。


 横山慶太という少年は15歳ながらも、人の命を簡単に奪えてしまう程の悲しみを受けたに違いない。彼をこの仕事に駆り立てる物は、きっと彼自身の人生を滅茶苦茶にした癒えない傷から滲み出るもの。

 そう瑠璃は思う。


(私が、彼を変えてあげられれば……)


 一方で状況が読めない秦は瑠璃と出て行った慶太を交互に見つめ、クェスチョンマークを頭の上に浮かべそうなほどに混乱していた。


「はぁ?え、なに?なんかあったの?」


 瑠璃は少し俯いたあと、笑顔を作る。


「ごめん、なんでもないよ。それよりもお茶淹れるね」


「あぁ、ありがとう」


 秦は再度、慶太が出て行ったリビングの扉を見つめた。

 昨日の夜の件もあり、慶太にはどこか想うところがあった。だが、なぜかそれをうまく言葉に出来ずにいた。


 しばらく考えたあと秦はハッとし、慌てて瑠璃に向き直った。


「あ、ごめん瑠璃ちゃん。俺、朝の一杯はコーヒーって決めてるんだっ!コーヒーない?」


 気を取り直してお茶を入れていた瑠璃は思わずコケそうになった。



― ― ― ― ―



 明け方の住宅街にはまだ太陽は登り切らず、冷たい空気が漂っていたが、そんな事も気にならないほど慶太は走りながら思考する。


 昨夜の秦の話を思い出す。秦の信条は大いに理解出来る。が、自分には間違っていると心の中で否定をする。


(俺は秦とは違う)


 そう自分に言い聞かせて、目の前の景色を振り切っていく。

 それでも頭の中では先ほどの瑠璃の事ばかりがループする。


(お願いなんて、傲慢だ)


 瑠璃の願いを否定する。けど、どこか完全に否定できない。秦の存在がそうさせる。


 目の前で起こること、起きてきたが全てなのだ。世の理は残酷なのは、知っているじゃないか。


 秦も、瑠璃も経験しているはずだ。なのに、なぜそう甘いのだ?

 

(クソっ!)

 

 思考するのを止め、今はアスファルトから伝わる衝撃を踏みしめていくことに集中した。

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