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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第二章・新しい生活
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7.夕食の支度のあとで

 買い物を無事に終えた三人は両手いっぱいの買い物袋を引き下げてさくらえんの寮に戻り、キッチンで夕飯の準備をする。

 秦が瑠璃の指導の下で米を研ぎ、慶太が包丁を握り、てきぱきと野菜を切っていく。


「あ、秦君。お米はそんなに強く押さなくても大丈夫だから。指でかき混ぜるだけでいいから」


 少し悪戦苦闘しながらも秦はなんとか米を研ぐ。一方で瑠璃はさっさと野菜を切っていく慶太に関心を寄せている。


「慶太君すごいっ! 料理得意なの?」


「いえ。昔からこういうのはよくやっていたので」


「そうなんだぁ。じゃあ、ボディガードになる前は家族でバーベキューとかしてたの?」


「まぁ……そんなところでしょうか」


 子犬のようにはしゃぐ瑠璃とは対照的に、無表情でさっさと人参を切り終え、白菜へと移る。その様子を見ていた秦が面白くない顔で二人の姿を見つめている。


 30分程して食材を切り終えると、鍋に先ほど買ってきた鍋の素を入れ、切った野菜や肉を入れて煮込める。米も炊飯器にセットし、後は炊き上がるのを待つだけだ。

 三人はダイニングテーブルを囲うように座り、冷蔵庫で冷えていた麦茶を飲む。


「でもすごいねー慶太君は。なんでも出来ちゃうんだね。やっぱり、ご飯とかこだわってたりしてたの?」


「別に。お腹に入ればなんでもいいです。」


 あっさりと返された瑠璃は一瞬返事に困り、強張った笑顔を取り繕う。呆れた秦がすかさずいう。


「……お前、ほんとに可愛くも面白くもない奴だな」


 なんとでもいえ、というような目で秦を見る。そのあとは黙々と野菜をずっと切り続けた。


― ― ― ―


 三人はしばらくダイニングテーブルで冷えた緑茶を飲んで一息つく。


「二人ともありがとう」


 冷たいお茶を一口飲んだあと、瑠璃はいう。


「いいんだって。こんなこと、朝飯前だよ」


 ま、今は夕飯前か、と付けえ加えてハハハ、と秦は笑った。慶太は完璧に無視し、黙ってお茶をすする。瑠璃も苦笑なのか嘲笑なのかよくわからない笑みを返す。

 笑い終わった後、秦はリビングをぐるりと見回す。少しして、瑠璃に向き直る。

 

「なぁ、瑠璃ちゃん。興味本位で訊くんだけど、君はいつからこの寮にいるんだ?」


 瑠璃は首を傾げ、うーんと唸る。


「私が11歳の時、かなぁ。っていうのも、物心が付いたのは12歳の時だから、それまでの事は覚えてないの」


「12歳?」


 思わず声を返してしまった。人よりもだいぶ遅いようだ。


「やっぱり驚くよね? でも、本当なの。私、それまでの事はなんにも思い出せないの」


 口角を上げて笑みを作る瑠璃。だが、その語る瞳はどこか儚げである。


「でも、物心ついた瞬間は覚えてる。なんでかは分からないけど、私、大きな声で泣いていた。理由は今となっては思い出せないけど、ただただ悲しかったっていう記憶はあるんだ」


 どこか寂しそうに瑠璃はいう。秦は意外だったらしく、眉を八の字にさせて頷いた。


「なるほどなぁ」


「きっと両親がいないかったから、寂しかったんだと思う。でも、そのおかげでなんだか、長くて暗いトンネルから抜け出せたような気がするの。こんなこと言うのって、変かな?」


 秦は首を横に振る。


「いや、変じゃないよ。なんとなくだけど、俺もそう思う」


 物心つくというのはどこか不思議だ。思えば、秦も5歳の時に物心がついた。その瞬間は確かに瑠璃の言う通りなのかもしれないと考える。


「あ、ごめんごめん。変な話しちゃって、寮の話だったよね?」


「あぁ、気にしてないから大丈夫だって。それで、この寮には健太と……美咲だけしか住んでないようだけど、二人はいつからここに?」


 一瞬、美咲の事を生意気と言いそうになった。


「先にきたのは美咲だね。美咲は私が13歳の時に来たから……4年前かな? 今はだいぶ喋るようになったけど、昔はとにかく口を利いてくれなくてね。ケンちゃんはその1年後かな?」


「二人はどうしてこの寮に来たの?」


 瑠璃は「あー」と突如思い出したかのように声をあげる。


「ごめんね。これだけ話しておいて申し訳ないんだけど……」


 途端に両手を合わせ、上目遣いで二人を見遣る。「ごめんなさい」という姿勢の現れだ。


「今思い出したんだけど、実はさくらえんの寮の決まりで、自分から話さない以上は過去の話は詮索しないっていう決まりがあるの」


「決まり、ねぇ」


 秦はまたか、と思う。


「そもそも、その決まりっていうのはどこにあるの?」


 訝しげに瑠璃に尋ねる。瑠璃はあっと思い出したかのように立ち上がり、リビングを後にした。廊下の奥でゴソゴソという音が聞こえた後、すぐに戻って来た。


「あったあった、これだよ」


 瑠璃が嬉しそうに何かを抱えて持ってくる。


「大晦日に大掃除した時にしまったままだったの」


 そこにはかなり大きな額に入った掛け軸があり、そこに毛筆で書かれていた。


『その1、住まいは綺麗にすべし

 その2、挨拶と返事はハキハキとすべし

 その3、炊事洗濯は自ら率先して行うべし

 その4、他人の過去はむやみに詮索はやめるべし

 その5、声を掛ける時は名を名乗り、名で呼び合うべし

 その6、常に助け合い、時には素直に助けを受けるべし』


 額の大きさもそうだが、でかでかと書かれた文字に秦は思わず「おぉ……」と息を漏らした。慶太も思わず目を瞠る。


「これがさくらえんのルールなんだ。昔の園長が書いたんだって」


「そう…なんだ。ちなみにその園長っていうのは?」


「保育園の園長さんだよ。今は本島の方に住んでて、たまに顔を見せるけどね」


「なんか……『べし』って言葉多くない?」


 瑠璃は額を持って二人にニコニコと笑顔を向ける。その時、慶太が何かに気付いたようでそっと手を挙げた。


「あの……話の途中で申し訳ないですが」


 二人の視線が慶太に集まる。


「あの鍋、吹きこぼれかけていますが、ああいう料理なのでしょうか?」


 慶太の視線に釣られて見ると、コンロの上で弱火でかけられていた鍋の蓋からは汁がドバドバと溢れており、蓋の小さな蒸気穴からは真っ白な蒸気が噴き出ている。

 二人は火を止めに椅子から跳ね返されたかのように慌てて飛び出した。


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