6.家族として
扉が開くとそこには気を取り直した瑠璃がいた。
「夕飯の買い物に行くんだけど、二人とも付いて来るでしょ?」
互いに睨み合うのを解き、瑠璃に向き直る。そして二返事してすぐに準備する。
拳銃を取り出そうとし、すぐにハッとしてしまう。仕方なく特殊警棒の入ったホルスターを腰のベルトに差し、その上からジャケットを羽織る。
慶太も同様に特殊警棒を指し、更にベルトのバックルに似せた隠しナイフも装備していた。
瑠璃について外に出ると、沈みかけた夕日から伸びる僅かな太陽光線と、肌寒い風が頬の横を通り過ぎる。思わず秦はジャケットの襟を立てた。
「さみぃ……」
「日本海側だからね、夕方になると少し寒いね」
瑠璃もすぐにマフラーを巻き、首と口元を隠す。
周囲の家々を見回すと明かりが灯り、夕食の食卓を準備するいい匂いが漂っている。不思議にも外には人の姿は見えない。三人はそのままさくらえんの寮を出て、さくらえんの前を通り過ぎる。
少し歩き、来る時に見たメイン通りまで歩く。メイン通りには自分達と同様に買い物に歩く主婦や親子連れが見える。瑠璃達は通りを歩き、少し外れた所にあるスーパーマーケットまで来た。
「はぁー、噂で聞いた通り、日本のスーパーはちっちゃいなぁ」
秦がぼそりと呟く。瑠璃は、ははっと苦笑いする。
買い物かごをカートの上に乗せ、歩き出す瑠璃。その横をついていく秦と、二人の背後で慶太が周囲に注意を配る。おもむろに瑠璃がいう。
「今日の夕飯は鍋にしよう」
「なべ?」
聞き慣れないのか、秦が聞き返す。
「うん。色んな食べ物を入れて煮る食べ物だよ。知らない?」
秦は首を横に振る。
「向こうではやったことないなぁ」
「そうなんだ。さくらえんでは新しい人が来た時には鍋にしてるの。それが、いつしか決まりみたいになっちゃって」
「こうして買い物すると、なんだか家族みたいな感じがするなぁ」
「……そうだね」
ぎこちない返事をする瑠璃。
秦の言葉で瑠璃はアメリカで会った父と、その家族をふと思い出す。睨み付けるあの少女と煙たがる母親。今、父は何を思っているのだろう?そんな考えをすると気持ちが少し俯く。
そんな瑠璃に気付かない秦は問い掛ける。
「そういえば気になったんだけど、瑠璃ちゃん達は今まで三人でずっと生活してたの?」
すぐにハッとし、「ううん」と首を横に振る瑠璃。
「裕子さんの他に世話をしてくれる保母さんがいるんだけど、その人が今休みを貰ってるの。だから、私が今その代わりにってやってるの」
「へぇー」と返す秦。
「その人が朝と夜だけ来て、朝ごはんと夕ご飯作ってくれるんだ。でも、それ以外は全部自分でやるの」
「お金はどうしてる?」
「支援金みたいのがあって、それである程度のお金を貰えるの。とは言っても、あくまで生活するだけのお金がほとんどで、私達のお小遣いはホントに僅か。後は家族が送ってくれる仕送りがあれば、かな」
「そうなんだ」
その時、瑠璃が買い物かごの中を覗いてハッとした。
「あ、ポン酢を買うの忘れちゃった。ごめん、慶太君。さっきの場所にあるから取ってきてくれないかな?」
慶太は瑠璃の言葉にどこか渋い表情した。恐らく、自分の任務ではないからだと思ったのからだろう。
「どのようなメーカーで、どのような形ですか?」
「なんでもいいよ。ポン酢って書いてある奴ならそれで」
秦に目配りし、「任せた」と言いたそうな顔で戻っていく。
秦は売り場の奥で、ホットプレートで何かを焼く女性店員に関心を向ける。
「お、あれはなんだ?」
「お肉の試食じゃないかな? 向こうにはなかったの?」
「アメリカでってこと? いや、あったよ。むしろ、向こうじゃあ果物とか勝手に食べてたよ」
「ほんと?」
思わず目を大きく開いて秦を見る。秦は眉ひとつ動かすに頷く。
「ほんとだよ。みんな、勝手につまんで食べてるよ」
カルチャーショックに驚く瑠璃だが、すぐに「あっ」と声を上げる。
「お肉もなかったんだ。秦君、お肉持ってきてくれないかな?」
「あぁ、うん。いいよ」
秦はその足で精肉コーナーへと向かう。
秦の背中を見送ると、瑠璃は狭い商品棚の列に目を配り、鍋の素を探す。
すると背後で妙な気配を感じた。肌が砂を巻いたように泡立ち、背筋が少し強張り、恐る恐る背後を振り返る。だが、背後には誰もいない。それと同時に気配も風のように消えた。
嫌な気配だった。敵意のような、何か睨まれるような感覚。瑠璃は寒気を覚え、両腕を擦り付けるような仕草をする。
今度はすぐに前から気配を感じて向き直る。そこにはポン酢を片手に持った慶太がいた。
「言われたものですが、こちらで間違いないですか?」
ホッと胸を撫で下ろし、「う、うん。それでいいよ」と応える。
瑠璃はもう一度気配した背後に目をやる。やはり誰もいない。前回のこともあり、気にしすぎだ、と自分に言い聞かす瑠璃。
秦が戻り、慶太が「なぜ離れている」と咎めている。
二人の些細なやりとりを遠目に見ながら、瑠璃は胸を撫で下ろす。
(それに大丈夫、この二人がいるんだから)
再度、自分に言い聞かす。いつもいがみ合ってる二人だけど、ピンチの時には大丈夫。あの時も守ってくれたのだから。
一瞬、頬を綻ばせようとした瑠璃に秦が持ってきた肉に目がいった。秦が持ってきた肉のラベルには『国産黒毛和牛 霜降り500g \5,500』と表示されている。
「じ、秦君。その肉は……」
瑠璃の問い掛けに振り向き、手に持った肉を見る。
「どんな肉かわからなかったし、とりあえず、一番高い肉なら大丈夫だろーと思ってこれにした」
ハッハッハと笑う秦。
「ほら、アメリカで食った日本の和牛ってうまかったし」
「……元の場所に戻しておいて」
そういうと少し疲れた笑顔を秦に向けた。
先程の自分の考え方を改める。どうやら、生活の面では私が必要そうだ。