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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第一章・ボディガード・チルドレン
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2.突然の来客

 そして秦の卒業試験間近の今日。ほんの二時間前のことだ。



 バーンズは出勤するなり、同僚のエドから所長であるマルナスに呼びだしが掛かっている事を告げられた。なんの疑いもなしに所長室のドアをノックする。


 所長室に入ると応接ソファーに座り、ニコニコと上機嫌なマルナスと、その反対側にマルナスとは対照的に無表情の若い女が居た。日系の女性で、その若さには似合わない高級スーツを着こなしていた。バーンズが入るなり、すぐに立ち上がって会釈をする。見た目からして、自分の受け持っている生徒とあまり変わらない年代に思える。


「やぁバーンズ君。朝から申し訳ないね。こちらはえっと……」


「初めまして。私はヤダナギグループ・総合内務課の八木(やぎ) 裕子(ゆうこ)と申します。よろしくお願い致します」


 恐ろしいほど淡々と社交辞令のような挨拶をする八木裕子という女。ヤダナギグループという言葉にピンと来る。


 正式な社名はヤダナギ・コーポレーション。元はインターネットビジネスの先駆けであり、現在では医療薬品から日用雑貨、運送・インターネットビジネスから軍事産業まで手掛けている巨大な国際企業だ。会社は関連会社を含め47か国以上に有り、代表は谷田凪(やだなぎ) 英造(えいぞう)という日本人だったはず。書店で何度か彼の経営理念の本を見かけたし、キオスクの前に置かれた経済新聞でもその名前を見た事がある。


「はぁ、どうも。私はアジア系課・訓練課課長のバーンズ・ジャグです。よろしく」


 バーンズは頭を下げ、握手をと手を差し出すが、裕子は手を伸ばさなかった。バーンズは小さく咳払いし、伸ばした手をそっと戻す。


「単刀直入に申し上げます。こちらの生徒を、我が企業で早速導入したいのです。そこで担当教官をされていますバーンズさんの方にご相談をと」


「つまり、これから出る卒業生の採用を希望、ということでしょうか?」


 それならば自分ではなく人事課に行けばよい。バーンズは理解に苦しんだ。だが裕子はすぐに首を横に小さく振る。


「そうではありません。すぐに導入して頂きたいのです」


 突然の台詞にバーンズは呆気に取られた。それはつまり、まだカリキュラムを終えてない生徒を実戦投入するという事だ。バーンズの返事も待たずに裕子は続ける。


「一名は波喜名秦を希望します」

 

「波喜名を、ですか?」


 またバーンズは理解に苦しんだ。確かに波喜名秦は射撃の腕はいいが、それ以外の成績は満点を付けられない。


「分かりました、それで―――」


「もう一名は横山慶太を希望します」


 裕子に言葉を遮られ、更にバーンズは頭を悩ませる。よりによって一番そりの合わない横山慶太の名前が上がった。二人の仲の悪さは所長のマルナスの耳にも届いているはずだ。


 少し考え、んんっ、と咳払いをして口を開く。


「両者はまだ完全にはカリキュラムを終えてない生徒でして、本来ならば卒業試験を……」


 話している途中でマルナスが「あぁ、あのね」と横やりを入れる。


「バーンズ君。実はだね、彼らは特別研修プログラムという事で、彼女に預けようと思ってだね……」


「私ではございません。“弊社”で、お預かりするのです」


 裕子が冷静に訂正を入れる。調子を狂わされる女だ。


「ですが、所長……」


 バーンズは途中で言葉を引っ込めた。どうやら自分の見えない所で大きな力が動いているようだ。その証拠にマルナスの額は薄っすらと汗ばんでいる。その要因はこの女ではなく、この女の後ろにあるヤナダギという企業の力だろう。


「そうですね。私たちはあくまでも“希望”を申し上げているだけで御座います。検討の末、良い返事をお待ちしております」


 それでは、と言うと立ちあがるなり、短いながらも失礼のないお辞儀をすると、裕子は「失礼致しました」と颯爽と部屋を後にした。その姿を呆気に取られたまま二人は取り残された。


 数秒ののち、バーンズはソファーにふんぞり返るように深くもたれる。


「所長。単刀直入に言いますが、こんな事は許されるのでしょうか?」


 マルナスはふぅー、と大きなため息を吐き、ハンカチを取り出して額の汗を拭き出す。


 「私だって認めたくはないよ。だが、彼女が来る前に本社のお偉いさんから電話がきてね。重大なお客様が来るから、丁重に扱うように、とね」


 マルナスは少し冷めたコーヒーのコップを持ち上げ、一気に喉に流し込む。


「それはつまり、スポンサーってことですか?」


「そうだろう。彼女が属する企業は、この会社の設立時にかなりの額の投資をしている。ヤダナギという会社がなければ、私も君も失業したまま路地裏にいたという事だ」


「なるほど」


 腑に落ちないまま、バーンズも少しぬるくなったコーヒーを啜る。


「しかし、たったの二人を引き抜いて、誰から何を守らせたいのでしょうか?」


マルナスは飲み干したコップにポットから新しいコーヒーを注ぐ。


「わからんね。そして、彼らのやる事に深く詮索はしない事だな、バーンズ君」


「そう、ですか」


 御馳走様です、と空になったコップを置くとそのまま署長室を後にした。背後からマルナスが呼び止める声が聞こえたが、聞こえないふりをしてそのまま歩き続けた。


 まるで気に食わない。バーンズは大きな足音を廊下に響かせ、教官室へと歩みを進める。



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