5.部屋
自分たちの部屋と物置を確認した後、次は健太の部屋を案内してもらった。健太も自分の部屋を紹介するのはあまり乗り気ではなかったようで、少し足取りが重かった。
部屋のドアを開けると、床には学校の教科書や読みかけの漫画がちらほらと見受けられた。壁には応援しているサッカーチームのマフラータオルが画びょうで貼り付けられており、他にもアニメ映画のポスターなどがある。
「もぉー。ケンちゃんまた散らかしてっ! あ、また洗濯もの出してないっ!」
瑠璃が頬を膨らませて怒る。まるで母親のような振る舞いだ。健太はどこか居心地が悪そうに「ごめん」と呟く。
「私がやっておくから、ちょっと待ってて」
瑠璃は床に落ちていた脱ぎ捨てられた服を掻き集めてひと抱えすると部屋を出ていく。秦と慶太は一階の時と同様に周囲を見回す。健太は戸惑いながら、二人の背中を見つめる。
「ね、ねぇ。二人は何を見てるの?」
「盗聴器や不審な物がないかを調べています」
慶太が淡々と答え、小さなテレビと無造作に置かれたゲーム機などを見つめている。次に秦が答える。
「すでに先回りして仕掛けられてる可能性があるからな。身内から情報を手に入れるものもひとつの手だからな」
「でも、ずっとこの家に居るんだから、そういうものはないと思うけど……」
「そう思うのは良くないです」
慶太はいう。健太は「ふーん」と呟き、本棚の後ろを覗き込む慶太の背中を見る。
「……しかし、こういうものはケータイとかパソコンで見るものなんだけど、ローカルなものは変らないんだなぁ」
健太が振り返ると、秦の手の中には成人向けコミックが二冊ほど握られていた。ベッドとマットレスの間に挟むように隠していたものだ。健太が慌てて秦の手からひったくろうとするが、秦はするりと回避する。
「え⁉︎ あ、ち、違うよっ! それは友達が勝手に……!」
「えーなになに? あ、制服ものだな。お、どの子も胸がちっちゃいなぁ」
健太のあわってぷりをからかうように秦がページをめくり、コミックの中を拝見する。慶太はベッドの下や机の上などに目を配っている。
「も、もおぉ! やめてよぉっ!」
健太は秦と慶太を部屋から追い出そうとする。部屋の入り口まで押されていると、廊下に洗濯物を片付け終わった瑠璃が歩いて来るのが見えた。秦は瑠璃に悟られぬように素早く背後にコミックを投げる。
健太は器用にドアを閉めると同時にコミックをキャッチする。部屋を追い出された二人を瑠璃がキョトンと見つめる。
「なにかあったの?」
「あぁ、健太の部屋に……」
「姉ちゃんなんでもないからっ‼」
秦の声を掻き消すように健太が大きな声を上げる。秦はそれ以上なにも言わなかった。瑠璃も状況が読めずにキョトンと二人を不思議そうに見つめている。すぐに慶太が口を開いた。
「では、次はヤダナギ……」
慶太が言い掛けると、瑠璃がじろりと小さく睨む。慌てて口を閉じ、慶太は居心地悪そうに「んん」と小さく咳払いする。
「次は、瑠璃様のお部屋も見させてください」
「や、やっぱり私の部屋も……?」
「もちろんです」
戸惑う瑠璃に慶太があっさりと答える。
瑠璃はしばらく考えたのち、「あまり、引っ掻き回さないでね」と言い、案内する。
案内された瑠璃の部屋は廊下の一番奥で、やはり家長であるためか、綺麗に整然とされている。壁には時間割やさくらえんの週間スケジュールなどが張られている。机の上も綺麗に整っており、消しカスひとつもない。
「やっぱり、見られるのは恥ずかしいなぁ」
瑠璃が照れくさそうに言うが、慶太は「一応、調べないといけないので」とあっさり告げてで部屋を見回す。
「うーん、やっぱりこのあたりも調べておかないと……」
そう呟く秦は衣装ケースの引き出しを開け、きちんとしまってある下着に目をやっている。
慌てながらも即座に秦の襟首を引き離し、衣装ケースの引き出しをしまう瑠璃。
「なにしてるのっ!」
息を切らしながら顔を赤面させる瑠璃。一方で机と壁の後ろに一冊のノートを見つけ、引っ張り出す慶太。掴んだのはキャンパスノートで、表紙には『RURI’s Diary』と蛍光ペンで書かれている。瑠璃が気付き、慌てて慶太の手からひったくる。
「やっぱり二人とも出て行ってっ‼」
健太と同様にまたも部屋から追い出される秦と慶太。
二人はしばらく廊下で立ち竦んだのち、小さな溜息を吐いて一階に降りた。届いた自分の荷物を取りに行く為だ。
― ― ― ―
自分の部屋に荷物を置き、簡単に荷ほどきをする。
元々寮生活の為か、あまり自分の私物がないのが幸いだった。
「服とか色々買わないとだな」
秦がぼそりと呟く。
「そうだな。だが、銃をしまうジャケットは特注で作らないといけないな」
「あぁ。それとこいつは、なるべくすぐに使えるようにしておかないとな」
そういう秦の手にはR8リボルバーとボディガード.380ピストルが握られている。
日本国内において、ボディガードチルドレンの銃の携行は認められているが、近くの警察署に届け出を出さなければいけない。それまでは発砲どころか、携行が不可能なのだ。
「裕子さんに言って、ガンラックを頼むようにする。鍵付きの奴をな」
慶太も同様にガバメントの入ったケースを取り出す。申請が通るまでは、特殊警棒などを装備するしかないようだ。
「それより慶太、お前の荷物が俺の範囲を超えてるぞ」
そう指差す秦。示した場所には確かに慶太が出した私物が置かれている。
「荷ほどき中なんだ、それぐらいはいいだろう」
「いいや、ダメだ。こっからこっちが俺で、そっちがお前」
秦が部屋の真ん中で両手を出して遮る。秦がいう範囲の中にはクローゼットがある。
「それは不平等だ。クローゼットは共同で使うべきだ」
「何言ってやがる。お前の方が入り口がある分、少し広いだろう。それに机があるだろ」
振り返ると確かに机がある。だが、慶太はかぶりを振った。
「冗談じゃない、机だって共同だ。ガキみたいなワガママを言うな」
「ガキだとっ!?」
二人が負けじと睨み合う。顔を近寄らせて、眉間に皺を寄せているとドアをノックする音が聞こえた。